それが分かった瞬間、血の気が引いた。
だって、さっきまで道場で稽古をしていて、もう一本父親から取ろうと心の中で息巻いていたというのに、こんなことになっているのだから。
「澪さん、顔色が悪いようですけど、大丈夫ですか?」
「あっ、いえ。大丈夫、です……」
相変わらず鋭い視線を送ってくる土方さんとは違って、沖田さんは得体の知れない私にすごく優しくしてくれる。
元から優しいだけかもしれないけど。
その沖田さんが言うには、今は五月三十日。
ということは、塚井先生の話にでてきたあの人は、既に亡くなっていることになる。
壬生浪士組隊士で、一番最初に亡くなったことで名前が知れているらしいあの人。
「……阿比留、鋭三郎」
つい口から名前が出てしまい、気づいたときにはもう遅かった。
なぜなら、土方さんの顔が一層険しくなったからだ。
土方さんだけではない。
真面目な表情でも、どこか穏やかな雰囲気があった沖田さんも険しくなった。
塚井先生の話では、病死説もあれば殺害説もあると言っていた。
だけど、二人のこの反応………。
「お前、なぜ鋭三郎の名を知っている?」
これ以上口に出してはダメだ。
私も聞いただけだから詳しくは知らないし、新撰組について調べた時も、ネットには阿比留鋭三郎の名前は載っていなかった。
その名前を聞くまで、私は阿比留鋭三郎という名前すら知らなかった。
聞いたから壬生浪士組の隊士だったと知っているだけで、それ以上のことは何も知らない。
知る手立てがなかったという方が正しいだろう。
ーー帰りたい。
なぜこの時代に飛ばされたのかは分からない。
少しの言動で怪しまれて、命のやり取りが当たり前のこの世界では微塵たりとも過ごしたくない。
タイムスリップという現象をまだ信じられていないというのに。
こうも怪しまれては、息が詰まる。
「…………失礼します」
私は二人にそう告げて、裸足のまま、さとやを飛び出した。
「おい!話はまだ終わってねぇぞ!」
「落ち着いてください、土方さん」
さとやと建物の間に入り、息を潜めて二人の会話に耳を立てる。
不安と焦りに見舞われながらも、どこか少しだけ冷静さがある自分に驚く。
「総司、てめぇはいいのかよ。あいつ、鋭三郎の名を知っていたんだぞ。長州と繋がりがあるかもしれねぇ」
「土方さんの気持ちは分かります。ですが、彼女のあの様子からして、何か事情があるのかもしれません。なので───」
それ以上は聞くのが怖くなり、私は再び裸足で駆け出した。
