君の隣で息をする

……ついにお昼休みになってしまった。

昨日、介抱してくれた慧くんにお礼を言おうとしていたが、
なかなか言うタイミングが無くて、今に至る。

後ろの席なのに。こんなに近いのに。

朝は寝坊しかけて学校に着くのが遅くなってしまった。
休み時間は一条くんの周りを男女が囲うから、入れるわけがない。

今しかない。

のに、よりによって本人がいない。

「どうしよう……」

小さく声が漏れてしまった。

「蒼空、一緒に昼飯食べよ」

頭を抱えて悩んでいる俺とは対照的な、にこにこの湊くんがやってきた。

「う、うん。食べよ」

俺の後ろの席を借りて机をくっつけてきた。
卵焼きを口に入れると、

「まーたなんか悩んでるでしょ」

と、いつもより低い湊くんの声が聞こえた。

うっ……ばれた。

「誰のこと?慧?」

何で分かるのだろうか。
図星すぎて何も言えない。
黙っていると、湊くんが口を開いた。

「昨日、慧に言おうとしたら、あっちから聞いてきたよ」

……え?

「な、んで」

……聞いてきた?
俺のことを?

「何でだろーね。気になってたんじゃない?」

そういうものなのだろうか。
食べ終わった空のお弁当箱を見つめながら、
何故かをずっと考えているが、答えに辿り着きそうにない。

「湊、そこどいて」

聞き覚えのある声に、ぱっと顔を上げた。
一条くんだ。

やっと、お礼を言える……!

ばっと立って一条くんの前に立つ。
一条くんは少し驚いた顔をしている。
勢いよく立ったはいいものの、いざ面と向かって話すのは緊張する。

「き、昨日は、ありがとう。お陰で元気になり、ました」

一条くんはぽかんとした顔で、しばらく俺を見つめていた。

……そんなに変だったかな。

少し経つと、

「ふはっあはははっ」

急にお腹を抱えて笑い出した。

な、え……何で。

戸惑って立ち尽くしていると、一条くんは笑いながら口を開く。

「いや、ごめん。そんなに緊張しながら言うと思ってなくて」
「……え」
「まあ、元気になって良かった」

涙を拭いながら一条くんは言った。
一条くんの笑った顔、なんだかんだ初めてみたかも。
素敵な笑顔だなと思った。

……と同時に、やっぱり住んでる世界が違うな、とも思った。



無事ミッションを達成した俺は、自分の席についた。
目の前の湊くんは明らかな作り笑いを浮かべている。

「良かったねーお礼言えて」
「うん。言えて良かった」

俺も笑って言うと、

「で、湊くーん。そこどいて欲しいんだけど」

湊くんの後で、引き攣った笑いを浮かべる一条くんがいる。
そうだった。
湊くんが座っているのは一条くんの席だ。

「えーもうちょっとだけ、ね?いいじゃん」
「早く退けって。もう昼休み終わるぞ」

はぁ……と、ため息を吐いた湊くんは、

「じゃーね。蒼空」

と、自分の席へ帰って行った。

「なんか、ごめんね」

後ろを振り向いて謝罪をする。

「ん?別にいいよ。星乃は悪くないし」

にこにこしながら俺の目を見つめて言ってきた。

「星乃ってやっぱ面白いね」
「……え」

ど、どこが。俺、面白い事なんて言ったっけ。

「なんか、見てて飽きないって言うか」

そう言って、一条くんは軽く笑った。

見てて飽きない……?

それってどういう意味なんだろう。分からなくて言葉に詰まっていると、

「ほら、もう授業始まる」

と、肩を軽くつついてくる。

「あ……うん」

慌てて前を向く。すると、ちょうど先生が教室に入ってきた。
授業が始まっても、さっきの言葉が頭から離れない。

見てて飽きないとか、面白いとか、初めて言われた気がする。
何度も考えたけど、答えは見つからなかった。

結局、その後の授業はあまり頭に入らなかった。
気づいた頃には、もう一日の終わりが近づいていた。

放課後のチャイムが鳴ると、教室の空気が一気に緩んだ。
椅子を引く音や、誰かの笑い声が重なって、ざわざわと騒がしくなる。

「蒼空、今日一緒に帰れる?」

鞄をまとめていると、横から聞き慣れた声がした。
顔を上げると、湊くんが鞄を持って立っている。

「うん。帰れるよ」

湊くんは今日、珍しく部活がないみたい。



昇降口を出ると、夕方の空がゆるくオレンジ色に染まっていた。
昼間よりも涼しい風が吹いて、制服の袖が小さく揺れる。

「今日は体調大丈夫そ?」

歩きながら、湊くんがちらっとこちらを見る。

「うん。今日は平気だよ」

たくさん寝たし、と付け加える。

「そっか。ならよかった」

安心してくれたみたいだ。しばらくは他愛もない話をした。
笑いながら返事をしているはずなのに、中身はどこか空っぽで、話している内容が頭に入ってこなかった。
隣を歩く湊くんもあまり元気がない。

「湊くん」

ん?とすぐに返事が返ってくる。

「元気、ない?」

湊くんの元気がないのは珍しい。

「……え、そう?」
「うん。なんか、元気ない気がする」

そうかなーと言いながら引きつった笑みを浮かべる湊くん。

「蒼空と慧が話してるの見てさ、なんか……もやもやしたというか……」

え……、それは、どういう意味なんだろうか。

「えっと……」

返事に困っていると、

「気にしなくて良いよ。こっちの話」

そう笑って湊くんは言った。

「そっか……?」

気づいたら自分の家の前まで来ていた。湊くんを歩かせちゃったな。

「ありがとう。送ってくれて」
「いーよ。蒼空一人だと危ないし」

ん?俺はもう立派な男子高校生なはずなんだけどな。
わざと頬を膨らまして、

「危なくないよ」

と言うと、湊くんは笑い出した。

「はいはーい」

笑いながら、俺の頭をわしゃわしゃ撫でてくる。
……完全に子供扱いされている。ただ、慣れた温度に胸が少しだけ静かになる。

「蒼空」

名前を呼ばれて、顔を上げる。

「またね」

今日一番の笑顔だ。

「うん。またね」

俺も笑顔で返す。
湊くんは優しく俺の頭を撫でると、ひらひら手を振って帰っていった。