それから屯所での出来事や、隊士の方たちの話をしながら歩いていると、気づけば壬生に着いていた。
行きは遠く感じても帰りは早く感じるのは、本当にやめてもらいたい。
壬生に戻ってきた頃には、青い空が茜色の空へと姿を変えていた。
並んで歩くふたつの影が地面に映し出される。
「屯所に行く前に、少し寄り道してもいいですか?」
「あっ、はい」
屯所へ行く道とは違う方向を歩き出す沖田さんについて行くと、河川敷が見えてきた。
四条通や壬生の喧騒が嘘のように、夕日に照らされた河川敷一帯はすごく静かで、不思議と落ち着く。
現代ではあまり見ることのない、夕日に照らされた水面に息を飲むほどに見惚れてしまう。
地面は土なので座ることは控え、立ったまま川を見つめる。
屯所に戻れば、いつもの日常がやってくる。
だから、今のこの静かな時間がもっと続けばいいと思ってしまっている自分がいる。
「沖田さん、今日は本当にありがとうございました」
「澪さんが楽しめたのなら、何よりです」
夕日に照らされているせいか、優しい微笑みがいつも以上に優しく、温かく見える。
すると沖田さんは、「ですが…」と言いながら自身の懐に手を入れた。
「今日という日を、もっと良い日にしませんか?」
そう言って、自身の懐から小さな包みを一つ出してきた。
何も言わずに差し出され、戸惑いながらも包みを受け取る。
丁寧に結ばれた紐を解き、ゆっくりと包みを広げていく。
中身が露になった瞬間、私は静かに息を飲み、沖田さんと中身のものを交互に見た。
包みの中には、私が最初に小間物屋で見た、桜の飾りがついていて、いかにも高そうな茶色の簪が入っていたのだ。
「そんな、……頂けません!」
慌てて簪を包み直し返そうとすると、手のひらをこちらに向けて制止した。
「受け取ってください。貴女が、自分のために何かを欲しそうにしているのを初めて見れて、嬉しかったんです」
その言葉に、何も言い返せなくなる。
お金の相場が分からないというのが一番だが、私はずっと、この時代では余計なものは望まないようにしてきた。
本来なら存在してはいけないし、いつかは元の時代に帰ってしまう人間なのだから、何も望んではいけないと一線を引いていた。
でも、沖田さんといる時だけはその線を越えてしまいそうになる自分がいる。
「だから、貴女に贈りたかったんです」
「ありがとう、ございます」
夕日に照らされていてあまり分からないが、初めて見る照れたように笑う沖田さんの顔を見て、断れるわけがなかった。
今挿している簪を外し、簡単に髪をまとめて新しいのをつけようとするも、なぜだか今は簡単についてくれない。
いつもはもっと簡単につけられるのだが、沖田さんに見られているからか、いつもより手元が緊張しているみたいだ。
「貸してください」
簪を渡して、私は再び髪を簡単にまとめて沖田さんに背を向ける。
こうしてつけてもらっていると、屯所での最初の一週間はずっとお雅さんにやってもらっていたことを思い出す。
懐かしさを感じながら視線を川に移すと、水面が風で静かに揺れている。
「できましたよ」
「どう……ですか?」
「とても良くお似合いですよ」
少し不安になって尋ねてみると、沖田さんは目を細めて優しく微笑みながらそう言ってくれた。
"お似合い"という言葉が、頭の中で反芻し、胸の奥が少しずつ熱くなる。
二人で静かに川を眺めたあと、差し出された手を握って立ち上がり、屯所へ向かって歩き出す。
この幸せな時間が続いて欲しいのに、それが叶わない時代だということや、この京という場所がいつだって危険と隣り合わせということを、私は知っている。
