能無しと呼ばれた少女は草原に還る


○月棚隣の見世、月棚奥の間を望む窓、昼
流は猟銃を窓の向こうに向けてセットしスコープを覗く。
静「嫌な匂いがぷんぷんするよ。霊力のない俺でもね」
流、猟銃を構えながら。
流「ああ。まるで外から隠すかのように奥の間に蠢いている」
静、困ったように。
静「しかしさすがに隣の見世にまでは目が行かなかったようだね」
流、ポーカーフェイスで。
流「この見世のものたちは?」
静「御用達だからね。月棚の店主たちにバレぬように裏口から避難してもらっている」
流、ニヤリと笑む。
流「上出来だ」
静「だから自由に使っていい」
流「それは助かる」
流、改めて猟銃を調節しながら。流の視線の先に何かが蠢く。
流「間違いなくあの先に邪気がある。陽、万が一周りに変化があったら教えてくれ」
陽「分かった」
静M「完全に戦闘モードに入っている。俺には見えないものを見てるんだろうね」

○月棚、奥の間、昼
奥の間の壁には大量の御札。
邪気に呑まれた遊女と対峙する誉、美桜、土筆。
誉は大量の御札を見ながら。
誉「何だこの部屋は」
誉M「大量の邪気を抑える札。まるで用意していたような……」
誉、短刀をふるい遊女に迫る。
誉「美桜は土筆を頼む!」
美桜、邪気を小太刀で祓いながら土筆を庇う。
美桜「はい、誉」
土筆、息を呑む。
土筆M「邪気との戦いはこんなに激しい……っ」
邪気の腕が窓の一部を割り、勢いをつけて土筆たちに迫る。誉、振り返り叫ぶ。
誉「美桜、土筆!」
美桜、土筆を抱き締め庇う。衝撃が美桜を襲う。
土筆「美桜さん!」
誉、邪気を掻き分け向かおうとするが簡単には行かない。
誉「くそ……っ」
その時発砲音と共に土筆たちに迫っていた邪気が霧散する。
誉、すぐに気が付く。
誉「……流!」
邪気が暴れ窓ガラスが霧散する。流の掩護射撃が邪気を縮小させる。
誉、ニッと笑う。
誉「上出来だ」

○隣の見世、昼
隣の見世の窓から猟銃を構える流。
窓が一部割れる。
陽「流、左から2番目、下から2段目」
流、照準を合わせる。
流「そこか!」
流、窓から覗く邪気を撃ち抜く。
静、感心しながら。
静「相変わらず惚れ惚れする腕だ。憲兵隊入らない?」
流、照準を合わせながらポーカーフェイスで。
流「軍服とか着るの怠い。脚下」
静、両掌をあげる。
静「おっと、振られちゃった」
窓ガラスが大量に割れ、静が驚く。
流「よし、狙いが付けやすい!」
流、誉たちの姿を確認しながら掩護射撃を行う。隣で猟銃を構える音。静が隣で照準を合わせる。
流「おい、あいつらに当たったらどうするつもりだ」
静、にへらっと笑う。
静「そんなへまはしないさ。誰の弟子だと思ってんの」
流「はいはい。俺の師匠だね」
静、笑みを讃えながら。
静「そうそう。ここは兄弟子に任せておいでよ」
静の表情から笑みが消え、火薬と共に発砲音が響く。窓枠が落ち、さらに見えやすくなる。
静「よし、完璧」
流、掩護射撃をしながら。
流「相変わらずどうやってんだよ、本当に」
静「実弾ゆえの離れ業さ。それにしてもあの部屋」
陽が呟く。
陽「邪気封じ」
静、ニヤリ。
静「やっぱりクロだね」

○月棚、昼
流の掩護射撃で邪気を縮小、誉が距離を詰める。誉の短刀が霊力を帯び遊女に叩き付けられる。
誉「食らえ、邪気祓い!」
遊女、悲鳴を上げる。
遊女「あぁぁぁ――――っ!」
遊女、邪気の靄が晴れ黒髪と白髪の中間の姿(虚になりかけている)
その瞬間暴れる遊女の身体がするりと誉の前を抜ける。誉、振り返り。
誉「美桜、土筆!」
土筆、遊女の姿を見て無意識に手を伸ばす。
土筆M「どうしてだろう。手を触れなければと思った」
土筆の手が遊女の手を握る。遊女の色が黒髪の美しい美女に戻り倒れる。
誉、驚愕しながら。
誉「虚化が止まった……いや、戻った?嘘だろ?」

○月棚前、昼過ぎ
誉は遊女を支えながら、美桜、土筆と共に見世を出てくる。
誉「終わったよ。彼女は無事だ」
店主「(驚愕しながら)そんな……虚になったのではなかったのか!?」
誉、渋面になる。
誉「どういう意味だ?まるでお前は彼女が虚になることを最初から予期していたようじゃないか」
店主「それは……その」
誉「思えば彼女が隔離されていた奥の間、準備万端とばかりに邪気封じの札が貼ってあった」
店主、狼狽えながら。
店主「わ、私のせいじゃない!水揚げ先の若旦那からの要望なんだ!」
助け出された遊女、驚愕する。
店主「う……虚にする方法を教えるから、その、虚として嫁入りさせると」
誉、怒りながら。
誉「ふざけるなよ!虚になれば記憶も感情も失う!それが本人や周囲にとってどんなに辛いことか分からないのか!」
店主「そ、そいつは売り物だ!遊女は売り物だろう!私は購入客の希望に沿ったまで!それの何が悪い!」
誉、怒りを滲ませながら。
誉「お前……っ」
助け出された遊女、泣き崩れる。
そこに静と流、陽が到着。後ろには憲兵隊。
静「店主。あんたがどんなクズかは知らないが、手を出したものがまずかったね。水揚げ先の若旦那もろともしょっぴかせてもらうよ」
店主、驚愕しながら。
店主「わ、私は被害者だ!」
流「被害者は彼女だろ」
静、手を振り憲兵隊に合図。
静「違いない」
店主、憲兵隊に拘束されていく。
美桜、静をじっと見つめ、涙を流す。
美桜「……」
土筆、それに気が付く。
土筆「美桜さん?」
美桜は何も語らず顔を臥せる。

○霧裂家居間、昼過ぎ
依頼を終えた一行(静以外)は垂の待つ霧裂家居間に集合する。
流、腕を組ながら。
流「依頼は無事終了、静は若旦那をしょっぴきに行ったが」
誉、土筆を見る。土筆の隣には垂。
誉「ああ。気になるのはやはり遊女の虚化が止まり元に戻ったことだ」
流「土筆の不思議な力は虚化にも作用するのか」
誉、垂を見ながら。
誉「さすがに完全に虚になってからは戻らないようだが」
垂、躊躇いながらも口を開く。
垂「兄さま」
誉、流、驚いて垂を見る。
垂「姉さまに触れていると、不思議なの。兄さまたちが大好きだった心、垂、覚えてる。でももっと思い出した。大好きだった心」
流「(焦るように)なら記憶はっ」
垂、首を横に振る。
垂「思い出せないの。でも大好きだった心は分かるの。前よりも、ずっと」
流「土筆の力は虚の感情を呼び起こすのか?」
誉、気が付いたように。
誉「そう言えば土筆が初めて霧裂家に来た時も、あれは土筆を求めて集まったとしたら」
流「虚たちは本能で分かったのか。土筆に触れることで感情を取り戻すことを」
誉、美桜を見る。
誉「だとしたら」
美桜「……」
その時、襖を開けて静が入ってくる。
静「若旦那の家も押さえたからね。俺はこちらの様子を見に戻ってきたわけだが」
静、美桜が立ち上がりじっとこちらを見ていることに固まる。
静「美桜……?」
美桜、ゆっくりと静に歩み寄る。
美桜「……」
土筆、不思議そうに2人を見つめる。
土筆「その、静さんは……」
流「ああ。霧裂家の分家筋で……」
美桜、静にふわりと抱き付く。
美桜「思い出せない……思い出せないけど、私にとって、あなたが大切と言う感情が押し寄せてくるの」
静、驚いたように。
静「美桜……感情を取り戻したのか」
美桜は面布の裏で大粒の涙を流す。
美桜「ええ……でもごめんなさい。ごめんなさい。あなたのことが思い出せない」
静、美桜を優しく抱き締める。
静「いいんだ。その気持ちだけで。その気持ちを思い出してくれただけで俺は……(言葉に詰まる)」
抱き合う2人を見ながら。
流「美桜は静の妹だ」
土筆「(驚き)……!」
流「邪気祓いに失敗し、邪気に呑まれた彼女を誉兄が祓い虚となったんだ。それ以来静のことは忘れてしまっていたが」
土筆「(ホッとしながら)思い出せたんだね」
土筆M「大切な人だった感情を……」