能無しと呼ばれた少女は草原に還る


○登場人物
霧裂(しずか)……霧裂家分家筋。憲兵隊所属。32歳、黒髪に藤色の瞳。

美桜(みお)……女性の虚。武器は小太刀。長い白髪に面布。

○冒頭のヒキ/遊郭見世・月棚、昼
見世の奥へと進む誉(男性洋装)と土筆、美桜(袴)。
誉「邪気が濃くなってる」
邪気が飛んできて土筆が怯む。
土筆「ひゃっ」
誉、短刀で邪気を祓って振り返る。
誉「大丈夫?」
土筆、慌てて頷く。
土筆「は、はい!」
廊下の先、開け放たれた奥の間に蠢く人形の邪気。誉、美桜、土筆を庇うように立つ。
誉「見えてきた!あれだ!」
無数の邪気の腕が伸びてくる。土筆、息を呑む。
土筆「ひ……っ」

○遡ることその日の朝、霧裂家居間
土筆は流と並んで座る。誉、供の虚・美桜を連れ土筆と向き合う。
誉「今日は土筆に仕事を手伝って欲しくて」
土筆、気合いを入れるように。
土筆「は……はい!私に出来ることでしたら」
流、心配そうに告げる。
流「だけど危険に巻き込むことは……」
誉「なら、このまま篭の鳥にしておくつもり?」
流「(戸惑うように)それは……っ」
誉「それに土筆だけが持つ不思議な力。この力のことをもっと解明するべきだ」
流、渋々頷く。
流「それはその……土筆が望むのなら」
土筆、決意を込めて。
土筆「うん、私は知りたい。この力のこと」
流、頷き告げようとする。
流「分かった。なら俺も……」
誉が制する。
誉「悪いけど流、今回の依頼は男子禁制。(誉、傍らに控える美桜を見ながら)虚も女性の美桜を連れていく」
流「(驚きながら)は……?一体何処へ行くつもりだ?」
誉「(冷静沈着に)遊郭の見世・月棚」
流「(さらに驚愕)はい!?」
土筆M「遊郭だなんて大奥の世界……あ、いや、それは吉原だっただろうか」
誉「もうすぐ水揚げ間近の遊女に男を近付けたくないんだと」
流「(戸惑いながら)はぁ……」
誉「それでも邪気の湧き出る場所には行かなきゃならないだろ?」
流「それで誉兄たちが……」
誉、頷く。
誉「そう言うこと。入口まではついてきてもいいけど、依頼の見世の中には入れないよ」
流「分かった。念のため入口までついていく」
土筆M「流さんも途中までついてきてくれるんだ。それなら安心かも」

○見世・月棚前、昼
土筆、誉、美桜。それから流、陽。
流はいつもとは違い猟銃を背負っている。
土筆「流さん、それ……」
土筆M「いわゆるライフルと言うものでは。そりゃぁ拳銃があるのならライフルもあるだろうけれど」
流「まぁ何に使えるか分からんからな」
土筆「ライフ……猟銃も扱えるんだね」
流「(ニッと笑いながら)ま、こういうのは一通りな」
誉「実際の猟はしないけどね」
流「込める弾は霊力で出来てるから仕方がない」
土筆「本当の実弾が入ってるわけじゃないんだ」
土筆M「そう言えば火薬の匂いがしなかったかも」
流「実弾が入ってたら邪気に呑まれた人間が危険だろ?」
土筆「(納得したように)確かに……!」
誉「ま、そんなわけでぼくたちは見世に潜入するからね」
流「ああ、気を付けてな」

○月棚前、昼前
誉、土筆、美桜。
土筆、見世を眺めながら。
土筆M「ここが遊女さんたちの働いている見世。まさに時代ドラマの世界のよう」
誉「依頼を受けて来た。霧裂の邪気祓いだ」
店主、手を擦りながら現れる。
店主「これはこれはどうも。しかし依頼は女性だけでお願いしたはずですが」
誉「ぼくは女だが?何なら触って確かめてみる?男が触るなら別途料金請求するけど」
店主「別途料金だなんて……!おーい」
店主、遊女を呼ぶ。
店主「確かめてくれ」
遊女「は、はい!」
遊女、誉の胸を確かめる。
遊女「女性で間違いありませんわ」
店主「ご……ご苦労。では早速頼めるか」
誉「ああ。内部にひとは?」
店主「ほとんどのものたちは避難しておりますが……その、水揚げ予定の遊女だけが取り残されておりまして」
誉「了解。ならその遊女を救出して邪気の大元を鎮める」
店主「(探るように)は……はい。しかしその」
誉「(何事もないように)何か?」
店主「それは女性の『虚』でしょうか」
誉M「嫌な視線だな」
誉「そうだが」
店主「いや……その、顔を隠しているのがもったいないと」
誉「虚の目は陽の光に弱い。それから」
誉、腕を動かし合図を送る。美桜が小太刀を抜き店主に突き付ける。
誉「妙な下心抱えてるなら今のうちに消した方がいい」
店主「(後ずさりながら)ひぃ……っ」

○月棚内部、廊下、昼
一行廊下を進みながら。
誉「しかし妙だな」
土筆「妙……とは?」
土筆M「遊郭だなんて人生……いや、前世でも未経験すぎてまるで違う世界みたいだけど」
誉「店主のあの態度だ。水揚げ直前の遊女が取り残されて、邪気に呑まれていると言うのに呑気すぎる」
土筆、ハッとしたように。
土筆「そう言えば……もっと焦っていてもおかしくはないですよね」
誉「そうだ。それに水揚げ直前の遊女以外の避難がきれいに完了しているのもおかしなことだ」
土筆「そう考えれば確かに」
土筆M「初めてなことばかりで見逃すところだった。もっとしっかりしなきゃ!」
誉「それに……邪気とは普通の人間には見えないもの。見え始めたとしたらそれは尋常ならざる規模にまで膨れ上がったと言うことだ」
土筆「それなら……」
誉「ああ。ますます店主の様子が奇妙だ」
その時、美桜が知らせるように誉に告げる。
美桜「誉」
誉も感じ取ってか短刀を構える。
誉「ああ、美桜。少しずつ強くなっている」
その言葉に土筆も気が付く。邪気が漂ってくる。
土筆「邪気……!」
美桜が邪気を弾き、誉が冷静に祓う。
誉「これくらいならば造作もない」
土筆「あ、ありがとうございます。誉お義兄さん」
誉「いや。しかし……土筆はこれくらいの邪気でも見えるのか」
土筆、意外そうに頷く。
土筆「え……?はい」
土筆M「村でも流さんが祓ってくれたのを見た」
誉「霊力はないと聞いたけど」
土筆「あれ……そう言えば」
土筆M「それならどうして邪気が見えるのだろう?」
誉「土筆にだけある能力……それが霊力とは違う力を帯びてるのか」
土筆「ええと、蒔さんも持っていた能力……なんですよね」
誉「ああ。同じ系譜に生じる能力……確実に遺伝だろうね」
土筆「だけど私自身、この力についてはまだよく分かっていないんです」
土筆M「前世で言うファンタジーな力で済ますには大雑把すぎる」
誉、土筆と手を合わせる。
誉「だけど……」
土筆「誉お義兄さん?」
誉「邪気祓いの反動を無効化することだけは確かだ」
土筆M「私でも誉お義兄さんたちの力になれてる。だから嬉しいのだ」

○月棚から少し離れた橋の上、昼
流は月棚の様子を眺めている。隣の陽が何か(静)に気が付き、流が顔を向ける。
流、驚いたように。
流「静!?どうしてここに」
静(憲兵の格好、背中に猟銃)、手を振りながら気さくに答える。
静「それはこちらの台詞なんだけど。子どもがこんなところに来るもんじゃないよ、流」
流「(しかめっ面)もう子どもじゃねえし。てか、仕事だっつの」
静「邪気祓いかい?」
流「そう。女性限定ってので誉、美桜、土筆が月棚内部に潜入している」
静「なるほどねぇ。だから俺が様子を見てくるように言い付けられたのか」
流「(首を傾げながら)どう言うことだ?」
静「遊郭ってのは軍部のお偉いさんも利用するからね。俺も軍部の端くれだし、付き合いでついてくこともある」
流「へえ。そう言うの大変そう」
静、苦笑しながら。
静「まあねぇ。でも俺は霧裂家分家ってのもあるからさ、そこまでは虐められてないよ」
流、月棚を気にしながら適当に返事をする。
流「そらよかったな」
静、面白そうに流の耳元で囁く。
静「ね、俺たちも潜入しちゃおっか」
流「はぁっ!?」
静「お偉いさんが秘密裏に出入りする裏口や、奥の間を狙える絶好の立地を知ってるんだ」
流「おま……っ(呆れながら)まさか美桜が一緒だからって過保護か?」
静から笑顔が消える。
静「……」
しかしまたすぐに笑みを戻す。
静「それだけじゃないさ。軍部も邪気関連には敏感になっている。放っておけば国の窮地にもなりかねない」
流「それはそうだが」
静「それを悪しきことに利用しようとしているのならなおさら……ね?」
流、真剣な表情になる。
流M「やっぱり店主のあの態度、準備万端とばかりの避難完了……裏に何かあるのは確実か」
流、陽は静に続いて秘密裏に路地へと入っていく。