お風呂から上がった私は、縁側に腰を下ろし、夜風に当たっていた。
さっきの大坂への同行の話が頭から離れない。
無理はしなくていいと言われた。
けれど、もし本当に急病人が出て、そんな時に争いが起きたら、その人のそばにいるはずの人がいなくなるかもしれない。
だから、自分の身は自分で守れそうな私に声をかけたのだろう。
普通の女性なら剣術なんて心得ていないし、争いなんて見たら、きっと動けなくなる。
誘ってもられるのは嬉しい。
だけど、芹沢さんに挨拶した時のあの視線が体の奥に残っていて、思い出すだけで身体が震える。
それでも、私が同行して少しでも役に立てるのなら、拾ってもらった恩を返せるかもしれない。
「こんなところにいたら、風邪を引きますよ」
「沖田さん」
いつもは隊士の人達が全員入り終わった後にお風呂に入る。
そのまま部屋に行くから、こうしたラフな姿で会うことはあまりない。
沖田さんは腰を下ろさず、障子に背を預けた。
この時代には街灯がないから、月や星がすごく明るい。
「何を考えていたんですか?」
「大坂のことと、芹沢さんのことです」
「芹沢、ですか?」
沖田さんの声色がほんの少し、変わった。
心配してくれているのか、芹沢さんに警戒しているのか。
この人の場合はその両方だなと、少し笑みがこぼれる。
「大坂への同行は受けようと思っています。私なんかがお役に立てるのであれば、ですけど」
自分の弱さは自分がいちばん理解している。
たとえ、足を引っ張ることになったとしても行きたいと思う自分に苦笑する。
後ろを見ると、沖田さんは静かに、真っ直ぐな目でこちらを見ていた。
でもすぐに、いつもの優しい笑みを浮かべる。
「大丈夫です。いざという時は、私が守ります。だから、安心してください」
その笑顔は、いつもより逞しくかっこよく見えた。
なんて、言えばきっと揶揄ってくるに違いないから、その言葉は胸の内に留めておく。
「それで、芹沢のことというのは?」
「……私、芹沢さんのこと、根っからの悪だと思えないんですよね。何となくですけど」
土方さんのあの口振りや沖田さんのこの警戒心からすると、何かとやっているのだろう。
隊内で派閥が分かれるぐらいだ。
初めて会った時の視線や新見さんの視線は、確かに嫌だったし怖かった。
だけど、「下がっていい」というあの一言に救われたのも事実。
どこか自分の心に蓋をしているというか、不器用というか。
勝手にそう思っているだけだから、本当のところは分からない。
「それに、根っからの悪なんて人はこの世に存在しないんです。少し歩む道を間違えただけで、誰しも心の奥底には優しさというものがありますから」
今の私は、今迄からは信じられないほど優しい笑みを浮かべていることだろう。
それもこれも全て、ここに来て皆と過ごしていくうちに自然と出るようになったものだ。
「本当に、貴女って人は……」
「え?」
「何だ、俺の話か?」
その声に、穏やかだった空気が一瞬で張り詰めた。
振り向くと同時に、沖田さんが脇差に手をかざして私を隠すようにして立つ・
「……何か」
さっきとは違う低くて静かな声。だけど、はっきりとした口調。
芹沢さんの部屋に挨拶に行った時と同じ声だ。
目の前に広がる背中が、やけに大きく頼もしく見えた。
芹沢さんはその様子を一瞥すると、口角を上げて「邪魔したな」と言って、通り過ぎていった。
だけど、私たちの横を通り過ぎて数歩歩くと、立ち止まって空を見上げた。
「沖田ぁ、夜はな、狼どもの舞台だ」
「何を言って──」
「じゃあな」
足音が、ゆっくりと遠ざかっていく。
足音が完全に消え、ようやく張り詰めていた空気が解けた。
胸の前で握りしめていた拳も、力が弱まる。
「……大丈夫ですか?」
振り返った沖田さんの声は、さっきとは打って変わって柔らかい。
けれど、視線はまだ警戒の目が残っていた。
「さてと、部屋まで送っていきたいところですが──」
言いかけた沖田さんの視線は、私の後ろを向いていた。
その視線を辿るように後ろを向くと、角の向こうから浴衣の裾が少しだけ見えた。
何となく察した私は、沖田さんの方に向き直る。
「……私なら大丈夫です。一人で戻れます。それじゃあ、おやすみなさい」
会釈をして沖田さんの横を通る。
二個目の角を曲がったところで足を止め、歩き始める足音を聞く。
角の向こうにいたのが誰かなんて、言わずもがな。
私は小さく息を吐き、部屋に向かった。
