翌朝目を覚ますと、誰かに抱きしめられているの感じ、重い瞼を擦って相手を見る。
顔を上げると、私を抱きしめたまま壁に凭れて静かに寝息を立てている沖田さんの寝顔があった。
沖田さんの羽織を着たうえ、抱きしめられながら眠りにつくなんて、今までの私からしたら考えられないことだ。
穴があったら入りたいという衝動に駆られながら動くと、起こしてしまったらしく、沖田さんも目を開ける。
「おはようございます、澪さん」
「あ、お、おはようございます」
どうしてそんなに平然としていられるのかは分からないが、私は羽織を脱いで沖田さんに返した。
「総司、起きているか?」
「朝餉持ってきてやったぞー」
聞こえてくる土方さんと藤堂さんの声に慌てて沖田さんから離れ、殆ど崩れている髪の毛を結い始める。
怯えていたとはいえ、自らそばにいてほしいなどと口にするとは思いもしなかった。
おそらくそれで沖田さんも驚いていたのだろうけど、自分が一番驚いている。
「あれ、澪、簪変わった?」
髪を抑えている反対の手で簪を持つと、それに気づいた藤堂さんがすかさず聞いてきた。
「あっ、はい。昨日、沖田さんから頂いたんです」
「えっ?/はっ?」
私の言葉に、藤堂さんと土方さんの声が綺麗に重なる。
どうして固まっているのかが分からず首を傾げていると、様子を見に来てくれたであろう近藤さん永倉さん斎藤さん山南さんが顔を出した。
新しい簪が沖田さんから頂いたものだと説明すると斎藤さんは目を閉じ、近藤さん永倉さんは土方さんたちと同じように固まった。
沖田さんを見ると、彼らの様子を分かっていそうな笑みを浮かべている。
「澪、簪を贈る意味って知ってるか?」
「意味……ですか?」
本当に訳が分からず首を横に振ると、私と沖田さん以外の皆が溜息をついた。
「総司……お前、娘が意味を知らないと知って贈ったな?」
「さあ?どうでしょう」
「総司」
怒っているというよりは呆れている土方さんに対して、沖田さんはいつものように飄々と返している。
スマホがあれば一発で調べられるのだけど、知りたくても沖田さんが教えてくれない限り、誰も教えてくれはしないだろう。
近藤さんは沖田さんを呼び、何やら真剣な顔で沖田さんの前にしゃがみこむ。
「澪さんが意味について知っているかいないかは、今はいい。だが、それを贈るということは、それ相応の覚悟があるということでいいんだな?」
覚悟?簪を渡しただけなのに、何の覚悟がいるというのだろうか。
「ただでさえ、京の町は危険だ。現に澪さんは二度も狙われている。人の色恋に水を差すつもりはないが、もし中途半端な覚悟と言うのなら、今すぐやめろ」
いつになく真剣な近藤さんを前に、沖田さんは壁に預けていた背を正して正座する。
私だけが理解とこの場の空気についていけていない。
「あの──」
「中途半端ではありません」
何がどうなっているのか聞こうとすると沖田さんに遮られ、次の瞬間両手が大きな手に包み込まれた。
「私は、たとえこの命が尽きようとも、必ず澪さんを守り抜きます」
私を見たあと、近藤さんを見つめる真っ直ぐなその目はすごくかっこよくて、初めて一番隊隊長としての沖田さんを見れた気がした。
それを聞いた近藤さんは膝を叩き、「ならば、俺からはもう何も言いまい!」と明るく笑った。
「まあ、」
その声に、全員の視線が沖田さんに集まる。
「猫を飼い慣らせるのは、まだまだ先のようですが」
「……あの、ずっと思っていたんですけど、人を猫扱いするのはどうなんですか?」
沖田さんは、初めて会ったあの日から私をことある事に猫に例えてくる。
最初は野良猫だったが、ここに住み始めてからは猫に変わり、時々それを耳にするし、本人の前で平然と猫呼ばわりをする。
「だって猫でしょう?警戒心強くて弱みを見せない。猫以外に何かあります?」
「……だからって、本人の前で言う必要はないと思います」
このやり取りの何が面白いのか、どこからか笑い声が聞こえて目線を送ると、藤堂さん原田さん永倉さんが肩を小刻みに震わせながら笑いを堪えている。
土方さん斎藤さんは見ていられないとでも言いたそうに目を閉じ、近藤さんと山南さんは穏やかに笑っている。
「澪さん、だいぶ言うようになりましたね」
「あー…、面白ぇ」
別に見せ物でもないのだけれど、皆が笑っていればそれでいい。
彼らの笑顔を見られることが、私の幸せの一つだから。
すると沖田さんは方向を変えて、藤堂さんの方を向いた。
「そういえば平助、お絹さんに私の居場所、教えましたね?」
「えっ!?あ、いやぁー…」
「平助、それはダメだな」
「平助、お前死んだな」
「はっ!?いや、ちょっ……!」
原田さんと永倉さんのテンポの良さに、思わず笑みが溢れる。
お絹さんは確かに、藤堂さんから聞いたと言っていた。
沖田さんは静かに立ち上がり、藤堂さんを壁まで追い詰めると、刀に手をかけた。
こういうのはもう見慣れてしまっていて、ただいつもと変わらない日々に心が温かくなる。
「独占欲丸出しの総司は置いといてだな。娘」
「どくせん……?」
土方さんの低い声が響く。
「これからは屯所内でも決して一人にはなるな。当番制にはなるが、必ず一人は護衛につける」
「……はい」
ただでさえお忙しいはずなのに、私の護衛まで入ってしまうことに申し訳なさを感じる。
けれど、さっき近藤さんが言っていたように京は危険だ。
浪士二人相手にも意識を失う状態に陥ったと言うのに、それ以上の人数の相手はさすがに無理だ。
ここにいる人たちは皆、一人で数人の相手ができることを知っている。
だからこそ守られてばかりの自分が情けないし、悔しいと感じる。
