平助達の逝去から僅か二ヶ月。
季節は冬になり、沖田さんは正式に江戸へ帰還することとなった。
御陵衛士の残党に近藤さんが狙撃されたことによって、屯所内は過去一と言っていいほど空気が重かった。
弾丸は肩を貫通したが、命に別状はなく、近藤さんはこれからの戦いに参加すると言っていた。
その戦いが後の、鳥羽・伏見の戦いとして歴史に残ることは、この時の私には知る由もなかった。
案の定私は沖田さんについて行くことになり、雪が降る中、私は最後のお参りとして光縁寺を訪れていた。
近藤さんが撃たれたけど元気でいること、私は沖田さんと共に江戸に向かうため、もうお参りと報告に来れないことを山南さんと平助君に報告した。
そして、慶応四年一月某日。
私たちは大坂まで送ってもらい、そこからは船で江戸に向かった。
沖田さんにはみつさんというお姉さんがいて、みつさんの嫁ぎ先の家で療養するらしい。
出発時に近藤さん、土方さん、斎藤さん、原田さん、永倉さん、井上さんたち全員が口を揃えて「総司を頼む」と言ってきた。
私はこれまでお世話になったお礼と任せてくださいという意味を込めて、深々と頭を下げた。
そして、弁才船という船に乗り込んだ私たちは、海に出て江戸へ出発した。
江戸までは一週間以上かかるらしく、沖田さんにはその間船内で休んで貰うことにした。
私は甲板で他の乗客達と共に潮の香りと風に包まれながら、これまでのことを振り返っていた。
現代ではどれくらい月日が経っているのだろうか。
文久三年五月三十日に京の路地で目が覚め、沖田さんに声をかけられ拾われた。
最初は夢感覚でしかいなかったものの、芹沢さんや山南さんの死をきっかけに、歴史が現実として突きつけられた。
幕末で恋に落ちるなんて思ってもみなかったし、その好きな人ももう長くは生きられない。
現実なのに、現実を受け入れたくない。
好きな人や家族みたいに大切な人人ができるだけで、こんなにも心が忙しくなるなんて、思いもしなかった。
近藤さんは温かくて父親みたいな人で、芹沢さんと土方さんは怖いけど本当は不器用なだけで、平助君や原田さんたちは本当の兄みたいだった。
後ろを見ると、京からどんどん距離が離れていっている。
楽しかった日々、怖かった日々などが一斉に頭に浮かび始める。
現代に戻れたら、今と街並みや風景は全然違うけれど、戻りたいという気持ちだけが確かに残っていた。
