青い空が、ゆっくりとオレンジ色にかわりゆく。
「もう少しだよ」
私の手を引く日向くんは、先ほどまでと違って、私の半歩前を歩いている。まるで何かを隠すような背中を見つめながら、私はゆっくりと瞬きをした。
私の忘れている「過去」は、きっと日向くんにとっても、忘れたいほど苦しいもので。
それでも彼は、私が「過去」と向き合うために、導いてくれる。
どこまでも強くて、けれど自分が愛されることを、幸せになることを恐れる彼。
私を日向へ導いて、雪解けを促すその裏で、自分の冬が明けないままであることを無意識に許容してしまっている彼。
幸福を渡すことばかりに、執着している彼。
私はどうすれば、彼を幸せにできるだろうか?
「着いたよ」
日向くんが振り返る。少し、顔色が悪い気がした。
小さな公園に子供たちの姿はない。クリスマスだから家族でどこかへ出かけているのかもしれないし、もう夕方だから家に帰ったのかもしれない。
「やっぱり今年もあった。ほら、あのベンチに座って話そうか」
そう言って指差したベンチは、公園の端、芝生の中にあった。その、芝生の中央。
大人の背丈より少し大きいくらいの、クリスマスツリー。
「……」
『写真撮ってあげる!』
『ふたりの方が寂しくないよ』
ずきり、と一瞬頭が痛んだ。
「ねえ、くるみちゃん」
隣り合って座ったベンチ。繋いでいた手が、そっと、離された。
「たぶんもう、空は綺麗なオレンジ色だよね。……あと少しで、日が暮れる」
ため息を零すような、疲れた声。空を見上げた彼の瞳に、オレンジ色は映らない。微かに浮かべた笑みは、泣かないための防波堤。
「ここが僕の、連れてきたかった場所。きみはきっと、全てを思い出す」
深く、息をする。そして彼は、私と目を合わせた。
「話すよ。全部。あの日あったこと……僕たちの、幼かった頃の日々を」
そして語られたのは、懐かしい日々。
その終わりを告げる、悲劇のこと。
目を閉じる。瞼の裏で、記憶が映画のように再生されていく。
私たちは赤ちゃんの頃からずっと一緒にいた。幼稚園も、小学校も一緒。私が小学校に上がるとき、もう会えないみたいな勢いで泣いた日向を覚えている。泣き虫で、いつも私の後ろにくっついて歩いていた、可愛い日向。庭の花が咲いたら花束にして一番に私にくれた。彼が遊んでいるところをこっそり写真に撮ると、恥ずかしいと怒った。全部、全部、よみがえってくる。
そしてあの日。幸せが、壊れた日。
『おかあさ、』
何かのうるさい音が静かな公園に響き渡る。その中で、ほんの微かに聞こえた、掠れた日向の声。
ゆっくりゆっくり、赤い血が広がっていく硬い地面に横たわった小さな体と、その体を包むように抱きしめて倒れる、長い髪の女性。
ああ、どうして。
私が、大人に内緒で無理やり日向を公園に連れてきたから。だからきっと日向のお母さんは、日向を探して――。
手にしていたカメラが、地面に落ちた。その音を最後に、私の記憶は途絶えた。
気がつけば私は病院にいた。長い間眠っていたと両親に教えられた。私の声は、もうでなかった。隣の家には、誰も住んでいなかった。はじめから、誰もいなかったかのように。
「……」
思い出した。すべて。夕方の間、私を守ってくれた存在についても。その間、日向とした会話も。
「……日向」
話し終わって俯いていた日向に、私は声をかけた。はっと日向が顔を上げてこちらを見る。
「くるみちゃん、声が」
「――ごめんなさい」
私は、立ち上がった。
早く、行かなきゃ。
どうしても――確かめなきゃいけないことがあるから。


