思考の劇薬 〜 大人の絵本  『イデアの海をゆく宝船 〜ビジネスパーソンの価値探求と道徳航海録〜』 桜井ジン

黄金の鯛はどこ?
 
宝船の甲板には、今日もヒラヒラと星砂が積もっていた。
それは、空でほどけたはごろもの名残だった。
風にさからわず、ただ世界の呼吸のようにただよっていた。
ほていが、甲板のまんなかでスヤスヤねころんでいる。
だいちゃんは、その足をそっとよけて歩いた。
べにたんは、よけただいちゃんを見て、びわをポロンと鳴らした。
だれも、何も言わない。
いつものことだった。
えびやんは、つりざおも持たずに生けすをのぞきこんでいる。
泥水の中を、まっ黒な魚がヌルリと泳いでいった。
「ねえ、これじゃないんだ」
えびやんは、ふにゃりと笑って指をさした。
雲のすき間から、一本の細い光が海面にささっている。
そこだけが、キラキラと光ってはねていた。
だいちゃんは、こづちで自分のひざをトントンとたたいた。
「理想なんて、おなかの足しにもならんのです」
えびやんのはな先を、星砂がひとつヒラリと通りすぎていった。
そのつぶは一瞬だけ光をはじき、ヒラリと視界の外へ消える。
えびやんは、生けすのふちにちんまり腰かけた。
足をパタパタさせて、空の光をじっと見ている。
「でもさ、あっちには、もっとキラキラした鯛がいるよ。黄金のやつ」
べにたんは、びわをポロンと鳴らした。
音がバシャーンとはね、空気がピリピリふるえる。
ふるえの中で、星砂がヒラヒラ舞い上がる。
「だったら、ここで作ればいいじゃない」
べにたんは、泥水に指をつっこみ、グルグルかき回した。
生けすの中で、泡がモコモコふくらむ。
ロクさんは、長いあたまをポリポリとかいている。
霧の向こうを見ながら、体がユラユラゆれている。
「黄金とは……どこにあるのかのう」
ほていは、おなかをポンとたたいた。
「まあまあ、鯛は鯛でいいじゃないかぁ」
びしゃんは、よろいのひもをギュッと結びなおした。
生けすの魚がピチピチはね、よろいに水がポタポタ落ちた。
「おなかがへってるやつは、理想なんて見えねえんだよ」
おじいは、だまってらんかんにもたれている。
長いまゆの先に、ヒラヒラと光がからむ。
えびやんは、目をとじた。
まぶたのうらで、光がキラキラした。
「みんなで、あの鯛を思い出そうよ」
七人は、ちんまり輪になってすわった。
足をそろえて、甲板の板をギュッとふみしめる。
「ヒレは、こう、ピカッと」
「うろこは、ガサガサじゃなくて、ツルツル」
「目は、月みたいにまんまる」
言葉がポロポロ落ちて、甲板にころがった。
おじいは、何も言わなかった。
ただ、指先で、転がった言葉をそっとなぞった。
その言葉を、星砂がヒラヒラ包む。
包まれた言葉は、甲板の上でやわらかく光った。
やがて、雲が少しわれた。
光が太くなった。
生けすの泥水に、その光が落ちる。
魚の背中が、一瞬だけ金色に見えた。
えびやんは、口をぽかんとあけた。
「ほらね」
だいちゃんは、腕をくんで、ぐうぅとおなかを鳴らした。
えびやんは、しずくの光を見つめたまま、ゆっくり言った。
「理想ってね、ここをはかるためのものさしなんだよ」
風がふいた。
甲板をなでるその風に、星砂がヒラヒラ舞い上がり、光とまざる。
生けすの魚は、またヌルリと黒にもどった。
でも、七人の足もとには、小さな金色の水のしずくがポツンと落ちていた。
えびやんは、それを指でツンとつついた。
「きっと、あっちにも、ここにも、あるんだよ」
だいちゃんは、おじゅうのふたをパチンとしめた。
ほていは、そのままスヤスヤねころんだ。
ロクさんは、長いあたまをゆっくりなでた。
びしゃんは、しずかに海を見た。
べにたんは、いとにふれずに指をとめた。
おじいは、何も言わず、ただニコニコしていた。
宝船は、ギイ……と小さくきしみながら、ゆっくり進み出す。
帆のかげを、星砂がヒラヒラすべる。
やがて、世界がしずまるとともに、
また、積もりはじめた。