『日向くんの家の近くなの?』
「はい。先輩、疲れてませんか?」
大丈夫。
と首を振ると、よかった、と微笑む日向くん。
「もうすぐですよ」
私に何かあったとき気がつけるように、ゆっくり歩いてくれる彼。移動中はスマホで会話できないから、声が出ないことが不便だと実感する。手話とか覚えておいたらよかったかな。……ううん、無理。難しそう。
というか、よくよく考えてみれば、放課後に片思い中の後輩とふたりきりで出かけるなんて、それってもしかして、俗に言う「放課後デート」というやつでは!?
いやいや、まだ恋人同士でもないのに「デート」だなんて烏滸がましい?いや、でも……。
『今度のクリスマス、僕とデートしてくれませんか』
かああ、と一気に頬が染まったのが自分でもわかった。昨日の日向くんの言葉。あのあとよく飲み込めないまま頷いてしまったけれど、そういえば「デート」って言ったよね?「デート」って確かに言ったよね?
でもこの場合の「デート」は恋人同士で過ごすという意味ではなくて、男女で出かけるという単なる「お出かけ」の意味のデート?きっとそうだよね。うんそうに違いない。だってあの日向くんがまさか、私のことを好きだなんて――。
「先輩?」
うえっ!?
「大丈夫ですか?着きましたよ」
だ、大丈夫!本当に大丈夫!
私はぶんぶんと激しく首を縦に振った。
「わ、わかりました。そんなに振ったら首痛くなっちゃいますよ」
慌てた風に日向くんが私の頬を包むように触れる。ちょ、今触れないで!すごく熱いから!
私が慌てているのと対照的に、目の前でふっと懐かしむように微笑む日向くん。
「そういえば前に先輩、僕にこうしてくれましたよね。ほら、夏休みの研修で、僕が少し寝込んで……」
そういえばそうだった。今思えば、あの時の私よくあんな事できたな。今じゃ恥ずかしくてとてもできない。昨日の保健室の一件からなんだか一気に意識してしまって……。
って、このままじゃ余計に頬の熱さが引かない!ほかのことを考えないと……そうだ、ここに来た目的。
私はぐるりとあたりを見渡した。
住宅街から少し外れた道の端っこ。ぽつんと赤い鳥居が立っている。その鳥居の前に私たちは立っていた。こじんまりとした神社のようだ。規模は小さいが古くからあるようで、不思議と周囲のアスファルトで固められた地面と現代的な家々の街並みになじんでいる。
『ここが目的地?』
「はい。小さな神社なんですけど、きっと気に入ると思います」
にっこりと笑って、日向くんは手を差し伸べた。
……ん?
「木の根とか石とか転びやすいので、よかったら」
や、優しい。年下のかわいげがありながらもこの紳士然とした態度、このギャップに皆やられるのか……。
私は葵の気持ちが少しだけわかったような気がした。ありがとう、とその手を取りながらも、少しもやもやする。やっぱりほかの人にもこんな風に優しいんだろうなあと思うと……なんだか嫌だ。
ん?
まさか、これがかの有名な「嫉妬」!?
私が嫉妬という感情をおぼえる時が来るなんて……恋、恐るべし。
「くるみ先輩?僕何かしちゃいましたか……?あ、馴れ馴れしかったですか?すみません」
眉間に皺でも寄っていたのか、日向くんに謝られてしまった。ほどかれようとする手。違うそうじゃない!
私は両手でがしっと彼の手をつかんだ。
びくん!と彼が驚いたように固まる。そうして俯く彼。そのつむじを見つめる私。
「……」
「……」
いや……いやこれも違う!無理やり握手してるみたいになってる!
やわやわと顔を上げた日向くんと目が合う。ここまで歩いて暖まったのか、ほのかに顔が赤い気がする。
「えっと……このままで大丈夫ってこと、ですか?」
こくこくこく。
「そうですか。ならよかったです!」
そうして私の手を引いて、半歩先を行く。
ありがとう日向くん。私の挙動不審を見逃してくれて。そういうところが君らしいよ。つまり好きだよ。不思議と背中に向けてなら恥ずかしがらず好きと正直に思える。そうだな例えば、顔とスタイルは勿論、細かい気遣い、真面目なところ、運動神経がいいところ、押しに弱いところ、優しいところ、繋いだ手の体温――。
「くるみ先輩」
ひゃいっ!
「お参りしましょう」
今日ほど声が出なくてよかったと思った日はない。危うく変な悲鳴をあげるところだった。
それから私は日向くんに導かれるままにお参りを済ませた。神様ごめんなさい。私の心の中は今お参りどころじゃありません……。
――
ふ、と意識が浮上する。どうやらあの子がわたしに交替するのを望んだみたいだ。
「くるみちゃん」
声の方に目を向けると、日向が心配そうな顔でこちらをみている。
「大丈夫。ただ夕日が怖かっただけだよ」
君がなにかしたわけじゃない、と暗に含めると、よかった、と彼は笑った。
「……ねえ、日向」
「ん?」
「わたし……もう、君の前には現れない。もうこれっきりにする」
「え……?」
焦ったような表情に、わたしは安心させるように笑って首を横に振った。
「悪い意味じゃないの。ただ、あの子が過去と向き合うのに、わたしがいたんじゃ邪魔するだけでしょう」
「くるみちゃん……」
「君に出会って思ったの。わたし、あの子を甘やかせすぎたのかも。過保護になりすぎて、かえってあの子を苦しめていたのかも」
あの子がその強い心で立ち上がる様を見て、わたしは間違っていたのかもしれない、と思った。あの子は本当は、過去と向き合いたくて、それをわたしが邪魔していただけなのかもしれない。
「だから、邪魔なわたしは、これで消えるね」
はじめから分かっていた。いつか消えるときが来ると。それは喜ぶべきことなんだと。だから、寂しくない。大丈夫、だ。
「……くるみちゃんは、邪魔なんかじゃないよ」
「慰めなくていい」
「違う。聞いて」
日向はまっすぐにわたしを見つめた。
「くるみちゃんは今までずっと、守ってくれたでしょう?彼女の心を。彼女の心が強いのは、くるみちゃんがずっと、傷つきながら守ってくれていたからだよ」
日向の真摯な瞳が、わたしを射抜く。
ああ、同じだな、と思った。
あの子の心と、同じ強さだ。
「それにね、くるみちゃんは、消えるんじゃない。だってくるみちゃんも、「白川胡桃」の一部分なんだから。これからもずっと、生き続けるんだよ。だからそんな悲しいこと、言わないで」
――


