悪魔サーカス


 その日、コウタは朝からそわそわしていました。
 だって、コウタの住む町にサーカスがやって来てきたのです。
 コウタは学校が終ったら、妹のサチとお母さんと一緒にサーカスに行くことになっていました。

 キーンコーンカーンコーン…。
 学校が終るチャイムが鳴るとコウタは一目散に家に帰りました。
 「お母さん!サーカス!!」
家に入ると、「ただいま」も言わずにコウタは叫びました。
 するとお母さんが困った顔で、出て来ました。
「コウタ、サッちゃんがね。行きたくないっていうのよ。」
 お母さんの言葉にコウタはカッとしました。いつだって、妹のサチがただをこねて、コウタの楽しみを台無しにしてしまうのです。
 「サチ!どうして行きたくないって言うんだ!」
コウタはお母さんのうしろに隠れているサチを睨みました。
 「だって、サーカス怖いもの。ライオンに食べられちゃうもの。」
サチはめそめそしながら言いました。
 「怖くないよ!すっごく楽しいだよ!ねぇお母さん!」
コウタは必死で言いました。でも、サチはぎゅっとお母さんのスカートを掴むだけです。 「行こうよ!だって僕ずっと楽しみにしてたんだ!今日までなんだよ!」
今度はお母さんに言いました。
 すると、サチがうわーーんと泣き出してしまったのです。
 こうなったら、お母さんは絶対にサチの味方になってしまいます。そして、今日もやっぱり言いました。
「ねぇ、お兄ちゃんなんだら、がまんしなさい。」
 コウタは唇をかんで下を向きました。いつもいつもそうなのです。
 「わかったよ!もうっいいよ!!」
コウタは叫ぶと、家から飛び出しました。


 どれくらい走ったのか、コウタはいつの間にか町はずれのサーカスがテントを張っている空き地に来ていました。
 大きなテントのテッペンには、赤い三角の旗がひらひらしていました。
 赤や黄色の風船を持った子たちが、お母さんお父さんに手を引かれてうれしそうにテントに入って行きます。
 コウタは、それをじっと眺めていました。
 コウタは、ポケットの中に手を入れました。
 チャリと音がして、ポケットの中から百円玉が一枚と十円玉が二枚出て来ました。でも、これではサーカスのテントには入れません。
 コウタは溜め息をつくと、サーカスのテントに背中を向けました。
 「どうしたの?帰っちゃうの?」
コウタのすぐ後で、男の子の声がしました。
 コウタは振り向きました。
 目がつり上がって、色の白い、耳の尖った男の子がにこにこして立っていました。
 「サーカス見ないの?」
男の子は言いました。
 「うん…見たいけど、僕…お金ないし…」
コウタは、俯いて言いました。
 「なんだ!いいよ、ついておいでよ!」
けらけらっと笑うと、男の子はコウタの腕をひっぱりました。
 そして、すごい力でぐんぐんひっぱってスルっとテントの中に入ってしまったのです。
 「怒られるよ…」
一番前の席に座らされたコウタは、びくびくして男の子に言いました。
 「だいじょうぶ!ここで見てな。」
男の子は笑うと、風のようにふいっといなくなってましたのです。
 コウタがあっと思っていると、ふとっちょのサーカスの団長さんが出て来てあいさつを始めました。
 「本日は、サターン・サーカスの公演にお越し頂きありがとうございます!どうぞごゆっくりお楽しみください!!」
 サーカスの始まりです!
 最初は、熊の玉乗りです。そして、ライオンが火の輪をくぐります。
 調教師のお姉さんがムチを打ちます。
 次は、妖精のような女の子の綱渡りです。
 命綱もつけないで、高い綱を踊るように渡っていきます。
 「あっ!」
コウタは声を上げそうになりました。
 綱を渡っている女の子が浮いているように見えたのです。
 でも、そんなことあるわけありません。
 すると、コウタが一番見たかった空中ブランコが始まりました。
 「あっ!あの子だ!」
今度は、声を出して言っていました。
 コウタをテントの中に入れてくれた男の子が、高い高いブランコの台にいたのです。
 男の子はさっと、手を上げるとブランコに掴まり、空中へ飛び出していきました。
 蝶が舞うように、鳥が飛ぶように、男の子はブランコからブランコへ渡っていきます。 コウタは夢中で拍手をしました。
 そして、楽しかったサーカスは終りました。
 お客さんが次々と帰っていく中、コウタはボウっとしていました。
 なんだか夢の中にいる気分です。
 「どうだい?」
ブランコ乗りの男の子がやってきました。
 「すごいよ!君のブランコ、サイコーだったよ!」
目の前にいる男の子がスターのように感じて、コウタは興奮して言いました。
 男の子はニヤリと笑いました。
「楽しかったかい?でも、もう家に帰る時間だよ。」
 コウタの顔が急に曇りました。
 家を飛び出して来たのを思い出したのです。
 「僕、家に帰りたくないよ。」
ぽつりと言いました。
 その言葉を聞いて、男の子はにんまりと笑って聞きました。
「どうして?」
「だって、妹のサチはわがままだし、お母さんはなんでもかんでもお兄ちゃんだからがまんしなさいって!今日のサーカスだって約束してたのに!!」
コウタはまた、腹が立ってきました。
 「帰りたくないよ!ずっとここにいたい!」
コウタは叫ぶようにいいました。
 「いいよ。そうしよう!」
男の子は心底嬉しそうに、笑いました。
 コウタは、びくっとしました。
 男の子の笑った口の間に鋭いキバがずらりと並んでいたのです。
 「うわーーーっ!」
コウタは叫んで逃げようとしましたが、手品のときに使っていた大きな布が飛んできて、コウタをすっぽり覆ってしまったのでした。
 「サーカスは楽しいよ。」
男の子はにっこりと笑っていいました。

 次の日、サーカスのテントがあった空地は、元通りなにもない空地に戻っていました。
 サーカスは旅立ったのでした。
 そして、次の町では小さなピエロの男の子がサーカス団に加わっていました。
 小さなピエロは悲しい目で笑いながら、歌って踊ります。
「サーカスは楽しいよ、サーカスは楽しいよ。」