能無しと呼ばれた少女は草原に還る


<シナリオ>
タイトル「能無しと呼ばれた少女は草原に還る」
著:瓊紗

○世界観、時代背景
明治中期~大正初期を基本とした和風異世界
地方の女性:少しずつ都市部の和洋折衷文化が取り入れられている。基本は和装、珍しいところでブーツやブラウス。袴あり。
地方の男性:基本和装(袴)、洋装を取り入れているのは珍しい。
都(都市)の女性:女学生は袴スタイル、ブラウスやワンピースなど洋装を取り入れる。ファッションの自由度が高まっている時代。ブーツなども主流。
都の男性:和装を中心に洋装を取り入れる。和洋折衷、洋風の羽織もの、コートなども流行。下駄もあるが革靴、ブーツはもちろんある。

○主な登場人物

館花(たちばな)土筆(つくし)……ヒロイン。巫隠(ふがくし)村で生まれ育つ。転生者。焦色の髪に黒目。17歳。

館花陽太(ひなた)……土筆の兄。双子の兄。いつも太陽のように笑い土筆を導いてくれていた。赤茶髪に黒目。20歳。

館花月人(つきと)……土筆の兄。双子の弟。いつも優しく土筆を見守ってくれていた。薄茶髪に黒目。20歳。

館花茉莉花(まつりか)……土筆の異母妹。見目麗しく霊力も強い。色素の薄い色の髪と瞳。16歳。

霧裂(きりさき)(ながれ)……ヒーロー。都に暮らす。邪気祓い師。黒髪に紫の瞳。18歳。腰には拳銃。

○冒頭のヒキ/5年前、崖の上、夜、霧
12歳の土筆が崖の上に立つ。
土筆「お兄ちゃんのいない世界に、意味なんてないから」
土筆、崖から飛び降りる。
土筆「今、行くよ。陽太お兄ちゃん」

○ヒキの少し前、巫隠村草原、昼
12歳の土筆の脚が草原を踏む。
土筆M「私にはお兄ちゃんが2人いた。双子のお兄ちゃんだ」
土筆(着物)、陽太(右)、月人(左)共に15歳と手を繋ぐ。陽太と月人はお揃いの濃色の着物に袴。
土筆脳裏に浮かぶ母の後ろ姿。
土筆M「お母さまは出ていった。お父さまはほとんどをお家に帰ってこない」
陽太を見る。
土筆M「太陽みたいに笑ってくれる陽太お兄ちゃん」
月人を見る。
土筆M「お月さまみたに優しく見守ってくれる月人お兄ちゃん」
頷く。
土筆M「だから私は寂しくなんてない」
土筆、ハッと上を見る。
土筆「なぁに?」
突如暗雲が立ち込め鳥居が見えてくる。

○村、鳥居前、濃霧、時刻不明
ヒロイン(白い着物)、陽太(白い着物、打刀)と手を繋ぎ鳥居(『巫隠村神社』の文字)の前に立つ。後ろに月人(黒い着物)。
陽太、土筆に手を差し出す。
陽太「おいで、土筆」
土筆、陽太の手を取る。
土筆「(不安げに)私には霊力がないのに、大丈夫なのかな」
陽太「心配いらないよ。土筆はお兄ちゃんが守ってあげるから」
土筆「うん……お兄ちゃん」
土筆M「陽太お兄ちゃんが最後まで見守ってくれるのなら、何も恐くない」
霧の中へ消えていく2人の影。

○霧の中、時刻不明
2人の目の前には底の見えない大穴。
大穴を覗き込む土筆。
土筆「ここが……儀式の場所」
陽太、頷きながら。
陽太「そうだ。土筆」
土筆、足を踏み出す。
土筆「それじゃぁ陽太お兄ちゃん。私、行って来……」
陽太、土筆の腕を引っ張る。
土筆、引っ張られ穴とは逆の方向に飛ばされる。
土筆は陽太に手を伸ばす。
土筆「陽太お兄ちゃん!」
陽太に邪気の腕が無数に巻き付き、大穴に落ちていく。
陽太「(穏やかに笑みながら)霊力のある俺の方が美味しいに違いない」
土筆、霧を掻き分け腕を伸ばす。
陽太「(太陽のような笑顔で)お前は生きるんだ」
土筆、見えない力に弾き飛ばされる。
土筆「陽太お兄ちゃあぁぁんっ!!」
霧が晴れる。草原が現れ大穴が消える。

○霧の晴れた草原、夜
土筆はひとり立ちすくむ。
土筆「どうして……死ぬのは私じゃなかったの?陽太お兄ちゃん」
土筆、とぼとぼと歩く。松明を持つ月人と出会う。
月人「(怒りをはらんで)陽太はどうした!何故土筆だけが帰ってきた!」
土筆、すがるように手を差し出す。
土筆「陽太お兄ちゃんが私の代わりに……っ」
月人、土筆の手を弾く。
月人「お前のせいで陽太は死んだ!お前が役目を果たさなかったから!」
土筆「月人……お兄ちゃん」
土筆M「月人お兄ちゃんがこんなにも怒ったのは始めてだ」
土筆、俯く。
土筆M「だけど仕方のないことだ。役立たずの私が生き残ってしまったのだから」
土筆N「だが地獄はここで終わらなかった」

○実家、居間、夜
父親の隣に見知らぬ女(父親の愛人)と愛人の子・茉莉花(色鮮やかな着物)。
土筆M「誰……?」
父親「役立たずの土筆が生きて帰り陽太が生け贄になったのは想定外だったが、これでお前たちを正式に家族に迎えられる!」
愛人(→以下後妻)「ええ。長かったわ。せっかく邪魔な女がいなくなったのに、茉莉花に巫女の役目が回ってきたら大変だもの」
土筆M「そうか……村にお父さまの愛人がいたから、お母さまは出ていってしまったのだ」
父親「それにしても茉莉花は素晴らしい娘だ。見目麗しく、霊力も豊富。まさに巫女の一族にふさわしい」
土筆M「本来ならば霊力の強い巫女がお役目を担うはずなのに。茉莉花をお役目につけたくなかったから、私を行かせたんだ」
父親と後妻は茉莉花を褒め称える。茉莉花、立ち上がり月人を見る。
茉莉花「そうだわ!私、お兄さまが欲しかったの!」
月人、茉莉花に歩み寄る。土筆、手を伸ばし掛ける。
土筆「お兄ちゃ……っ」
土筆、手を引っ込める。
土筆M「陽太お兄ちゃんを殺した私に、月人お兄ちゃんを引き留める資格なんてない」
茉莉花、嬉しそうに月人に抱き付く。
土筆、悲痛な表情で俯く。

○崖の下、夜、晴れ
草木の上、夜空を見上げながら。
土筆「土筆は……私は本当にひとりになってしまったから、この世界から解放されたかったんだ」
土筆M「どうして思い出してしまったんだろう」
土筆の脳裏に浮かぶビルの立ち並ぶ町並み。
土筆M「私は転生したんだ」
土筆「だけどここは……昔の日本に似てる。でも日本じゃない」
土筆M「それだけは……分かる」
土筆、立ち上がる。
土筆M「何時代風なんだろう。江戸時代では絶対ない。それだけは分かる。だとしたら明治?大正は行きすぎかも」
土筆「どちらにせよ」
土筆M「前世の記憶は私に『村を出ていく』と言う選択肢を与えてくる。閉鎖的な村で生け贄として育った土筆では到底辿り着けなかった答え」
土筆、遠くを見つめる。
土筆「大人になったら、一人立ち出来るようになったら。せめてこの村を出ていけるだろうか」
ザザ……っと木々がざわめく。
土筆M「だけど……同時に陽太お兄ちゃんをこの地に残していくようで」
村に戻っていく土筆の後ろ姿。
土筆M「前世を思い出す前の私と今の私の思いが……迷わせている」

○現代(5年後)、実家、午後
居間に茉莉花と月人。茉莉花が色鮮やかな着物を広げる。土筆(基本地味な着物に袴)、居間の外の廊下からそれを見つめる。
茉莉花「これも素敵だわ!都から取り寄せた流行柄の着物なのですって。こっちも!お兄さまはどれがいいと思う?」
月人「茉莉花の好きなものを選べばいい。父さんはどれも買ってやるだろう」
むくれる茉莉花。
茉莉花「んもぅ……お兄さまの好みを知りたいの!」
月人、一枚の衣を指差す。
月人「ではそれはどうだ?」
茉莉花「素敵だわ!じゃぁこれにしちゃう!」
茉莉花、早速着物を身体に合わせくるくると回る。茉莉花と土筆の目が合う。茉莉花、目くじらを立てながら。
茉莉花「何を見てるのよ、この能無し」
土筆、俯く。
土筆「……」
茉莉花、得意気に笑む。
茉莉花「あなたの分なんてないのよ。この着物もお兄さまもお家もぜーんぶ私のものなんだから!」
土筆、月人を見る。月人はそっと視線を外す。
土筆M「もう月人お兄ちゃんは私のお兄ちゃんじゃないんだ」
土筆、とぼとぼとその場を後にする。
土筆M「この村にいるのも、そろそろ潮時だろうか」

○実家の外→巫隠村小道、午後
とぼとぼと玄関の外に出る土筆。
土筆M「陽太お兄ちゃん。私が陽太お兄ちゃんを殺してしまったから」
土筆「だから月人お兄ちゃんも許してくれないんだ」
土筆M「私がちゃんと死ねれば違ったのかな。ううん……弱気になっちゃだめ。私はこの村を出ていく。そうしたら……」
土筆「答えが見付かるだろうか」
カサリと草が鳴る。横には草むら。
土筆「……っ!?何かいるの?」
土筆、恐る恐る近付く。その瞬間邪気を纏った手が伸びてくる。土筆は手を伸ばす。
土筆「陽太お兄ちゃん!」
土筆、邪気を纏った手を掴む。邪気が消え肌色が見える。
土筆「この腕……細い?」
土筆M「陽太お兄ちゃんの腕はもっと筋肉があったような……」
草むらから何かが出てくる。
流「うわあぁぁぁっ!?何だ!?」
流(和装袴に洋風羽織、ブーツ)、土筆の前に立つ。
流「うう~~……邪気を浄化するまで寝てたはずなんだが。誰だ?」
土筆、驚きながら。
土筆「あなたこそ。巫隠村のひとじゃない」
土筆M「洋風の羽織りにブーツって……村じゃほとんど見かけない」
土筆、さらに流の腰元を見る。
土筆M「拳銃……!?プラモデルじゃ……ないよね」
土筆、ドキドキしながら流を見る。流、うーむと指を顎にあてる。
流「(笑顔になる)確かに。俺の方がよそ者か」
土筆、慌てながら。
土筆「そう言う意味じゃ……その、私は館花土筆です」
流、首をかしげる。
流「館花?確かこの村の巫女の家じゃないか?」
土筆「そ……そうです。でも私には霊力がないから……能無しなんです」
流「能無し……?」
流、悩みながら。
流「それにしては妙だな」
土筆、戸惑いながら。
土筆「妙……って?」
流、手を腰にあてながらポーズを取る。
流「名乗るのが遅くなったが、俺は霧裂流。邪気祓いを生業としている一族のものだ」
土筆「邪気祓い?」
流「そ。普段は都に住んでいるが、依頼があればこうして地方に邪気祓いや調査に来る」
土筆「それじゃぁこの村にも……」
流「調査に来た。正確には5年前に行われた儀式についてのだ」
土筆の顔が青くなる。
流「都としては生け贄の儀は出来るだけ避けたい。そのために各地に俺のような専門家を派遣するのだが……」
流、目を閉じて再びカッと開く。
流「5年前この村は都の制止を無視して儀式を強行しやがった」
土筆M「あの儀式は祭主であるお父さまが強行した?何のため?」
土筆、ハッとする。
土筆M「決まってる。生け贄のために生まれた私を処分して愛人とその娘を招くため」
流「5年前は巫女ではなく巫女一族の男が生け贄に捧げられたと聞くが」
土筆、涙を流す。
土筆「陽太……お兄ちゃん」
土筆、両膝をつき崩れる。
土筆「私が生け贄になるはずだったのに!死ぬはずだったのに」
土筆、両手で顔を覆う。
土筆「陽太お兄ちゃんを殺したのは……私なの!」
土筆M「それなのにひとりだけ村を出ていこうだなんて……虫がよすぎる」
流、慌てながら。
流「待て待て、落ち着け」
流、土筆を優しく立たせる。

○巫隠村、小道の脇の縁石、夕方
縁石に土筆と流が並んで腰を下ろしている。
流「つまり5年前の儀式の生け贄に選ばれたのは土筆で、それに土筆の兄ちゃんが同行したわけか」
土筆「はい。だけど邪気の手に引きずり込まれて生け贄となったのは……霊力のある陽太お兄ちゃんでした」
流「そんなことがあったのか」
土筆「はい。だから陽太お兄ちゃんを殺したのは」
流「それは……違うと思う」
土筆、驚いて流を見る。
土筆「どうして?」
流「俺にも弟がいる」
土筆「弟さん……」
流「そう。だから同じ立場になったのなら、自分を犠牲にしてでも弟を逃がす。だから土筆の兄ちゃんは土筆を生かそうとしたんだ」
土筆、陽太を思い俯く。
土筆「陽太お兄ちゃん……」
流「だから、土筆」
土筆、流を見つめて。
土筆「霧裂さん」
流「流でいいよ。俺も勝手に土筆って呼ばせてもらってるしさ」
土筆「流さん」
流「ああ、そうだ。そして……」
流は目を閉じ、静かに開く。
流「お前は生きるんだ。兄ちゃんが生かしてくれた分まで」
土筆、ハッとする。流は縁石からすっと立ち上がりニッと笑む。
流「諦めたら終わりだろ?」
土筆M「諦め……私は諦めかけてた?」
流「俺、村長の家に滞在してるからさ。また話を聞いてほしけりゃ来るといい」
土筆「村長の……」
流「ああ。村人相手じゃしにくい話もあるだろ?遠慮せず来いよ」
流、手を振り去っていく。
流の後ろ姿を見送る土筆。
土筆M「生きるんだ……だなんて。そんなことを言ってもらえたのは始めてだ。そうだ……私は村を出た後も……陽太お兄ちゃんのために生きるんだ」