ばちん、と火花が眼窩で爆ぜた。
この状況を夢みたいだろうと笑う浠の姿が、あの白蛇と重なったのだ。
絡む足も、手指も、視線や息遣いも。
その全てが夢と現を数珠繋ぎにする。
俺は真実を問い質したくて、浠に向かって開口する素振りを見せたが、唇が痺れている感覚がして、上手く話せない。
文句一つ垂れられないまま、毒に侵される哀れな獲物のように藻掻いた。
「オレも夢みたい」
喜びを滲ませたコイツの言葉は、まるで何かを確信しているとしか思えてならない。
さも、俺の夢と答え合わせをするかのような。
「ねえ。きょーちゃんは、オレといられて幸せ?」
俺の頭には、あの夢が依然とフラッシュバックしていた。
解かれた細長い指先が、輪郭をなぞり、唇に置かれる。浠の少し伸びた爪が、皮膚を突っ掛ける度、むず痒さに小さく反応してしまう。
それを見守る浠の圧力に俺は内心怯えて、問いかけに対し拙く首を縦に振った。
そうでも言わないと、食い殺されそうだと思った。
「昔から、優しくて騙されやすくて……推しに弱くてさ。そういう所、ほんと好きだなあ」
コイツがどうしたいのか、分からない。
何をされているのかも、何をしているのかも。
「ね、きょーちゃん。もういいよね?」
突如として無茶な提案をする浠の、無邪気な微笑に困惑した。
俺は何一つ、コイツの腹の底を知らない。
振り回されてばっかりだ。
浠は俺を完全に理解している口ぶりなのに、俺は。何も。
こんなにずっと長く一緒にいて、どうして今更距離があるように思えるのだろう。
「グ、ソ、ぃ、……ッず、」
悔しい。
俺とお前との間に、大きな空白があるのが。
硬直する口を全身の力を振り絞って動かし、俺は形にならない浠の名前を呼ぶ。
すると浠は意表を突かれたように、一瞬はっとして、目を見開いた。
「へえ……」
それから穏やかに微笑み、閉じきれない俺の口を見ると、その隙に押し込むように、自らの唇を重ねた。
「……ッう、む」
散々額や頬にキスをされたことはあるが、直接口にされたのは初めてだった。
自分の力で開閉を制御できないせいで、コイツの好き勝手を許さざるを得ず、俺はただ唸り声をあげるだけのものと化している。
こんなのは、望んでいなかった。
けれど妙に、嫌悪感が湧き上がらない。
その僅かな油断をしている間に、浠は何を思ったか、己の舌を口内に捩じ込んだのである。
「ん"ぐ……ッ?!っう、ん"んッふ、ぅ、っ、っ、」
「きょーひゃん、くちもっとあへて?」
口が動いていれば、とっくに噛みちぎっていた。
俺は力の限り、拒否を示す。
「もー、しょーがないなぁ」
浠が心底嬉々として、世話を焼きたがるませた子供のように呟いたその時、突如として違和感が走る。
ずろり、と歯列をなぞる異物が、喉奥までもをこじ開けようとしてきたのだ。
それは人間の舌とは到底思えない、異端な長さを有しているもので。
「ぉ"、ッえぅ"、ァが……ッ」
「ひょーちゃん、かわいい」
何度も嘔吐きかけ、身体が痙攣している。
二股の異物が気道の上を這い、探るように動き回る。その度目の前がちかちかと明滅し、思考がぼやけていくのが分かった。
「ふ、ぅあ、お"ぇッぐ、ぅじ、ぃず……!!」
「……あとちょっと」
段違いの苦しさと恐怖心に、涙が溢れる。
そんな俺を見る享楽的な浠の顔は、何故か赤らんでいて、まるで興奮しているようだった。自分を骨の髄まで食い尽くそうという強欲さと渇望が、爛々としている。
苦しい。
息もできなくて、死にそうで。
意識がいつ飛んでもおかしくはないのに、コイツは止まらない。
「さいご、がんばっへ」
あまりに勝手な命令だった。
しかし、その不平は薙ぎ倒され、酸素の入る余地もない、浠で満たされた道を更に詰めるように、一切の隙間なく唇を押し付けられる。
俺はいよいよ、何も考えられなくなった。
浠の息遣いが遠のく。
「──っ、……ッ、………………、」
脳みそがぐらぐら揺れて、視界が白んでいくのが分かる。
本当に死ぬ、死んじま──。
呼吸が止まった刹那。
ずろろ、と一気に舌が引き抜かれたのだ。
「ぅっ……!?!?ご、ァ、お」
あまりの衝撃に、苦痛の滲んだ喘ぎ声が漏れ出て、のけぞるように全身が跳ねる。
四肢はがくがくとのたうち、口の端から浠のものか、自分のものかも分からない唾液がつうと伝った。
一体どこまで侵入を許したのだろうか、その長い舌が完全に出て行った後、じりじりと喉奥が焼けるような感覚がする。浠は少しばかり乱れた息を整えながら、口元を舐め、俺を見下ろした。
「きょーちゃんには、ちょっと刺激が強かったかな」
刺激も何も、あんなものはただの拷問だろうが。
ぼんやりとくぐもって聞こえる浠の声にも、俺は内心強く呼応していたけれど、隙間風のようなか細い音しか発せなくなった今の体では、反論することさえままならない。
死なないように、じりじりと瀬戸際を攻められ、己の生き死にを操られている様はきっと天から見ればさぞ滑稽に違いない。
俺は、悔しさから、精一杯浠を睨みつける。
「……ぁ、は、はは、ごめんね。苦しかったよね」
浠は眉を困らせ、肩を竦めてくすりと上品に笑った。縦一文字に引き絞られた瞳孔は、徐々に柔らかさを取り戻し、睫毛の下に隠れている。
そうして俺の肩に顔を埋めて、
「こんなにきょーちゃんと近くにいれて嬉しかっただけなんだ」
と擦り寄った。
その途端、縛り付けられていた全身に血の巡る感覚が戻り、心臓がどくどくと生き急いだ。
空間に鎖の如く張り巡らされた威圧感が、散々に弾け飛び、尋常でない空気を一掃した。
「っは、はぁ、ッげほ……、う"、げほっごほっ、」
「よしよし。怖がらせちゃったね、ごめんね」
俺は得体の知れない不安に駆られながら、短い息を紡いでは、咳き込むを繰り返す。
痺れていた全身も、膨張して破裂してしまいそうだった頭も、コイツの腕の中で徐々に元の感覚を取り戻していった。
解毒剤でも飲んだみたいだった。
浠が脱力したままの自分を抱き起こして、その背中を赤子を背負う母親のように振舞った。
「何をした」「説明しろ」とぶつけたい衝動は幾つもあったが、流れ込む乾いた酸素がそれを押し戻す。
「時間がかかりそうだったから、結構無理やりしちゃったけど、案外上手くいったな。きょーちゃんが、オレを受け入れてくれてよかった」
「あともう少し。もうちょっとで全部満たしてあげられる」
時間がかかる?
受け入れる?
話せない俺を他所に、事を展開していく浠は、自分の内情を何もない空間に向かって、独り言つ。それを、瞭然としない思考回路が必死に解釈しようとした。
「う、けいれ……?なに……?」
「ううん、こっちの話。きょーちゃんは余計な事考えなくていいんだ。オレだけ見ていてくれれば」
浠は赤く揺らめく目を細めて、本心を仄めかすだけだ。何かを隠していることは明白で、そこに瞭然たる闇が潜んでいることも、俺には察しが着いていた。
けれどもコイツは何の動揺もせず、寧ろこの状況は順風満帆に事が進んでいるとでも言うように、余裕綽々としている。
俺が催促をしても、「いつか教えてあげる」と言うばかりで、気持ちが悪い。
「なんだよ、それ。あンだけ嘘つくなって、隠し事はナシだって、俺と約束しておきながら!お前は、俺に、嘘つくのかよ……」
俺だけ受け入れてばっかりだなんて、不公平だ。
「嘘なんかついてないよ」
淡々と答える浠に、ようやく感情と体が追い付き、俺はヤツの胸板をどん、と突き放した。
けれど、それはなんとも弱弱しいもので、酸素が充分に行き渡っていない腕の力では、浠はびくともしない。澄み切った若竹色は、静かに俺を眼下に収めている。
麗らかな灯は影もなく、俺は無性にもの悲しさと苛立ちを覚えた。
「嘘だ」
「嘘じゃない。どうしちゃったの、きょーちゃん……そんなに嫌だった?」
「っふざけんな!!嘘じゃない……?だったら、教えられんだろ!あんなことされて、俺が簡単に流すわけないだろうが!なんで、あんな、」
滔々と感情を吐露する俺に、浠は動揺もせず寧ろ混乱するこちらが異常とでもいうように、眉を顰めている。
沈黙が流れても、口を割らない浠に心の亀裂が深く、大きくなっていき、ぐらぐらと支えもないままに揺れた。
ずっと俺達は特別な友達でいるはずだ。
しかし友情以上の価値があると理解していても、俺は浠にそれ以上の何かを求めたいとは思わない。
その何かという空白に嵌る名前を知らないから、せがむことも出来ない。
「……っ俺たち、友達だろ、」
絞り出した言葉に、浠の表情が漸く動いた。
コイツは、下唇をぐっと咬み堪えていて、視線を床に落とし、
「……ともだち?俺と、きょーちゃんが?」
と真剣に尋ねてきたのである。
その声は平坦で、独白にも思えた。浠が浠自身に確認をとっているかのようだった。
俺が「そうだろう」と返事をする前に、浠が顔をあげる。
「違うだろ」
差し向けられた双眸に、黒雲が立ち込め、かつてない怨みを孕んだまま、陰る稲妻のようにバチバチと散る。
腹を抉る獣のごとき唸り声が、鼓膜を揺らす。肌がひりついて、全身が粟立ち、再び凍りついてしまいそうになった。
「ちがく、ねえ」
「違う。オレの気持ちをそんな簡単なものと一緒にすんなよ」
浠は柄になく、粗暴な言葉を吐いている。
一言一言、単語の、文字の一つ一つににじみ出る、腹底に溜まっていた情動を閉じ込めて。
口角が片方だけ無理につりあげられ、気持ちを押し殺しているのが分かったのだ。
まずい、と思った頃には手遅れだったが、俺は気圧されながらも負けじと、浠に食らいつく。
「っ仮にそうじゃなかったとして、なんであんなこと出来んだよ」
友達以上の何かだったとして、友情と一口では語れない特別な芽生えがあるとして。
浠が俺に、好きだと伝えることが、その範疇を超えていたとして。
一体どうして、あんな性的欲動のままに身を押し付けることができるだろうか。
しかし懊悩する俺に相対して、浠は問いかけに、迷いなく答える。
「なんでって……美夜がそう願ったから」
「は?」
俺が願った?
浠から発せられた言葉に、心臓が震える。
「何言ってんだよ、そんな事願った覚えなんざ一度も──」
口ではそう抗いもしたが、俺の嫌な胸騒ぎの中に埋もれる小さな記憶の断片と確信は、沈黙と共に炙り出されていく。
「願ったでしょ。夢だからって、忘れちゃったの」
ああやっぱり、あの夢は。
あの白蛇への既視感は。
コイツだったのか?
「……っお前、どこまで知ってる」
真実味を帯びてきた全ての仮説が、感情を一緒くたにごちゃ混ぜにした鍋を、ひっくり返すように飛び交った。
自分以外知る由もない夢を、夢の中までもを侵食されている。
そんな危機感が、浠への不信感を一層高めてしまった。
「全部。きょーちゃんのことなら、全部。あの男を殺したいと本当は思っていることも、それを願ったことも、オレに助けを縋ったことも」
「だから、きょーちゃんを守る約束を破らないために、必要なことをした。この世の神が見放すようなものでも、オレだけは見つけてあげられる、叶えてあげられる」
「オレは、美夜だけの神様なんだから」
この状況を夢みたいだろうと笑う浠の姿が、あの白蛇と重なったのだ。
絡む足も、手指も、視線や息遣いも。
その全てが夢と現を数珠繋ぎにする。
俺は真実を問い質したくて、浠に向かって開口する素振りを見せたが、唇が痺れている感覚がして、上手く話せない。
文句一つ垂れられないまま、毒に侵される哀れな獲物のように藻掻いた。
「オレも夢みたい」
喜びを滲ませたコイツの言葉は、まるで何かを確信しているとしか思えてならない。
さも、俺の夢と答え合わせをするかのような。
「ねえ。きょーちゃんは、オレといられて幸せ?」
俺の頭には、あの夢が依然とフラッシュバックしていた。
解かれた細長い指先が、輪郭をなぞり、唇に置かれる。浠の少し伸びた爪が、皮膚を突っ掛ける度、むず痒さに小さく反応してしまう。
それを見守る浠の圧力に俺は内心怯えて、問いかけに対し拙く首を縦に振った。
そうでも言わないと、食い殺されそうだと思った。
「昔から、優しくて騙されやすくて……推しに弱くてさ。そういう所、ほんと好きだなあ」
コイツがどうしたいのか、分からない。
何をされているのかも、何をしているのかも。
「ね、きょーちゃん。もういいよね?」
突如として無茶な提案をする浠の、無邪気な微笑に困惑した。
俺は何一つ、コイツの腹の底を知らない。
振り回されてばっかりだ。
浠は俺を完全に理解している口ぶりなのに、俺は。何も。
こんなにずっと長く一緒にいて、どうして今更距離があるように思えるのだろう。
「グ、ソ、ぃ、……ッず、」
悔しい。
俺とお前との間に、大きな空白があるのが。
硬直する口を全身の力を振り絞って動かし、俺は形にならない浠の名前を呼ぶ。
すると浠は意表を突かれたように、一瞬はっとして、目を見開いた。
「へえ……」
それから穏やかに微笑み、閉じきれない俺の口を見ると、その隙に押し込むように、自らの唇を重ねた。
「……ッう、む」
散々額や頬にキスをされたことはあるが、直接口にされたのは初めてだった。
自分の力で開閉を制御できないせいで、コイツの好き勝手を許さざるを得ず、俺はただ唸り声をあげるだけのものと化している。
こんなのは、望んでいなかった。
けれど妙に、嫌悪感が湧き上がらない。
その僅かな油断をしている間に、浠は何を思ったか、己の舌を口内に捩じ込んだのである。
「ん"ぐ……ッ?!っう、ん"んッふ、ぅ、っ、っ、」
「きょーひゃん、くちもっとあへて?」
口が動いていれば、とっくに噛みちぎっていた。
俺は力の限り、拒否を示す。
「もー、しょーがないなぁ」
浠が心底嬉々として、世話を焼きたがるませた子供のように呟いたその時、突如として違和感が走る。
ずろり、と歯列をなぞる異物が、喉奥までもをこじ開けようとしてきたのだ。
それは人間の舌とは到底思えない、異端な長さを有しているもので。
「ぉ"、ッえぅ"、ァが……ッ」
「ひょーちゃん、かわいい」
何度も嘔吐きかけ、身体が痙攣している。
二股の異物が気道の上を這い、探るように動き回る。その度目の前がちかちかと明滅し、思考がぼやけていくのが分かった。
「ふ、ぅあ、お"ぇッぐ、ぅじ、ぃず……!!」
「……あとちょっと」
段違いの苦しさと恐怖心に、涙が溢れる。
そんな俺を見る享楽的な浠の顔は、何故か赤らんでいて、まるで興奮しているようだった。自分を骨の髄まで食い尽くそうという強欲さと渇望が、爛々としている。
苦しい。
息もできなくて、死にそうで。
意識がいつ飛んでもおかしくはないのに、コイツは止まらない。
「さいご、がんばっへ」
あまりに勝手な命令だった。
しかし、その不平は薙ぎ倒され、酸素の入る余地もない、浠で満たされた道を更に詰めるように、一切の隙間なく唇を押し付けられる。
俺はいよいよ、何も考えられなくなった。
浠の息遣いが遠のく。
「──っ、……ッ、………………、」
脳みそがぐらぐら揺れて、視界が白んでいくのが分かる。
本当に死ぬ、死んじま──。
呼吸が止まった刹那。
ずろろ、と一気に舌が引き抜かれたのだ。
「ぅっ……!?!?ご、ァ、お」
あまりの衝撃に、苦痛の滲んだ喘ぎ声が漏れ出て、のけぞるように全身が跳ねる。
四肢はがくがくとのたうち、口の端から浠のものか、自分のものかも分からない唾液がつうと伝った。
一体どこまで侵入を許したのだろうか、その長い舌が完全に出て行った後、じりじりと喉奥が焼けるような感覚がする。浠は少しばかり乱れた息を整えながら、口元を舐め、俺を見下ろした。
「きょーちゃんには、ちょっと刺激が強かったかな」
刺激も何も、あんなものはただの拷問だろうが。
ぼんやりとくぐもって聞こえる浠の声にも、俺は内心強く呼応していたけれど、隙間風のようなか細い音しか発せなくなった今の体では、反論することさえままならない。
死なないように、じりじりと瀬戸際を攻められ、己の生き死にを操られている様はきっと天から見ればさぞ滑稽に違いない。
俺は、悔しさから、精一杯浠を睨みつける。
「……ぁ、は、はは、ごめんね。苦しかったよね」
浠は眉を困らせ、肩を竦めてくすりと上品に笑った。縦一文字に引き絞られた瞳孔は、徐々に柔らかさを取り戻し、睫毛の下に隠れている。
そうして俺の肩に顔を埋めて、
「こんなにきょーちゃんと近くにいれて嬉しかっただけなんだ」
と擦り寄った。
その途端、縛り付けられていた全身に血の巡る感覚が戻り、心臓がどくどくと生き急いだ。
空間に鎖の如く張り巡らされた威圧感が、散々に弾け飛び、尋常でない空気を一掃した。
「っは、はぁ、ッげほ……、う"、げほっごほっ、」
「よしよし。怖がらせちゃったね、ごめんね」
俺は得体の知れない不安に駆られながら、短い息を紡いでは、咳き込むを繰り返す。
痺れていた全身も、膨張して破裂してしまいそうだった頭も、コイツの腕の中で徐々に元の感覚を取り戻していった。
解毒剤でも飲んだみたいだった。
浠が脱力したままの自分を抱き起こして、その背中を赤子を背負う母親のように振舞った。
「何をした」「説明しろ」とぶつけたい衝動は幾つもあったが、流れ込む乾いた酸素がそれを押し戻す。
「時間がかかりそうだったから、結構無理やりしちゃったけど、案外上手くいったな。きょーちゃんが、オレを受け入れてくれてよかった」
「あともう少し。もうちょっとで全部満たしてあげられる」
時間がかかる?
受け入れる?
話せない俺を他所に、事を展開していく浠は、自分の内情を何もない空間に向かって、独り言つ。それを、瞭然としない思考回路が必死に解釈しようとした。
「う、けいれ……?なに……?」
「ううん、こっちの話。きょーちゃんは余計な事考えなくていいんだ。オレだけ見ていてくれれば」
浠は赤く揺らめく目を細めて、本心を仄めかすだけだ。何かを隠していることは明白で、そこに瞭然たる闇が潜んでいることも、俺には察しが着いていた。
けれどもコイツは何の動揺もせず、寧ろこの状況は順風満帆に事が進んでいるとでも言うように、余裕綽々としている。
俺が催促をしても、「いつか教えてあげる」と言うばかりで、気持ちが悪い。
「なんだよ、それ。あンだけ嘘つくなって、隠し事はナシだって、俺と約束しておきながら!お前は、俺に、嘘つくのかよ……」
俺だけ受け入れてばっかりだなんて、不公平だ。
「嘘なんかついてないよ」
淡々と答える浠に、ようやく感情と体が追い付き、俺はヤツの胸板をどん、と突き放した。
けれど、それはなんとも弱弱しいもので、酸素が充分に行き渡っていない腕の力では、浠はびくともしない。澄み切った若竹色は、静かに俺を眼下に収めている。
麗らかな灯は影もなく、俺は無性にもの悲しさと苛立ちを覚えた。
「嘘だ」
「嘘じゃない。どうしちゃったの、きょーちゃん……そんなに嫌だった?」
「っふざけんな!!嘘じゃない……?だったら、教えられんだろ!あんなことされて、俺が簡単に流すわけないだろうが!なんで、あんな、」
滔々と感情を吐露する俺に、浠は動揺もせず寧ろ混乱するこちらが異常とでもいうように、眉を顰めている。
沈黙が流れても、口を割らない浠に心の亀裂が深く、大きくなっていき、ぐらぐらと支えもないままに揺れた。
ずっと俺達は特別な友達でいるはずだ。
しかし友情以上の価値があると理解していても、俺は浠にそれ以上の何かを求めたいとは思わない。
その何かという空白に嵌る名前を知らないから、せがむことも出来ない。
「……っ俺たち、友達だろ、」
絞り出した言葉に、浠の表情が漸く動いた。
コイツは、下唇をぐっと咬み堪えていて、視線を床に落とし、
「……ともだち?俺と、きょーちゃんが?」
と真剣に尋ねてきたのである。
その声は平坦で、独白にも思えた。浠が浠自身に確認をとっているかのようだった。
俺が「そうだろう」と返事をする前に、浠が顔をあげる。
「違うだろ」
差し向けられた双眸に、黒雲が立ち込め、かつてない怨みを孕んだまま、陰る稲妻のようにバチバチと散る。
腹を抉る獣のごとき唸り声が、鼓膜を揺らす。肌がひりついて、全身が粟立ち、再び凍りついてしまいそうになった。
「ちがく、ねえ」
「違う。オレの気持ちをそんな簡単なものと一緒にすんなよ」
浠は柄になく、粗暴な言葉を吐いている。
一言一言、単語の、文字の一つ一つににじみ出る、腹底に溜まっていた情動を閉じ込めて。
口角が片方だけ無理につりあげられ、気持ちを押し殺しているのが分かったのだ。
まずい、と思った頃には手遅れだったが、俺は気圧されながらも負けじと、浠に食らいつく。
「っ仮にそうじゃなかったとして、なんであんなこと出来んだよ」
友達以上の何かだったとして、友情と一口では語れない特別な芽生えがあるとして。
浠が俺に、好きだと伝えることが、その範疇を超えていたとして。
一体どうして、あんな性的欲動のままに身を押し付けることができるだろうか。
しかし懊悩する俺に相対して、浠は問いかけに、迷いなく答える。
「なんでって……美夜がそう願ったから」
「は?」
俺が願った?
浠から発せられた言葉に、心臓が震える。
「何言ってんだよ、そんな事願った覚えなんざ一度も──」
口ではそう抗いもしたが、俺の嫌な胸騒ぎの中に埋もれる小さな記憶の断片と確信は、沈黙と共に炙り出されていく。
「願ったでしょ。夢だからって、忘れちゃったの」
ああやっぱり、あの夢は。
あの白蛇への既視感は。
コイツだったのか?
「……っお前、どこまで知ってる」
真実味を帯びてきた全ての仮説が、感情を一緒くたにごちゃ混ぜにした鍋を、ひっくり返すように飛び交った。
自分以外知る由もない夢を、夢の中までもを侵食されている。
そんな危機感が、浠への不信感を一層高めてしまった。
「全部。きょーちゃんのことなら、全部。あの男を殺したいと本当は思っていることも、それを願ったことも、オレに助けを縋ったことも」
「だから、きょーちゃんを守る約束を破らないために、必要なことをした。この世の神が見放すようなものでも、オレだけは見つけてあげられる、叶えてあげられる」
「オレは、美夜だけの神様なんだから」
