能無しと呼ばれた少女は草原に還る


○巫隠村神社、夜
祭主(父)と村人たち。その様子を月人がこっそりと窺う。
祭主「やはり巫女でなくてはならなかった」
村人たちがどよめく。
祭主「男の陽太では一時しのぎにしかならんかったのだ。今ここで、再び大穴が開こうとしている」
月人、怒りを滲ませながら。
月人M「開こうとしているのは、お前だろう!」
祭主「取り戻すのだ。逃げた巫女を。生け贄の巫女、土筆を!」
村人たち「「「おおおーっ!」」」
月人M「せっかく自由になった土筆をまた苦しめるのか。あの男は!」
月人、気付かれないようにその場を後にする。

○翌朝、霧裂家居間
霧裂家では当主夫妻、流たち兄弟、虚たちが集まっていた。土筆は虚ひとりひとりの手を握る。
土筆「どう……でしょうか」
虚が首を横に振る。
時雨、胡座をかきながら顎に手を当てる。
時雨「どうにも土筆の力が働く虚とそうではない虚がいるようだな」
由良「土筆ちゃんの力が働いた虚は兄弟への感情を取り戻した子が多いわよね」
誉はメモを見ながら首を横に振る。
誉「いや、兄弟がいないものも感情を取り戻している。家族や恋人に対する感情を取り戻したものもいる」
流、垂や美桜、虚たちを見渡す。
流「なら共通点はそこじゃない」
流、考え付いたように陽を見る。
流「陽、お前も土筆に何度か触れているが思い出した感情はあるのか?」
陽、頷く。
陽「……」
流、誉の手元のメモを見る。
流「だとしたら!誉、それを見せてくれ」
誉、メモを差し出す。
誉「あ、ああ」
流「感情を取り戻したのは俺と誉兄が邪気祓いした虚。取り戻していないのは父さんたちが邪気祓いした虚」
時雨「そう言えばそうだ」
流「いや、俺と誉兄には共通点がある」
誉「(驚いたように)それは……?」
流「俺たちはどちらも邪気祓いの反動を土筆に無効化してもらってるだろ」
誉「そうか……それだ!」
時雨、ニィと笑む。
時雨「そんじゃぁ次やることは決まってる」
由良「邪気祓いの依頼をこなしたら、私たちの反動も無効化してくれるかしら。もちろん無理はさせたくないのだけど」
土筆、決意を込めて。
土筆「いいえ、やらせてください!それで虚さんたちの大切な感情が蘇るのなら!」
土筆M「私もみなさんの役に立ちたいから!」

○霧裂家、昼下がり
依頼を終えてきた時雨と由良。
時雨「お待たせ、土筆」
由良「そんなに大変な依頼じゃなかったから大丈夫だとは思うけど……お願いね」
土筆「任せてください!」
時雨、由良に順番に触れていく。
時雨「本当に効くんだな」
由良「力の消耗が嘘のようだわ」
土筆M「お義父さんとお義母さんの反動も無効化できた!(土筆、虚たちを見る)次は……」

○霧裂家、土筆の私室
土筆、横になる。傍らには杏と流。
杏「張り切りすぎてしまったのね」
流「土筆の負担がないわけじゃない」
土筆、申し訳なさそうに。
土筆「ごめんなさい」
流「いいんだ。今はゆっくり休んでくれ」
元気なさそうに。
土筆「……うん」
流「それからこれ」
流が土筆に紫の勾玉のついた腕輪を差し出す。
土筆「それ……陽さんのに似てる」
流「ああ。うちの一族の御守りみたいなものだ。陽は最初から持っていたから不思議なものだが」
土筆M「陽さんも霧裂家の邪気祓いか関係者だったのだろうか?」
流「この御守りは俺がじいちゃんからもらったものだ」
土筆「おじいさんから?」
流「そう。元々の持ち主は山茶礼。俺の曾祖父の弟に当たる」
土筆「山茶礼さん……!」
流「ああ。なかなかに縁があるだろ?じいちゃんの手を伝って俺に辿り着き、そして山茶礼が愛した女性の末裔に辿り着く」
土筆、腕輪を嵌め、胸元に抱き締める。
土筆M「山茶礼さんが愛した女性……私の祖先の蒔さんだ」
流「御守りとして持っていてくれ」
土筆「うん」

○霧裂家、土筆の私室、夕方
土筆はゆっくりと目を覚ます。むくりと身体を起こす。
土筆「そうだ……続き」
土筆M「もっともっと虚さんたちの感情を、取り戻してあげなきゃ」
ふらりと立ち上がる。
土筆「流さん……杏さん」
土筆M「近くにはいないのかな」
ドンドンと玄関の扉を叩く音。土筆は玄関に向かう。
土筆「誰もいないのかな……?」
土筆、玄関の戸を開ける。
土筆「はい、どなたで……」
土筆の前に痩せこけながらも土筆の面影のある女性が立っている(産みの母)。
母「ああ、やっぱりここにいたのね、土筆!あのひとに聞いたの!」
土筆M「あのひと?」
母「あなたは覚えていないかもしれないけど、私があなたの母親よ!4歳まで育ててあげたでしょう?」
土筆M「4歳で捨てたの間違いでは」
母「それがこんな立派なお屋敷に嫁ぐなんて!ねぇ土筆、お母さんのためにお金を用立ててちょうだい?」
土筆「は……?」
土筆M「こう言うの、前世では毒親と言うのではなかったか」
土筆「あなたは他の男の人と結婚したんでしょ?」
母「違うのよ!村を出て都に来て、あの方と一緒になれる……そう思っていたらあの方は……もう妻子がいたの」
土筆M「私たちを捨ててまで辿り着いた先がそれとは」
母、土筆にすがり付く。
母「だからそれからは借金ばかりが膨らみながら都での底辺生活。村にはあのひとの愛人がいるから今さら帰れない。ね?分かるでしょ?」
土筆、気が付く。父の後ろ姿が浮かぶ。
土筆「あのひとって……っ!」
母、ニヤリと笑む。
母「だからお金が必要なの」
土筆、ゾクリと身を震わせる。
土筆M「嫌な予感がする!」
逃げようとする土筆の手首を母の手が掴む。
母「あなたはお金になるのよ!」
その時走ってくる足音。
陽「……やめろ!」
土筆「陽太お兄……っ」←陽の声は陽太の声と同じため咄嗟に反応する。
土筆M「(絶望する)ちゃんはもういないんだ……」
力の抜けた土筆の腕を男(村人)の手が引っ張る。
母「土筆をあのひとに引き渡せばお金になるの!」
母、陽に突進。陽を抑えようと村人たちが群がる。
陽「土筆!」
面布がふわりと浮き上がり顔が見える。
村人に強引に引きずられる土筆、その顔を見て驚愕する。
土筆「(悲痛な叫び)陽太お兄ちゃん……!!!」

○霧裂家玄関前、夕方
玄関前で捕らえられている母と逃げ遅れた村人たち。項垂れる陽、集まる流たち。
静「くそ……っ、逃がしたか!」
流「まだ遠くまでは行っていないはずだ!俺は土筆を追う!」
時雨「ああ、そうしろ!こちらもすぐに増援を出す!」
流、時雨の言葉に頷き、陽を見る。
流「陽、行くぞ。土筆を迎えに行くんだ」
陽、項垂れている。
陽「……」
陽、流を見上げる。
陽「……流。本当に大切なものが、命を懸けて守ろうとしたものが再び失われていく」
流「(覚悟を決めた顔で)なら、その前に迎えに行く。奪われたものは取り戻さなくてどうする!」
陽、背中を向ける流をじっと見る。
流、家人が連れてきた馬の手綱を掴みながら陽を振り返る。
流「覚悟が出来たんなら、追いかけてこい」
陽「流」
流、馬に股がる。
流「行ってくる」
土筆の母が嘲笑する声が聴こえてくる。
母「ふふっ。無理よ……あの子は生け贄になるんだもの」
由良「ふざけるんじゃないわよ。土筆ちゃんはもううちの嫁なんだから」
時雨「その通りだ。お前さんに待ってるのは金じゃぁなくてブタ箱だろ」
静「それは違いない」
母、発狂。
母「嘘よ嘘よ嘘よ!お金……お金が手に入るのよ!土筆土筆土筆!私のために生け贄になるの!」
流、後ろを振り返らずに。
流「させるかよ!」
陽、流の強い意思に惹かれるように息を呑む。
陽「……っ」
流、馬を発進させる。
流M「土筆……絶対に取り戻してみせる!」