女性に案内されたのは、風呂場だった。
沖田さんからは、着物一式が入った包みを渡された。
他の隊士が入ってこないように入り口に立ち、見張っていてくれるらしい。
シャワーや蛇口どころか、シャンプーやリンスもない。
こんな状態でどうやって洗えばいいというのだろうか。
「洗う時はこれを使ってね」
「これは……?」
「米ぬか。これで頭と体を洗うのよ。あと、これは肌着。もうね、びっくりしたのよ。沖田さんが昼間、見廻りから帰ってくるなり、『女性用の肌着と着物一式を買いたいので付き添いお願いできますか?』なんて言うんだもの」
女性は、落ち着きながらも口元を緩めて言った。
「奥さん、それは言わない約束では?」
外から沖田さんの声も聞こえてくる。仲がいいんだな、この二人。
女性は私にそう伝えると、「外で火を起こしてくるわね」と言って去っていった。
米ぬか……。
見たことも使たこともない。
こんなので洗ってしまうと、髪の毛は絶対痛むに違いない。
ザラリとした感触に、思わず眉を顰める。
髪の毛を数本束にして取り、米ぬかを恐る恐る髪に馴染ませていく。
いい匂いはしないし、洗い方もこれで合っているのかも分からない。
「………これ、本当に合ってるのかな……」
小さく呟いたその時、板戸の向こうから「困ってます?」という声が聞こえてきた。
「あ、いえ……えっと、米ぬか?を使うのが初めてでよく分からなくて……」
「私も髪は長い方ですから、洗う時は数本束にして手に取ってから馴染ませていますよ」
「そう、なんですね。……ありがとうございます」
「いえいえ」
それが嘘なのか本当なのかは曖昧なところだが、とりあえずそのまま洗う手を進めていく。
全て洗い終わり、女性が用意してくれたタオルで頭と体を拭いていく。
着物を手に取って着ようとすると、遠くから聞こえた大きな怒鳴り声に肩がビクリと跳ねた。
外から小さい溜息が聞こえたかと思うと、一瞬空気が変わったような気がした。
「すみません、少し行ってきますね」
「あっ、はい……」
その声は、さっきまでの柔らかさがどこか消えかかっていた。
足音が遠ざかると同時に板戸が開き、女性が「着付けしてあげる」と言って入ってきた。
現代でも浴衣の着付けは母親がしてくれていて、自身では着付けをしたことがない。
途中までは見様見真似でできるだろうけど、帯は後ろで止めるから、私には難しいだろう。
外で何が起きているかは分からない。
まあ、新撰組一番隊隊長を務めることになる沖田さんが行ったのなら、何も問題はないだろうけど……。
「大丈夫よ」
着付けをされながら、少し不安になって板戸を見つめる。
それに気づいたのか、女性が優しく落ち着いた声で話しかけてきた。
「あの声は、おそらく土方さん。最近、隊を抜けて芹沢さんの方に行きたいっていう隊士さんが多くてね。抜ける条件に、土方さんから一本取ることなの」
「そんな無茶な……」
土方さんは、鬼の副長と恐れられることになる人物だ。
自分にも他人にも厳しく、道場破りと言われただけの腕前もある。
そんな人から一本取ろうなんて、命知らずにもほどがありすぎるのではないか。
かくいう私も、十七年剣道をやってきて、全国大会優勝者でもある父親から一本取れたのは昨日のみ。
もしかしたら他の隊士からは一本取れるかもしれないけど、幹部クラスの人間からは難しいだろう。
そんなことを考えていると、無性に素振りがしたくなってきた。
だが、もうこの格好では叶わないかもしれない。
