「胡桃ちゃん!張り切っていこ〜!」
葵、テンション高いな……。
私は今回は3番目に出る予定だ。
「ここまで来たんだし、もう勝ちたいよねー」
「うん!」
「うちらなら絶対いけるって!」
「あ!あれやらない?あれ!」
あれ?
首を傾げて葵に尋ねると、いきなり手を取られる。なになに?
「ほら、こうやって皆も!」
私たちは手を重ね合い、円状に並ぶ。所謂、円陣というやつだ。
「絶対勝つよ!れっつごー!」
「おーー!」
ちょっと恥ずかしいけど……。こういうのも悪くないかも。青春って感じ。うん。やるからには、全力でやろう。
「やった、やったよ皆!勝ったよ!優勝だよーー!」
葵の声が高らかに響く。
「おおっ、凄い!流石胡桃くんのチームだな!」
「だから部長、声が大きいですって」
観客席には、部長と日向くんがいる。ちょっと行ってこようかな。そちらへと一歩踏み出した瞬間、視界がぐらりと傾いた。
咄嗟に近くの壁に手をつく。幸い、一瞬でそのめまいは治まった。
「胡桃ちゃん?どうかしたの?」
目ざとく気付いた葵が問いかけてくる。
『部長のところに行こうと思って』
適当に誤魔化す。ただでさえいつも声が出ない私を助けてもらっているのだから、変な心配はかけたくない。
「あっ。そっか〜。行ってらっしゃい」
笑顔でひらひらと手を振られた。
私はそのまま部長たちのところへ向かう。
「お疲れさまです、先輩」
「実によかったよ!特に最後の、あの──」
部長の声が遠ざかる。
また、一瞬視界が歪んで。
気付くと日向くんが、軽く背中を支えてくれていた。
「先輩?大丈夫ですか?」
大丈夫じゃないかも。熱中症にでもなったかな……。割と身体は丈夫だと思っていた自分が情けない。
頭に、くじ引きの文言が浮かぶ。
【体調に気をつけた方がいいかも!星マークの人と組むと助けてくれるよ!】
これは、本当に怖いくらい当たっている。
部長は語りに夢中で気づいていないようだ。恐るべきマイペース。
なるべく、心配かけたくないし。
「くるみ先輩、一旦、外出ましょう。ここは暑いですし……」
日向くんも熱中症を疑ったのか、そう勧めてくる。うん、今だったら私たちに注目している人もいないし、抜けても大丈夫だろう。
部長には悪いけど。
私はこくっと頷いて、日向くんに半ば支えられながら体育館を出た。
体育館を出た瞬間、いきなり身体から力が抜けて壁伝いにずるずると座り込む。
あれ、私こんなに体調わるい?自分でも驚きだ。
「先輩!保健室に……」
保健室か。怪我した人が沢山いそうだし、迷惑かな。そこまで体調悪くないかもしれないし。
『大丈夫。ちょっと気が抜けただけだから』
そう返すも、足は全く動いてくれない。
困ったな……。こんなことは初めてで、少し心がざわつく。
「じゃあ、僕が運びますよ」
『いや、だから保健室は』
そこまで打って、声に遮られる。
「教室なら、いいですよね?」
そうして、屈み込んで私に背中を向ける。
えっ、これはまさかおんぶ?
そ、それはまずいんじゃあ……。
「すみません、でもこれしかないので」
うっ、確かに私は動けそうにないし。
「今は周りに誰もいませんから」
言われて、あたりを見渡す。
球技大会だから、大体の人は体育館かグラウンドにいる。
廊下や教室で誰かに鉢合わせる可能性は限りなく低いように思えた。
じゃあ、お願いします……。
口パクでそう言うと、私は日向くんにサポートしてもらいながらなんとか背中に乗った。
「行きますね」
歩き出す。かわいいなと思っていたけど、その大きな背中につかまっていると日向くんも男の子だと再認識する。
今顔を見られたら、確実にアウトだろう。
そんなことを思っている暇もなく、心地よい揺れに瞼が閉じていき……。
「先輩……くるみ先輩」
囁き声で起こされ、はっと目を開く。私は教室の椅子に座っていた。ここは……私のクラスだ。背面の掲示物でそう判断する。
あれ、日向くんがいない。
ぐるりと見渡している間に、いなくなってしまったようだ。
「先輩!飲み物買ってきました」
すると計ったように日向くんが教室に現れる。
廊下の自販機で買ってくれたらしい水を私に差し出しながら、心配そうな瞳でこちらを見つめた。
その姿に、どきりとする。
ありがとう、と口を動かして受け取り、一口飲む。
それだけで、身体のだるさがマシになった気がした。そういえば水分取ってなかったかも、と今更気づく。
『大丈夫そう』
「そっか。よかった……」
安心した様子で、日向くんが向かいの椅子に座る。
『本当に、ありがとう』
「いえ、全然いいですよ」
そして、逡巡するように視線を巡らせたあと、日向くんは口を開いた。
「……くるみ先輩」
沈んだ響きに、はっとして彼の顔を見る。
なんと言えばよいのだろうか。悲しみと、不安を織り交ぜたような、表情をしていた。
それは今までの彼とは想像もつかないもので。
私はなんとなく、彼の“影”を見た気がした。
「聞いても、いいですか?」
『うん、なに?』
「………先輩は」
そこで、口を閉じる。意を決したように、また開いた。
「今、ちゃんと幸せですか」
「…………」
それは。
間違いなく、私の“声”のことを言っているのだろう。
『幸せ、だと思うしか、ないよ』
“もしも”を考えたら、“当たり前”を想像したら、きっと声を失くしたままでは生きていけなくなってしまうから。
私は、思考を捨てた。
『コツがあるんだよ。知りたい?』
「……コツ?」
ひとつ頷く。
『嫌なことは、考えないように、思い出さないようにすればいい。頭から消し去ってしまえばいい』
「そんなこと、できないです」
『できるよ。最初は、意識して考えないようにするの。悪い記憶って、何回も思い出して“復習”しちゃうから記憶に残るんだよ。
そのうち、本当に思い出せなくなる』
「そう、できたら……いいんだけどな」
まるで、無理やり絞り出したような声。
スマホから顔を上げる。
彼は、下を向いていて顔が見えない。
「忘れようって思う程、罪悪感が大きくなって……。無理に忘れたフリをすれば、その分だけ忘れたいことに縛られているような気がする。今を見られなくなる」
その言葉は、いくらか支離滅裂に思えた。
でも、私にはすとんと納得できるような気がした。それはきっと、同じ経験があるから。
忘れてほしい、もとのあなたに戻ってほしい。そう思われていることを言外に感じ取って、自分を取り繕う度、元の自分から離れて行く。取り繕うのに必死で、今目の前にあるものと向き合えない。
過去を捨てるために、過去に縛られていく。
身動きが取れなくなる。
「あっ、変なこと言ってごめんなさい」
『ううん、全然』
「先輩は、いつも明るいですね」
『うん。「明るく、楽しく、元気よく」がモットーだから』
「え?」
『今の、笑うところ』
私は、精一杯の笑顔をつくる。
「………っ、ふふ、はい」
ようやく、日向くんはいつもみたいに笑ってくれた。
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