能無しと呼ばれた少女は草原に還る



○登場人物

館花(まき)……土筆の祖先。最初の生け贄の巫女。

○館花(うず)……最後の虚巫女。蒔の双子の姉。白髪に金色の瞳、色の抜けた肌。姿は16歳のもの。

○現在、大穴の底、深夜
白く光る無数の手の上で土筆と流が目を覚ます。
土筆「こ……こは、流!……あ、流さ……」
流「流でいい。せっかく呼んでくれたんだ。嬉しいよ」
土筆「うん、流」
土筆、辺りを見回す。
土筆「流、これって……」
流「虚の手……だろうな。肉体を失っていながらもどうにかして手だけを具現化させたのか」
土筆「どうして……私たちを助けてくれたの?」
流「肉体を失ってもなお、この虚たちの魂は分かっているのかもしれない。土筆の力を」
土筆、虚の手のひとつを握る。
土筆「大切なひとへの感情を……思い出せる?」
虚の手は土筆の手を握り返すと、一斉にするすると消えていく。2人の下には岩肌の地面。
流「今のは是と言うことだったのかもな」
土筆、消えていった無数の虚の手に向けて。
土筆「うん。助けてくれてありがとう」
流、土筆にコートを被せる。
流「さて……ここから脱出する術を探そう」
土筆「うん。そう言えば霧裂家の書庫で虚巫女って言う書物を読んだの」
流「ああ。俺も読んだことがある。その書物によれば巫隠村神社には邪気が湧き出る泉があったと言う」
土筆「ここが泉のあった場所?」
流「そう考えれば虚たちの手がここに出現したのも納得できる」
土筆「だとしたら……」
流、頷く。
流「かつて虚巫女にするために巫女たちをここに出入りさせるための扉……この洞窟から抜け出す出口があるはずだ」
洞窟を進む流と土筆にヒト型の邪気(蒔)が迫る。
流「何だこの規模は!土筆、後ろに!」
土筆「うん!」
流「この規模……ひとりでやれるかどうか」
邪気(蒔)、ふと、流の姿にピタリと止まる。
蒔「さ……ざれ、さん」
流「(驚きながら)え……?」
蒔「ど……して……ど……して、たす……けて」
蒔、苦しみながら邪気の無数の手を振り回す。
蒔「ああぁぁぁ――――っ!!!」
流、土筆の手を引っ張り走り出す。
流「逃げるぞ、土筆!」
土筆「うん!」

○洞窟出入口、深夜
蒔から逃げおおせた2人の前に岩の扉。
土筆「ここが出入口!」
流「しかし妙だな」
土筆「どうしたの?」
流「いや……邪気の手が襲い掛からない場所に逃げたつもりが、何故か誘導されたような気がして」
土筆「そう言えば」
土筆、先ほどの蒔の姿と言葉を思い出す。
土筆M「山茶礼さんを呼んでいた。助けてと」
土筆「あの邪気に呑まれた女性は……蒔さん?」
流「蒔は生け贄になるために邪気を鎮めたんじゃないのか……?」
土筆「そうだよね。虚巫女の儀式が生け贄の儀になったことに何か関係があるのかも」
流「有り得るな。とにかく何か手がかりになるものを探そう。まずはここを開けるか」
流、取っ手に手をかけ、岩がゴゴゴと動く。
流「だいぶガタが来てそうだが開く」
土筆「うん!」
人ひとりが通れる道が開き、流が外を確め土筆に手を差し出す。
流「土筆、おいで」
土筆「うん、流」
洞窟の外に出た2人、目の前には座敷牢。
土筆「この座敷牢、生け贄の儀式の前に過ごした座敷牢と似てるけど……こんなところにはなかったし、それに古い」
流「虚巫女の時代はここの扉を使っていたはず。だとしたら虚巫女は儀式の前にここに入れられていたのかもしれないな」
2人は座敷牢の中を調べる。土筆は古い日記を手に取る。
土筆「……読めない」
土筆M「感覚で言えば江戸時代の文書を読まされているような」
流、土筆の手元を覗き込む。
流「見せてみろ。ああ、これなら読める。霧裂家にはもっと古い虚巫女の文献もある」
土筆「そう言えば……相当古いはずだよね」
流「ああ、恐らく土筆が読んだものは現代の文字に近しく書き写されたものだろう」
流、ペラペラとページをめくる。
本「虚巫女の儀。邪気の湧き出る泉の洞にて3日三晩を過ごし、4日目の朝邪気に呑まれた巫女に御神水がかけられる。そうすることで巫女は邪気を鎮めた虚巫女として祀られる」
流、本を閉じる。
流「もしかしたらこの御神水があれば蒔をどうにかしてやれるかもしれない」
土筆「でも御神水なんて聞いたことがなくて」
流「なら早速探索してみよう」
土筆「うん!」
2人は座敷牢を出、階段を登る。

○階段の先、虚巫女の間、深夜
虚巫女の間で土筆と流を出迎えたのは巫女姿の渦。
渦「ようこそ、おふたりさま」
流「(驚きながら)あんたは……虚?それも肉体を失っているのか」
渦「いかにも。私は最後の虚巫女」
流「最後とはどう言うことだ?」
渦「虚巫女が生け贄の巫女に代わる代」
流「あんたは何があったのか知っているのか」
渦「知っているわ。虚巫女になる前のことから、よーく知ってる」
流「虚なのに記憶があるのか?」
渦「蒔のお陰よ。蒔は能無しと呼ばれたけれどそれは違う。虚巫女となった私は世話巫女として仕えた蒔に触れたお陰で記憶を取り戻した」
流「何……っ」
渦、土筆を見ながら。
渦「その子と同じ。あなたが連れている子と同じ」
土筆、戸惑いながら。
土筆「でも私は記憶までは」
渦「限りなく近しいものでなくてはダメ」
土筆「え……っ」
渦「あなたと蒔の力は自身の強い感情や記憶を虚と同化させて思い出させるのよ」
土筆「だからきょうだいのことを思う感情が強く出た」
渦「そう。そして記憶は自身と接点がなければ。蒔が私の双子の妹であったように」
土筆「なら陽太お兄ちゃんは記憶が戻るかもしれない」
渦「そうね。無事にここから抜け出せたらやってみる価値はある」
流「とは言えここから抜け出せたとしても……岩戸の奥にいた彼女は……」
渦「蒔よ」
流「彼女は何故ああなった」
渦「虚巫女の調査に来た霧裂山茶礼と私は邂逅した。その時世話巫女の蒔と出会ったの。山茶礼は蒔の力の真価に気が付いた。惹かれ合っていた2人を……私も逃がしてあげたかった」
渦が俯く。
渦「だけど都から来た青年に興味を持った異母妹がいたのよ。虚巫女にするために生まれた私たちとは別に、祭主が愛した愛人との間にね」
土筆M「まるで私と茉莉花のようだ」
渦「そのために蒔は山茶礼と引き剥がされ、幽閉された。それでも山茶礼は異母妹に靡かなかった。だから異母妹は蒔を邪気の洞窟に閉じ込め殺そうとした」
土筆、ショックを受ける。
土筆「そんな……」
渦「そして悲劇が起こった」
流「何が起こった?」
渦「蒔の悲愴が怨念となり泉と同化して、あの子そのものが邪気の化身となって村に大穴を空けたの。その蒔を鎮めるため祭主は代々霊力の強い巫女を大穴に捧げることで封印を守った」
流「それが真実だったのか。だが蒔をどうにかすることは出来ないのか?例えば御神水とか」
渦「そんなもの、とっくに枯れ果てたわ」
流「(悔しげに)そんな……っ」
渦「あなたも薄々気が付いているんじゃないかしら。霊力ではないのに邪気や私を見、邪気に呑まれた虚に奇跡を授ける力」
渦、流が土筆を見る。
土筆「私の力って……」
渦「その力は村が御神水で封じてきた邪気の泉をも吸収した。そんなもの……神が与えた力に他ならない」
土筆「(驚愕)……っ!?」
渦「そんな力を持つ巫女を嫉妬で殺して怨霊にしたのよ。神が与えた御神水なんて消え果てる」
流「だとしたら……どうすればいい。蒔を救う手立てなんて……」
渦、優しく微笑む。
渦「救おうとしてくれるのね」
流「当たり前だろ。だって蒔だって苦しんでいるんだろう?」
土筆「そうです!何か……出来ることがあるなら」
渦「なら、大穴を正常に鎮めれば邪気は抑えられる。同じ力を持ったあなたと邪気を祓う力を持った君。奇跡を信じてみてもいいんじゃないかしら」
土筆と流は顔を見合わせる。