長い冬を越えて、日向に芽吹く




『先輩、連れて来ました!』

「おおっ、流石胡桃くん!優秀!」

「まさか本当に連れてくるなんて……。感服です、胡桃さん!」

恵くんまで褒めてくれて、私は結構気分が上がっている。鈴花先輩が帰ってしまって居ないのは残念だけれど、明日にでも報告しよう。

「あ、あのー。どういうことだかさっぱりわからないんですけど……」

唯一この感動の波に乗れていない人物、橘日向くんは、その大きな瞳を瞬かせながら控えめに尋ねた。

「いやはや、すまなかった新1年生よ。ここは我らが新聞部きっての天才部長のこの俺が!直々に説明しようじゃあないか」

「それ、自分でいいます?」

いつものことなので冷静なツッコミが隣から入る。

「日向くん、君は選ばれたのだよ。名誉ある、この新聞部の部員に!」

名誉、あるのか?

「えーっと、その……つまり」

気まずそうに目を伏せながら、日向くんは言った。

「新聞部の勧誘ってことですよね?」

「まあ、平凡な言葉で言うとそうだな!」

「先輩、日向くんが困ってますよ」

「ああ解っている。急に言われても決めかねるだろう。そこで、期限は明日までということにしないか?」

土屋先輩は、人差し指を立てる。

「ひとつ!この新聞部に入る!」

今度は中指も立てる。

「ひとつ!知り合いを我々に紹介する!
これで手を打たないか?」

「明らかに一方的ですね……」

『こちらに良いようになることしか条件に提示しないずる賢さ……。流石部長』

「そうだろうそうだろう!ほら、見たかい?部長であるこの俺は、下級生からの信頼も厚いんだ!というわけで、是非とも良い判断を−−−」

この誘い方じゃ絶対に無理だ。現に日向くんの表情は、そこまで好きじゃないアーティストのグッズをプレゼントされてしまったときみたいな、かなり無理やりな苦笑いではないか。勢いで日向くんをここまで引っ張ってきたけど、よく考えて見ると何も聞かずに勧誘なんて拉致と同じでは?

『やっぱり辞めた方がいいんじゃ?』

「ですよね……」

「ちょっと待て、折角見つけた一年だ。みすみす逃す訳にはいかない。さもないと……」

「さもないと?」

部長はぐいとこちらに顔を近づけた。

「また昇降口に立つ羽目になるぞ!」

「うわぁ……」

思い出した。確か去年私と恵くんは、一年の昇降口に挨拶運動のように直立していた部長に強引に誘われたのだった。
まさか私達もあんな恥ずかしいことを?

『ここは私に任せてください』

ここは私が一仕事しようじゃあないか。

「よし、頼んだ」

「頑張ってください」

つんつん。
私は日向くんの腕をつついて、こちらに注意を向けさせる。声が出なくて面倒なのは、こういうときだよなぁ、と思う。

『君、今迷ってるというか、こんな部活には入りたくないと思ってるかもしれないけど……』

「えっ、いや……まあ……」

ものすごく気まずそうに、彼は答えた。

「そうなのかい!?」

「そりゃそうですよ」

恵くんの冷静な突っ込みを耳にして、私は次の行動に移る。

『ところで、こう考えてみて?』

日向くんは、何ですか?と首を傾げた。

『すごい先輩と知り合いになれるって』 

この新聞部の底力、それは部員のキャラの濃さだ。

『例えば、この笠原恵くん。ものすごく礼儀正しくて、優しくて、文武両道な2年生。定期試験でもスポーツテストでもいつも上位にはいってる』

「い、いや……あはは。ありがとうございます…」

珍しく恵くんが照れている。

「胡桃さんのパートは任せてください」

恵くんが、私だけに聞こえる大きさでボソッと呟いた。察しの良い彼は、私の作戦に気がついているようだ。ありがたい……!
よし、この勢いのまま突っ走る!

『それからこの土屋直樹先輩。変わってるのは否定しないけど、発想力と文才はトップクラス……だよ、多分。まあ、変わり者だけど……』

「ちょっと雑じゃないか?」

「僕は同意見です、胡桃さん」

『思い立ったらすぐ行動する、行動力もある。つまり、新聞部部長に不可欠なものを全部もっている、凄い人!』

「そうだろう!」

「そういうことにしておきましょう」

うん、そういうことにしておこう。

「それからこの、白川胡桃さんは、とてもカメラの扱いが上手でどんな被写体でもそのセンスを生かして最高の一枚を撮ってくれます。新聞部には欠かせない存在です!」

恵くん…。お世辞だとわかっていても嬉しい。

『最後に、今ここには居ないけど、もうひとり3年生がいるの。外谷鈴花先輩っていうんだけどね、もう、あり得ないくらいかわいいの』

「そうきましたか…」

「確かに!彼女は学年一の美少女だろう」

「え、部長キモーい」

「なぬっ!この声は……」

部室にいる皆が一斉に扉の方を見た。

「鈴花先輩!もう帰ったんじゃなかったんですか?」

「帰ろうと思ったんだけどさ……」

それか鈴花先輩は開けっ放しにしていた扉の外をひょいと覗いて、手招きをする。

「救世主、登場だよー」

姿を現したのは、真っ直ぐな黒髪をひとつにまとめ、フレームの細い眼鏡をかけた女子生徒だった。

「はじめまして、水野弥生と申します。この新聞部に入部したいのですが」

「入学する前から、新聞部に入部するつもりでした」

「珍しい……。あ、いや。悪い意味じゃないですよ!」

恵くんは慌てて手を胸の前で振った。

「大丈夫です。実は、姉がこの学校に居たので、たまたま校内新聞を拝見したことがあり、感銘を受けたのです」

「へえ、お姉さんがいたのか」

「はい。今年卒業したので、もうこの学校にはいませんが」

「あっ、もしかして生徒会長だった、水野飛鳥さんですか?」

「はい、そうです」

「おお、あの水野さんの妹さんか。お姉さんの仕事ぶりは流石だったよ。新聞部へようこそ!」

と、弥生ちゃん、恵くん、部長が話している一方……。

「あっ、噂のイケメンくんじゃん。よく見つけたね。お手柄くるみん」

『ありがとうございます』

「え、ほんとに入ってくれるの?」

「えっと……一日、考えさせてもらってもいいですか?」

「もちろんいいよ!」

「じゃあ、また明日来ます!」

そう言って、部室の外に出ていってしまった。

「あれ、日向くん帰ったのか?」

「明日また来るってさ。望み薄っぽいけど」

明らかに、困ってたからね……。


――
日向は約束どおり、教室には来なかった。部活で「明日まで考えておく」と言っていたのが気がかりだけど。
今にも雨が降りそうな、どんよりとした雲が漂っていた。
今日は夕焼けは見えないのに、あの子はわたしに現実を任せた。
きっとこの時間は、夕焼けにかかわらずあの子の唯一の休憩時間でもあるのだろう。
することのなくなったわたしは、窓枠に肘をついて空を見上げた。
雨は、まだ降らない。

――
夕焼けの見えない、曇り空の放課後。昇降口で、日向くんとたまたま会った。何となく悲しそうな顔で、空を見上げている。日向くんが出ていってから少し経つけど、今までずっとそうしていたのだろうか?
とんとん、と肩を叩く。

「あっ、くるみ先輩……」

なぜだか気まずそうに日向くんは言ったけど、次の瞬間にはもう笑顔だった。

『どうかしたの?』

「あー、えっと。雨、降るかなって思って」

見ると、確かに空はどんよりと暗い雲で覆われている。

『確かに、降りそうだけど。どうかしたの?傘、持ってないとか?』

「あっ、いえそういうんじゃないんです。気になっただけで。じゃあ帰りますね。さようなら」

軽く手を振って、素早く行ってしまった。