○追加の登場人物
陽……流の従者を務める虚と呼ばれる存在。白髪に色の抜けた肌、顔に面布をかけている。腰には打刀。左手首に紫の勾玉の腕輪。
巫隠葵……村長の息子。グレーの髪と瞳。土筆の幼馴染みであり、土筆に気がある。
○前話回想、館花家土筆の私室、朝
土筆、手鏡を持ちながら思い起こす。
土筆M「生きるんだ……か」
土筆「私が死ぬべきだったんだとずっと思っていた。それなのにひとり村を出るなんて……と罪悪感を抱いてた」
土筆M「だから迷ってた」
月人の変わり果てた態度が脳裏に浮かぶ。
土筆「私が陽太お兄ちゃんを殺した事実には代わりなかったから」
邪気の手に引きずり込まれていくときの陽太の笑顔を思い出す。
土筆「陽太お兄ちゃんは私を生かしたかったんだ」
土筆、目を閉じる。
土筆M「それに気付けたのは流さんの言葉のお陰だ」
土筆、流の言葉を思い出す。
流『俺、村長の家に滞在してるからさ』
土筆、顔を上げる。
土筆「会いに……行ってみようか」
土筆N「何となく、そう思えたのだ」
○実家、廊下、午前中(10時)
土筆、月人と顔を合わせる。
月人、眉間にシワを寄せながら。
月人「こんな時間に出掛けるのか」
土筆「村長の家に……行こうと思って」
月人「葵のところか」
土筆「う……うん」
土筆M「会いに行くのは流さんだけど、葵の家でもあるよね」
月人「家の仕事は」
土筆「片付け……ました」
土筆M「後妻は家事をしない。茉莉花は言わずもがなだが」
月人、土筆をじっと見つめる。
土筆M「最低限のことはやったはずだ。どこに行くかなんて私の自由なはずだ。こんな反抗期を抱くのも前世の価値観のお陰か」
パタパタと廊下を駆けてくる茉莉花。茉莉花、月人の腕に抱き付く。
茉莉花「お兄さまあっ」
茉莉花、うっとりとした表情を月人に向ける。
茉莉花「こんな能無しとなんてお話しないで。お兄さまは茉莉花のお兄さまだもの」
茉莉花、土筆を睨み付ける。土筆、目をつぶり玄関に向かう。
土筆M「私の月人お兄ちゃんだったのに」
土筆、逃げるように外へ。
○玄関の外、10時、晴れ
閉じられた戸の外で土筆は立ち尽くす。
土筆「陽太お兄ちゃん」
土筆、空を見上げる。
土筆「陽太お兄ちゃんだけは、私のお兄ちゃんでいてくれるよね」
土筆、駆け出す。
○村長の家の前、10時台、晴れ
土筆、村長の家の前に到着する。
土筆M「勢いで来てしまったけど、どう声をかければいいのか」
もじもじする土筆。
土筆M「それも昨日会ったばかりなのに」
土筆に歩み寄る葵の足。
葵「土筆?遊びに来たのか?」
土筆、横を見れば庭から駆けてくる葵(和服)。
土筆「葵……!」
葵「どうした?そんなに驚いて」
土筆、視線を外す。
葵「何だよ、遠慮するなって。村のやつらの目なんて気にすんな。幼馴染みだろ?」
土筆、胸の前で手を握りながら顔を上げる。
土筆「(遠慮しながら)そう……だね」
土筆M「前世の価値観からすれば葵はましな部類だが」
葵「もしかしてその……月人兄とのこと、気にしてんのか?」
土筆「それは……」
葵「気にすんなよ。月人兄だってきっといつか分かってくれる」
土筆「分かるって……何を?」
土筆M「月人お兄ちゃんはもう私のお兄ちゃんじゃないのに」
葵「月人兄は陽太兄のこと、まだ引きずってんだろ?でもその……いつか忘れられるって!」
土筆、ショックと怒りが同時に来る。
土筆「ふざけないで!」
葵「えと……つ、土筆?」
土筆「忘れられるわけないじゃない!忘れたくなんてない!陽太お兄ちゃんは……私の大切なお兄ちゃんなの!」
葵「だけどそんな過去ばっかり見てても埒が明かないだろ?土筆もそろそろ前に進むべきだ。もう5年も経つんだぞ!」
土筆「(悲痛そうに)だからって……っ」
土筆、村長の家の前から去ろうとする。
葵、土筆の手首を掴む。
葵「待って、土筆!」
土筆、涙ぐみながら振り返る。
土筆「放して!」
葵「放さない。もういい加減、戻ってこない陽太兄のことを引きずるのはやめろよ!」
土筆「(泣きそうな表情)……っ」
パタパタと駆けてくる草履の音。
茉莉花がやって来て葵の腕を強引に取る。
茉莉花「葵さん、見つけたぁ」
葵「ま……茉莉花」
茉莉花「葵さんに会えると思って来たの!正解だったわ」
葵「いやその、今は」
葵、土筆を見る。茉莉花、土筆を睨み付ける。
茉莉花「この能無し。まだいたの?葵さんだって私の方がいいに決まってるでしょ?能無しはとっととどっか行きなさいよ」
葵「その……何を」
土筆M「肝心な時はいつもそう。いつだって茉莉花の手を取るんだ」
土筆、葵の手を振り払う。
土筆「放してよ!」
土筆、一目散に走り去る。
○巫隠村、小道
土筆、縁石に腰掛け俯く。
自身の上に影がかかり上を見上げる。
土筆「……?」
流、土筆を見下ろしている。
流「よっ。大丈夫か?」
土筆「どうしてここに……」
流「村長の家の前で騒いでたからなぁ。何事かと思ってな」
土筆「探しに来てくれたの?」
流「まーな」
流、土筆の隣に腰掛ける。
流「村長の倅と……女もいたな。何か言われたのか?」
土筆「その……あれは村長の息子の葵と異母妹の茉莉花」
流「異母妹……あんまり上手く行っているようには見えないな」
土筆、俯く。
土筆「……うん。茉莉花は葵のことが好き……なんだと思う。だから私と葵が話しているのが気に入らないの」
流「ふーん。三角関係ってやつか?」
土筆、慌てて顔を上げる。
土筆「その、私は別に何とも……」
流「口喧嘩もしてたようだが」
土筆「葵が……陽太お兄ちゃんのことを忘れるべきだって」
土筆、思い詰めたように。
土筆「忘れるなんて、出来ない」
流「忘れる必要なんてねえよ」
土筆、流を見つめる。
土筆「流さん」
流「せっかく命を懸けて生かした妹に忘れられちゃ、兄ちゃんも浮かばれねえだろ」
土筆、欲しい言葉をもらえたことで嬉しさで頬を染める。
土筆M「流さんは忘れなくてもいいと言ってくれた」
流、指を顎にあてながら。
流「それと……調査ついでに気になっていたんだが」
土筆「どうしたの?」
流「辛いことを聞くかもしれないが……お前の兄ちゃんの骸はあるのか?」
土筆「(驚いたように)え……?」
流「邪気に呑まれた後、骸は回収されたのか?」
土筆「う……ううん。儀式の場は儀式の後、どこにもなくなっちゃったから」
流「どう言うことだ?」
土筆「儀式の場所はそう言う場所なの」
流「どうにも腑に落ちないんだが。土筆、もしよければだが」
流、立ち上がる。
流「儀式の場所へ連れていってくれないか?」
土筆「その……何もないと思うけど、それでもいいなら」
流、土筆の手を取り立たせる。
流「(ニッとしながら)なら決まりだ」
流、不意に横を見る。
流「だがもしものこともある。陽、ここへ」
流が告げるとその場に舞い降りた陽。腰には打刀。左手首に紫の勾玉の腕輪。和装、袴。
土筆M「真っ白な髪に肌……それにこの面布」
土筆「誰?」
流「虚だよ」
土筆「虚って何?」
流「邪気に呑まれながらも、邪気祓いによって浄化されたものを虚と言う」
土筆M「初めて聞いた」
流「元の記憶や感情は忘れてしまう。霊力が強ければ強いほど感情が残りやすい。しかしどちらにせよ、後から覚えさせることはできる」
土筆「陽さんも?」
流「まーな。陽は虚に成った時、打刀を挿していて武術に秀でていたから護衛として従者を任せている」
土筆、陽の打刀を見る。
土筆「その打刀……」
流「どうした?」
土筆、柔らかく笑む。
土筆「お兄ちゃんの持っていたものに似てるから。少し……懐かしい」
陽が腕を浮かし、手首の紫の勾玉が揺れる。
土筆、不思議そうに見ていれば。
土筆M「そう言えば珍しい色の勾玉……」
陽、そっと掌を土筆の頭に置く。
土筆「陽さん?」
流、ふふっと笑む。
流「珍しいこともあるもんだな。だが本題は調査に行くことだぞ」
陽、土筆の頭から掌を下ろし頷く。
流、土筆に手を差し出す。
流「さて、行こうか」
土筆、流の手を取る。
土筆M「まるであの時みたいだ」
土筆、陽太の笑顔を思い出す。流の手をきゅっと握る。
流「心配すんな。一緒にいてやるからな」
土筆、感極まったように。
土筆「……!」
土筆M「流さんはどうしていつも私が欲しい言葉をくれるのだろうか」


