思考の劇薬 〜 大人の絵本  『イデアの海をゆく宝船 〜ビジネスパーソンの価値探求と道徳航海録〜』 桜井ジン

頭が長いのはなやみすぎ?
 
宝船のまわりは、真っ白な霧でいっぱいだった。
海も空も、ドロリととけて、まざりあう。
船は一歩も動かず、ただユラユラと浮いている。
甲板に、星砂がヒラヒラ積もる。
霧のしずくが、ポツリと落ちる。
ロクさんは、船べりにすわり、長いあたまをポリポリとかいた。
「いつかは……終わるのかのう」
声は、霧の中へスウと消える。
霧の向こうで、波の泡がコポリと鳴っては消える。
ロクさんは、それをじっと見つめた。
えびやんが、ふにゃりと笑い、となりにすわる。
「なにが?」
ロクさんは、自分の長い影を指さした。
影も、霧でにじんでいる。
「ぜんぶじゃよ。この船も、この海も、わしたちもな」
船の時計が、カチリ。
重い音が、甲板に落ちる。
また、カチリ。
霧の向こうに、深い闇がある気がした。
ヒラヒラと、手まねきをしているようにも見える。
だいちゃんは、かじをギシギシとにぎった。
けれど船は、ピタリとも動かない。
「順番のうちです」
べにたんは、霧に向かっていとをポロンと鳴らした。
音は、モワンとすいこまれる。
「まだ、終わらないわ」
ほていは、甲板にゴロンと横になる。
霧がスヤスヤ顔にまとわりつく。
そのとき。
おなかが、グゥ。
霧が、ゆらりとゆれた。
おじいが、湯のみを持ち上げる。
「おちゃがあるよ」
ロクさんは、立ち上がった。
霧の中へ、そろりと一歩出る。
足もとが、ユラリとゆれる。
星砂がヒラヒラ、足先をかすめる。
長いあたまが、すこしだけ、にゅうとのびた。
えびやんが、そでをつまむ。
「のびてるよ」
ロクさんは、またポリポリとかいた。
指先に霧がまとわりつく。
「考えると、のびるんじゃ」
船の時計が、カチリ。
また、カチリ。
だいちゃんは、こづちの角で甲板をトントンとたたく。
「いまではないのです」
ロクさんは、じっと音を聞く。
べにたんは、霧をそっと払った。
「まだよ」
湯のみが、そっと差し出される。
ロクさんは、それを受け取った。
湯のみは、あたたかい。
指先が、じんわりする。
息を、ふう。
湯気がヒラヒラと立ちのぼり、霧とまざる。
「……あたたかいのう」
えびやんが、にこにこして言う。
「ここは、あるね」
ロクさんは、湯のみを両手でつつんだ。
長いあたまが、すこしだけ、ちぢむ。
「いつか消えるからこそ、いまが、いとおしいんじゃよ」
波が、コポリと鳴る。
しばらくして、風がそよと吹いた。
霧がヒラヒラと、ほどけはじめる。
遠くに、小さな青がにじむ。
船が、ギイと、わずかに動いた。
ロクさんは、もう一度だけ霧をふり返る。
闇は、もう手まねきしていない。
星砂がヒラヒラ、甲板をすべる。
宝船は、ゆっくりと進みはじめた。
時計が、カチリ。
甲板には、うすいすいてきが残っている。
その上を、七人の足が、ちんまりと動く。
船は、まだ、浮いている。
それだけで、十分だった。