まだ本来の稽古時間ではないから、道場に人は少ない。
それでも私たちの他に、数人の門下生がいる。
その全員の視線が、私と師範に集まる。
師範と向かい合った瞬間、解けた緊張が再び電流のように全身を駆け巡る。
でも張り詰めた感じではない。
抜けた肩の力、だけど手のひらと指先、前腕と足にしっかりと力が入るのが身で感じる。
ただ立っているだけなのに、隙が全く見えない。
それでも、一本。掠るだけでも、止められてもいい。
余計なことは何も考えるな。
これが模擬戦であっても、今目の前にいる相手にだけ集中しよう。
「始め!」
大会ならいつも相手の出方を見てから踏み込むけど、ここでは私が踏み込まない限り、師範からは絶対踏み込んでこない。
つまり、ハンデということだ。
だけど今日は、いつもより体が軽い。
私は構えながら、小さく息を吐く。
そして、沖田総司の稽古中の言葉"刀で斬るな。体で斬れ"という言葉を思い出す。
今の時代にはふさわしくないというか、絶対に言われないような言葉だけど、体を使えとはよく師範も言っている。
力任せの竹刀と、体を使った竹刀では当然、後者の方が重く響くだろう。
でもそれが師範に通用するかと問われれば、否定に近い。
「胴ー!」
竹刀を握り直して、大きく一歩を踏み出す。
竹刀同士がぶつかる音が、道場内に大きく響き渡る。
予想通り通用はせず、止められた。
だけど悔しがっている場合ではなく、すぐ師範の方を振り返って構える。
その瞬間、私は目を疑った。なぜなら、師範が一瞬固まったのが見えたからだ。
それだけじゃない。師範は私の方を向くなり、竹刀を下ろして一礼をしたのだ。
「そこまで」
審判役の門下生の声がかかる。
師範は面を外しながら、ゆっくりと私に近づいてきた。
「力任せじゃなくなったな。……五分間の休憩後、もう一度呼ぶ。次は俺も、もう少し本気で行くからな」
師範の大きな手が、面を取った私の頭に乗る。
師範は優しく笑うと、すぐさま表情を変えて「次!」と門下生の名前を呼んだ。
