思考の劇薬 〜 大人の絵本  『イデアの海をゆく宝船 〜ビジネスパーソンの価値探求と道徳航海録〜』 桜井ジン

おだんごのゆうわく
 
宝船のまんなかで、だいちゃんは石のように固まっていた。
目の前の皿には、まっ白なだんごがヒラヒラと星砂をかぶっている。
数えると、どうしても一つ足りない。
「……食べては、ならんのです」
だいちゃんは、すすけたこづちを甲板にドンと置いた。
えびやんが、ふにゃりと笑ってはしを伸ばそうとする。
「一つくらい、いいじゃない。ぼく、おなかが空いちゃった」
だいちゃんは、そのはしをこづちの角でトントンとたたき、そっと戻した。
「だめなものは、だめ。自分との約束を破ったら、船は真っ逆さまに落ちるのです」
おだんごは、ただ静かに、そこにあるだけだった。
だいちゃんの腹が、また一つ、グゥと大きく鳴る。
べにたんは、びわの裏をポリポリかいた。
星砂がいとにヒラヒラからみつく。
「一つ減ったくらいで、空は落ちてこないわよ」
ロクさんは、長い頭を皿の上に近づけた。
鼻先でだんごの粉をフーッと吹く。
「数とは……だれが決めたのかのう」
ほていは、おなかをポンとたたき、にへらと笑う。
「おなかが鳴るのも、一つの合図だよぉ」
びしゃんは、だんごをじっと見て、こぶしをギュッとにぎった。
よろいの指がカチカチ鳴る。
「おなか減ってるやつを、ほっとけねえ」
おじいは、だまって湯のみを持ち上げ、コトンと置いた。
湯気がヒラヒラ立ちのぼる。
だいちゃんは、だんごの皿のふちをギュッとつかんだ。
指先が白い粉でまっ白になる。
「決めたことは、やる。おなかがグゥと鳴っても、やる」
えびやんは、天井を見上げた。
はりの影がユラユラゆれている。
「でもさ、だれかが食べちゃったんだよね」
べにたんは、ポロンと一音鳴らした。
音がだんごに当たって、ポフンと転がる。
「だったら、その人は、今ここで怒られてないじゃない」
ロクさんは、長い頭を左右にユラユラ振る。
「ばつは……どこにあるのかのう」
風が吹く。
星砂がヒラヒラ舞いこみ、だんごの上に積もる。
だいちゃんは、目をぎゅっと閉じた。
こづちを甲板にトントンと打ちつける。
「船のきまりは、ここで守るのです」
えびやんは、はしを置いた。
指を口に入れて、ちょっとなめる。
「じゃあ、みんなで数え直そうか」
七人は、だんごを指さす。
「いち」
「に」
「さん」
「よん」
声がポロポロ落ちる。
おじいだけは、声を出さなかった。
ただ、指で、板の上に数をそっと書いた。
べにたんが、皿の裏をひっくり返した。
星砂がバサッと舞う。
そこに、小さなだんごがくっついていた。
「ほら、いた」
ほていは、ゴロンと笑う。
「だんごも、かくれんぼするんだねぇ」
だいちゃんは、その小さなだんごをそっと皿に戻した。
粉まみれの指で、位置をピタリとそろえる。
七つのだんごが、丸く並ぶ。
星砂がヒラヒラ落ちて、白い山になる。
だいちゃんは、深く息をすった。
おなかが、グゥではなく、コトンと静かになる。
「決めたことは、守れたのです」
えびやんは、にこにこしてだんごを一つ持つ。
べにたんは、びわで小さく祝いの音を鳴らした。
びしゃんは、だんごを半分に割り、とっておく。
おじいは、ただうなずく。
湯気が、ヒラヒラと天井へ上っていく。
宝船は、ギイ……と小さくきしんだ。
星砂がまた、甲板にヒラヒラ積もる。
七つのだんごは、同じ速さで、ちんまり減っていく。
だいちゃんは、こづちをひざに置き、静かに笑った。
「こづちを振るにも、正しい順序ってもんがあるんだ」
船は、何事もなかったように、ゆっくり進み続けた。