思考の劇薬 〜 大人の絵本  『イデアの海をゆく宝船 〜ビジネスパーソンの価値探求と道徳航海録〜』 桜井ジン

べにたん、びわをエレキに!
 
宝船のうしろの方。
べにたんは、大きなあくびを一つ、ふわりと吐き出した。
ひざの上には、古ぼけたびわ。
ユラユラと、かすかにゆれる。
甲板には星砂がヒラヒラ積もり、
らんかんのすき間をすべっては、またヒラヒラもどる。
いとをはじく。
「ポロン」
音が一つ、ころりと落ちた。
星砂がヒラヒラ、そのあとを追う。
音は、すぐにしずむ。
「ねえ、これじゃないのよ」
足先で、山のように積まれた古い楽譜をヒラリとけとばす。
楽譜の表紙には、
「お利口な神さまの歌」と書いてある。
文字の上にも、星砂がヒラヒラ積もる。
えびやんが、ふにゃりと笑ってのぞきこんだ。
「いいじゃない。ずっと昔から決まっている歌なんだし」
べにたんは、細いまゆをキュッとつり上げる。
「決まってるから、つまんないの」
立ち上がる。
びわの首をグイとつかむ。
帆柱のかげで、星砂がヒラヒラ舞う。
空気は、どこか止まったまま。
だいちゃんは、こづちの角で楽譜をトントン整える。
「順番というものがあるのです」
ロクさんは、長いあたまで楽譜を見下ろす。
文字の間を、霧がユラユラただよう。
「歌とは……どこへ行くのかのう」
ほていは、おなかをポンとたたき、のんびりすわる。
「ポロンも、バシャーンも、ねるにはちょうどいい音さぁ」
びしゃんは、手元をじっと見る。
よろいの指がギシギシ鳴る。
「こわすなら、手伝うぞ」
おじいは、だまってうちわをパタパタあおぐ。
星砂がヒラヒラ飛ぶ。
べにたんは、びわを甲板にドンと置いた。
板がコトリと鳴る。
星砂がヒラヒラはね上がる。
いとを、そっと引く。
「ビン」
細い音。
消える。
「この歌は、もう、おわりなの」
楽譜をビリビリやぶる。
紙くずがヒラヒラ宙を舞い、らんかんにかかり、またヒラヒラ落ちる。
えびやんは、紙くずをパシッとつかんで笑う。
「じゃあ、どんな音にするの?」
べにたんは、甲板のすみに転がっていたくぎを拾う。
トントン。
びわに打ちつける。
木がコツコツ鳴る。
星砂がヒラヒラ、その上を流れる。
「こうするの」
いとを強くはじく。
「ギャーン」
空気がビリビリふるえた。
帆がユラリと動く。
星砂が一瞬、止まる。
だいちゃんは、まゆをピクと動かした。
「きそくにない音です」
べにたんは、ゆっくり言う。
「きそくを、作りかえるの」
帆柱に立てかけてあった雷よけの金ぞく棒を、ズズズと引きずる。
甲板に細いあとがつく。
星砂がヒラヒラ、そのあとをうめる。
それを、びわにガチャッとくっつける。
いとにふれる。
「ジッ」
小さな火花。
一瞬だけ光る。
すぐ消える。
目を細める。
「ポロンじゃなくて、これよ」
船べりに足をかけ、体をグラリとゆらす。
星砂がヒラヒラ舞い上がる。
深く息をすう。
そして――
「ジャーン!」
音が空に広がった。
雲がブルリとふるえる。
生けすの魚がバシャーンとはねる。
らんかんがミシリと鳴る。
べにたんは、そのひびきを聞いている。
だれも見ない。
ただ、音の行き先を見る。
ほていが笑う。
「ねむれない音も、たまにはいいねぇ」
七人が、そっと近づく。
床板がミシミシ鳴る。
星砂がヒラヒラ足もとを流れる。
えびやんは、おけをひっくり返してたたく。
「ドンドン」
だいちゃんは、こづちで柱をトントン打つ。
「コンコン」
びしゃんは、よろいをガチャガチャ鳴らす。
「ガシャン」
ロクさんは、長いあたまで風りんをユラユラゆらす。
「チリン」
ほていは、おなかをポンポンたたく。
「ボヨン」
おじいは、板をコツンとたたく。
「コトン」
音がバラバラに飛ぶ。
おじいは、ふところから小さな手帳を出した。
なにか書こうとして、また、そっと閉じた。
星砂がヒラヒラその間をぬう。
べにたんは、もう一度いとをはじく。
「ジャーン」
今度は、少し低い。
音と音が、ゆっくり重なる。
ぶつからない。
押しつけない。
うねりが、できる。
べにたんは、ほほえむ。
「ほら、新しい歌」
風が吹く。
帆がふくらむ。
星砂がヒラヒラ舞い、音に乗っておどる。
宝船は、ギイ……と鳴きながら進む。
海の上に、見たことのないリズムがのびていく。
べにたんは、びわを肩にかつぐ。
「だれかの歌じゃなくて、いまの歌」
えびやんは、空を見上げる。
雲のすき間から、音が光になってキラキラ落ちていた。
だいちゃんは、やぶれた楽譜をそっと箱にしまう。
「新しい順番を、考えるのです」
おじいは、何も言わず、ただうなずく。
宝船の甲板には、また星砂がヒラヒラ積もる。
その上で、べにたんの音が、ちんまり転がる。
古い歌は、紙くずになった。
新しい歌は、まだ名前もない。
けれど、
宝船は、ほんの少し、軽く進んでいた。