初めてここを歩いた時は周りの視線が痛く、堂々と顔を上げて見ることができなかった。
でも今は、顔を上げて歩いている。
野菜売り場に行くと、向こうとは違って土の香りがほんのり鼻を掠める。
綺麗に洗われているわけでも、袋詰めされているわけでもなく、本当に採れたて野菜という感じだ。
だから、切る前に綺麗に水洗いをする。
そして調理して、隊士の皆に食べてもらう。
向こうでは母親がずっと料理をしてくれていて、完成したものを運ぶことはあったけれど、料理から手伝うことはなかった。
こっちにきて、手伝いではあるけれど、自分が作ったものを食べてもらうというのはこんなにも嬉しいものだなんて。
料理をする人は皆こういう気持ちなのだろうか。
いつか戻れる時が来たら、母親に料理を教わろう。
そう思いながら、お雅さんに頼まれた買い物を終えて歩いていると、前から歩いてくる人にぶつかった。
「すみま……芹沢さん…」
「……お前か」
顔を上げると、朝帰りであろう芹沢さんがいた。
周りに人が見当たらず、どうやら一人での帰宅らしい。
「来い」
「……えっ?」
一言だけ言って歩き出す芹沢さんの後を追いかける。
土方さんには、近藤さんと関わるなと言われたけれど、断る方が怖いと感じた。
「二人分」
「はいよー」
芹沢さんが入ったのは、ぶつかったところから少し歩いたところにある茶屋だった。
なぜ連れてこられたのかは分からない。
八木邸でも会うことがないから接点はないし、挨拶に芹沢さんの部屋に訪れた時以来、会話もしていない。
だから、当然緊張して体が固まる。
「別に、取って食ったりしねぇよ」
「は、はぁ……」
そんなことを言われても、簡単に肩の力が抜けるわけではない。
湯飲みを持って一口啜るも、緊張で喉も通らずむせてしまった。
「あの連中と一緒にいて、どうだ」
唐突な問いに、言葉が詰まる。
「……皆さん、優しい方です」
「優しい、か」
芹沢さんは鼻で低く笑うと、お茶を啜った。
「澪。世の中ってのはな、善人だけで回るほど甘くねぇ。誰かが善人なら、誰かが悪党だ。隊も世の中も、そうやって回ってんだよ」
その目はすごく真っ直ぐで、何故か逸らせなかった。
声はどこか、諦めたような、寂しさを埋める場所を探すみたいだ。
近藤さんたちが善だとするなら、芹沢さんは自ら悪を演じているということになる。
今の言葉で、私は確信した。芹沢さんは本当は良い人なんだってことを。
本当に根っからの悪人なら、こんな言葉は出てこないはずだから。
でも、自分をいい人だとは決して認めず、隊のために悪を演じているのだとしたら、芹沢さんは不器用な人だ。
そして、誰よりも熱くて優しい人なんだ。
「……芹沢さん、一つ、聞いてもいいですか?」
「あぁ」
芹沢さんが本当は良い人と分かった時点で、肩の力は少し抜けた。
でも、立場的には壬生浪士組の筆頭局長と屯所の女中だ。
肩の力は多少抜けても、緊張は中々解けない。
「なぜ、今の道に進まれたのですか。……私は、芹沢さんが悪人だとは、どうしても思えないんです」
そう言うと、芹沢さんは煙草を吸って、息を吐いた。
「言っただろ。誰かが善人なら誰かが悪党だと。……澪、お前はどっちだ?」
「わ、私は……」
その問いに、すぐ答えることができなかった。
善人と言ってしまえば、芹沢さんが悪人ということを自分の中で認めてしまうことになる。
反対に、悪人と言ってしまえば、土方さんたちと顔を合わせるのが気まずくなる。
もしかしたらこの問いには、最初から正解なんてないのかもしれない。
「……分かりません」
これが一番困る答えだということは分かっている。
だけど、この答え以外に今一番正しい答えが思いつかない。
「……そうか。ごちそうさん」
椅子から立ち上がる芹沢さんを見て、慌てて私も椅子から立ち上がり、後を追う。
