能無しと呼ばれた少女は草原に還る



○村長の家、客間、夜
流は陽と共に客間で史料を広げる。
流「村長から借りた史料だ。中々に興味深いものも多そうだ」
陽、頷く。
陽「……」
流、一冊の古い書を取る。
流「そもそも生け贄の儀の始まりは何だったのか」
流、書を開く。陽が白い指を伸ばしてくる。
陽「……」
流「そうか、古い名は邪気封じの儀。俺たちがやっていることとは対極だ」
陽、頷く。
流「最初に邪気封じの儀に捧げられたのは館花(まき)
流、思い詰めた表情で反芻する。
流M「蒔……」
流、ページをめくる。
流「村に邪気が湧き出る大穴が出現し、災厄が訪れた時。村の巫隠神社の巫女一族の中で蒔が名乗り出た」
陽、それをじっと聞いている。
流「蒔が自らを生け贄に捧げ邪気を封じ大穴が閉じられたことから、村は大穴の封印が解かれそうになる時、巫女を捧げるようになった」
陽、まるで睨むように書面に顔を向ける。
陽「……」
流、書を閉じる。
流「これが生け贄の始まりか」
陽、流をじっと見つめる。
流「どうした、陽。何か気になることでもあったのか?」
陽「……生け贄は、嫌いだ」
流「俺も好きではないよ。好き好んで生け贄のために娘を生ませるなんて、どうかしてる」
陽、無言で頷く。
陽「……」
襖がコンコンと叩かれる。
流「誰だ?」
襖の向こうから葵の声。
葵「その……話したいことがあるんです」
流「ああ、構わない。入れ」
襖が開き葵が入室する。流が差し出した座布団に腰を下ろす。

流「それで?話とは?」
葵、躊躇いながら口を開く。
葵「その、霧裂さんは都から来たんですよね」
流「そうだが。それが……?」
葵「た……頼みがあるんです」
流、首を傾げる。
流「頼み?」
葵「(意を決したように)は……はい!」
葵、一度俯き考え込んだ後顔を上げる。
葵「俺と土筆を都に連れていってくれませんか!?」
流「……都に」
葵「は……はい。霧裂さんも薄々気が付いているんじゃないですか?土筆のこの村での立場を」
流「……」
流M「父親とのこと、兄ちゃんのこと、異母妹とのこと……あの子は針の筵のような世界で生きている」
葵「だから俺、土筆を村から解放してやりたいんです!村から離れれば土筆もきっと死んだ陽太兄のことを忘れられるはずです」
流「忘れてどうする」
葵「……え?」
流「命を懸けて生かした妹に忘れられて、その陽太って兄ちゃんの思いはどうなる」
葵、自信なさげに。
葵「だけどこのままじゃ土筆は一生陽太兄のことを引きずって生きないといけない!」
流「その解決策が『忘れること』だとは俺は思えないけどな」
葵、俯く。
葵「それは……」
流「そもそもお前の願いは土筆は望んでいるのか」
葵「む……村を出て都に行けばきっと土筆も理解してくれるはずです!その……俺、都で必死で働いて、土筆を食べさせて行くから……」
葵、流に頭を下げる。
葵「お願いします!」
流、じっと葵を見る。
流「……」
流、渋面を作りながら。
流「悪いが断る」
葵、顔を上げて。
葵「そんな……っ」
流「あの子の気持ちを無視した考えなんて賛成できるか」
流、本をパンと掌に当てる。
流「今夜はまだやることがある。集中させてくれ」
葵、悔しげに立ち上がる。
葵「……すみません」
葵、がっくりと肩を落として立ち去る。襖が閉じられる。

○館花家、書庫、夜
ひとり書庫で本を手にする土筆。
土筆「大穴について」
土筆M「流さんは一緒に陽太お兄ちゃんを探してくれると言った」
土筆、本のページをめくる。
土筆M「陽太お兄ちゃんはまだ、邪気に呑まれて彷徨っているかもしれないの」
本の記載。
本『大穴の出現前には村の所々で微細な邪気が生じる。すると村人たちは生け贄に差し出す巫女を選ぶ。巫女は一族の末裔のものが望ましく、霊力が強ければ強いほど良い』
土筆「微細な邪気……?」
土筆M「それって流さんが邪気祓いをしたあれ?でもそれなら大穴が閉じた意味は……?」
土筆「儀式は本当に成功したの……?」
ストンと戸が開かれる音。月人が入ってくる。
月人「こんな時間に何をしているんだ」
土筆、慌てて本を後ろに隠す。
土筆「それはその……何でもない」
月人がずかずかと迫る。土筆の背後に腕を伸ばし本を取り上げる。
土筆「きゃ……っ」
月人、表紙を見てハッとする。
月人「儀式についての文献……?」
土筆「その……儀式は、大穴の封印は本当に、なったの?」
月人「何を言う。だから陽太が死んだ。お前の身代わりとして!」
土筆、俯く。
土筆「それは……」
月人、怒りの声。
月人「お前は陽太の死が無駄だとでも言いたいのか!」
土筆、泣きそうになりながら。
土筆「そんなんじゃ……っ」
月人「いいから……余計なことは詮索するな。お前は能無しだ。能無しがいくら足掻いたところで無駄だ」
月人、言い終わるとくるりと後ろを向き去っていく。
ひとり残された土筆は塞ぎ込む。
土筆M「私は能無し。陽太お兄ちゃんを犠牲に生きることしか出来なかった」
土筆、流の言葉を思い出す。
流『土筆は能無しなんかじゃない。少なくとも俺はそう信じている』
土筆M「だけど流さんはそう言ってくれた」
土筆、流の顔を思い浮かべる。
土筆、祈るように。
土筆M「流さんに会いたい」

○翌朝、村長の家、玄関
出掛けようとしている流、陽。流の手には花束。村長が声をかける。
村長「流殿」
流、振り返る。
流「村長?」
村長「前回この村に来られたのは流殿のお父君でした。葵たちも生まれる前のことです」
流「聞いてる。うちはこう言う家業だから邪気関連の依頼には振り回される」
村長「ええ。大穴が開く兆候などを調査されていました。できれば生け贄などと言う風習はやめさせたいと」
流「村長は生け贄の儀には反対なのか」
村長「……村を、みなを守るためだとはいえ……。12歳の少女を生け贄にしなければならない祭祀などないにこしたことはない。生け贄になったのは……その兄でしたが」
流「祭主を止めることは出来なかったのか」
村長「大穴が開いた。邪気祓いを呼ぶ間もなく村は恐怖に包まれ祭主が生け贄を強行することを止めることは出来なかったのです」
流「祭主はむしろ、生け贄の儀をしたかったように思えるが」
村長「ええ。村と祭主一族の絆を強固にするため、妹は祭主に嫁ぎました。妹はそんな縁談さえなければ都に行きたがっていました」
流「思い人がいたとか」
村長「ええ。さらには祭主が平然と愛人に手を出していたことで、妹は娘を生んでほどなくして村を出ていきました」
村長、瞼に影を落とす。
村長「そして土筆は……姪は祭主によってもしもの時の茉莉花の代わり……生け贄として育てられました」
流「残酷な話だ」
流M「母親も土筆を生け贄として生んだのだ」
村長「ですがあの子は生き残った。私としてもこれ以上姪を苦しめたくはない。月人も陽太の死で人が変わってしまった。だから……」
流「土筆をどうしようとしたんだ?」
村長「できれば葵の嫁にと。せめてうちで引き取りたいと思ったのです」
流M「家同士の決めた縁談など珍しい話じゃないが」
流「だがそうはしなかったようだな」
村長「茉莉花はうちの葵にぞっこんのようですから……このまま2人を結婚させれば土筆が茉莉花に怨まれ続けましょう」
流「それでも葵が土筆を守ればいいんじゃないのか」
村長、悲しげに。
村長「あの子は……肝心な時に一手を取りこぼす。本当に、誰に似たのやら」
流M「葵の思いとは裏腹に村長の考えは違うと言うことか」
村長、流の手元の花束を見る。
村長「流殿。あなたも蒔の眠る墓地に向かわれますか」
流「ああ。村を出る前にそうするつもりだ」
村長「でしたら……どうか……土筆をこの村から連れ出してくれませんか」
流、じっと村長を見る。
流「それは彼女次第だ」
流、玄関の外へ。村長宅を後にする。

○墓地へ向かう道、朝
流たちの後ろ姿に誰か(土筆)が駆けてくる。
土筆、流を呼び止める。
土筆、泣き出しそうな顔で。
土筆「流さん!」
流、土筆の様子に驚きながら。
流「どうした?何があった」
土筆、涙を貯めながら。
土筆「私……私……っ」
土筆の頬を涙が伝う。
土筆「もう耐えられない」
わっと泣き出す土筆。流がそっと抱き締める。