ずっと隣りにいた君へ

春の風は、少しだけ冷たかった。

「悠真、遅い」

校門の前で待っていた蓮が、不機嫌そうに眉をひそめる。

「ごめん、先生に捕まってて」

「またかよ」

そう言いながらも、当たり前のように隣を歩き出す。

その距離が、昔からずっと変わらない。

――幼馴染。

ただ、それだけのはずなのに。

「なに見てんだよ」

「……別に」

視線を逸らす。

最近、蓮を見るだけで胸がざわつく。

笑った顔も、怒った顔も、全部が特別に見える。

(なんなんだよ、この感じ……)

気づきたくなかった。

でももう、分かってる。

「ねぇ蓮くん、ちょっといい?」

帰り道、クラスの女子が蓮を呼び止める。

俺は少し離れた場所で立ち止まった。

「……好きです」

やっぱり。

蓮は昔からモテる。

分かってるのに――

(やめろよ)

胸がじわっと痛む。

「ごめん」

あっさりと断る声。

少しだけ、安心する自分がいた。

最低だ。

「なぁ悠真」

帰り道、蓮が何気なく聞く。

「お前、好きなやついねーの?」

「……いるよ」

つい、口が滑った。

「誰?」

真っ直ぐな視線。

逃げたくなる。

「秘密」

「なんだよそれ」

笑われる。

でもその奥に、少しだけ探るような色があった。

その夜、眠れなかった。

“好き”

その一言が、こんなに重いなんて。

男同士なんて、普通じゃない。

言えば、壊れるかもしれない。

でも――

(このまま終わる方が、嫌だ)

数日後。

違和感は、はっきりと形になった。

「蓮ってさ、サッカー部の後輩と仲いいよな」

クラスメイトの一言。

胸がざわつく。

放課後、校庭を見ると――

蓮が後輩の肩に手を置いて笑っていた。

近い距離。

知らない顔。

(……なんだよ、それ)

声をかけようとして、やめた。

俺はただの“幼馴染”。

それ以上じゃない。

そして――決定的な瞬間。

忘れ物を取りに戻った放課後の校舎裏。

「先輩、ちゃんと見てくださいよ」

「はいはい」

聞き覚えのある声に、足が止まる。

そっと覗いた、その瞬間。

後輩が、蓮の胸ぐらを掴んで――

キスをした。

思考が止まる。

(……は?)

現実が理解できない。

蓮はすぐに引き離した。

「おい、何してんだよ」

「俺、本気なんで」

でも、そんな会話はもう耳に入らなかった。

(キス……した……)

息ができない。

その場から、逃げた。

それから、全部がおかしくなった。

「悠真?」

「……なに」

目が合わせられない。

「なんかあった?」

「別に」

冷たい言葉しか出てこない。

本当は違うのに。

(なんであいつなんだよ……)

胸が焼けるみたいに痛い。

触られたことが、離れない。

「逃げんな」

ある日、腕を掴まれた。

振り払えない。

「離せよ」

「離さねぇ。理由言え」

逃げ場がない。

「……見たんだよ」

「は?」

「校舎裏で」

喉が震える。

「キスしてたじゃん」

一瞬の沈黙。

そして蓮が、深く息を吐いた。

「……あれは」

「言い訳すんなよ!」

感情が爆発した。

「なんであいつなんだよ!」

蓮が驚いた顔をする。

「なんで触らせてんだよ……」

拳が震える。

「俺は――」

止められない。

「俺は、お前が好きなのに」

静寂。

すべて終わった、と思った。

「……やっと言ったな」

「え……?」

顔を上げると、蓮が苦笑していた。

「誤解してる」

「は?」

「俺、キスなんてしてねぇよ」

「してたじゃん!」

「されただけだろ」

あっさり言われて、言葉が詰まる。

「すぐ突き放したの、見てなかったのか?」

確かに、そうだった。

でも――

「それでも、嫌だったんだよ……」

弱い声が漏れる。

蓮の表情が、ふっと柔らかくなる。

「……俺が好きなのはさ」

一歩、近づく。

逃げられない距離。

「お前だけだよ」

心臓が止まりそうになる。

「ずっと前からな」

頭が追いつかない。

「……なんで言わねーんだよ」

「逃げられると思ったから」

苦笑する。

「でももう無理だな」

手を掴まれる。

強く、でも優しく。

「逃げんな」

その言葉に、涙が滲む。

「悠真」

名前を呼ばれる。

近い。

近すぎる。

「ちゃんと分からせる」

意味を理解する前に――

唇が、触れた。

一瞬のキス。

でも、全部持っていかれる。

息も、思考も、全部。

離れたあと、蓮が少しだけ照れた顔で笑う。

「これで、安心したか?」

声が出ない。

ただ、小さく頷く。

帰り道。

いつもと同じ道。

でも――

繋いだ手が、すべてを変えていた。

「なぁ」

「ん?」

「もう幼馴染じゃねーな」

「……うん」

「恋人だ」

その言葉に、胸がいっぱいになる。

足を止める。

振り向く。

そして――

今度は俺から、そっと。

キスをした。

春の風が、優しく吹いていた。

俺たちの関係は、もう戻らない。

でもそれでいい。

ずっと隣にいた君は――

これからは、
“恋人”として隣にいる。