弱々しく降っていた雨が、段々と強くなってくる。
前川邸の門を抜けると、生臭い血の香りが漂ってきていた。
その香りが鼻を掠め、吐き気が込み上げてくる。
手は震えるし、足もすくんで言うことを聞いてくれない。
だけど、逃げないって、ちゃんと向き合うって決めたからには動かないといけない。
そう気を入れ直して一歩を踏み出した時、八木邸の門が開いた音がした。
傘も差していなければ提灯も持っていないから、誰が出てきたのかは分からない。
だけど、数人で何かを運んでいるのは分かった。
「……嬢」
雨の中傘も差さず立ちすくんでいると、後ろから斎藤さんの声が聞こえてきた。
黙って出てきたから、止めに来たのだろう。
でも、私は聞こえないふりをした。
提灯は持っていないが、誰かが立っているのを感じたから。
「……傘を差さないと、風邪をひきますよ」
雨音に負けじと、いつもより大きな声が聞こえてきた。
その声のする方へ歩いていき、多分だんだらであろう羽織の裾を掴んだ。
濡れた布に触れた瞬間、言葉にできない感情が胸の奥から込み上げてくる。
またもや手が震え、雨に混じって涙が溢れる。
「どうして………」
震える手に、沖田さんの大きな手が重なり、そのまま抱きしめられた。
「………だから、来て欲しくなかったんですよ。貴女は、優しすぎるから」
雨音がかき消されるぐらい、耳のすぐ近くで沖田さんの優しい声が聞こえる。
結局、芹沢さんとは最後に話すことができなかった。
それでも、沖田さんが今ここにいることに、心の底から安心してしまった。
文久三年九月十八日。
この雨の夜の出来事は、芹沢鴨粛清として歴史に刻まれる日となった。
