長い冬を越えて、日向に芽吹く



「で、結局いつも通り壁新聞のみっと……そういうのって普通『やっぱり最後だし気合い入れよー!』って盛り上がるものじゃないの〜?」

『運動部じゃないんだから』

「ふ〜ん、そういうものかぁ」

葵は舌をペロリと出して、白いソフトクリームを食べる。
なんだか葵って、いつもなにか食べている気がする。そしてそれに付き合って、私もいつもなにか食べている気がする。……太らないよね……?

「まあでも、胡桃ちゃんは写真部のほうもあるんだし、良かったんじゃないかな?」

『そうだった……』

結局、なにを撮るか決めてないんだった。日向くんが手伝ってくれるって言うし、近々一緒に対象物探しでもしようかな。
……そうだ。カメラのことも、相談しないと。お母さんが意味深なことを言ってたけど、なんだか怖くてあれからあの話題を出していない。日向くんは何故かカメラのことが気になってたみたいだし、相談すれば私も心の整理が出来そうだ。
それにしても、日向くんか……。

「はぁ……」

「どっ、どうしたの?」

『うーん、なんだか気になって』

「気になる?」

うん。
私ももう高校生だし、自分が日向くんに恋心を抱いているということはわかっているけれど、それとは別に、なにか引っかかる。
日向くんが隠していること。
それって、何かしら私に関係のあることなのではないだろうか。
妙にカメラをのことを気にしていたし、私にはあの写真を撮ったときの記憶がないのに、日向くんは覚えているというし。
やっぱり、日向くんの秘密って、私の知りたいことと直接繋がっている気がしてならない。
でも、下手に詮索はしないと決めたし……。嫌われたくないし。

「そういうときはね、はっきり言ってやったほうが良いんだよ」

……へ?

「奥手は損なのだよくるみちゃん」

そ、そうなの?

「そう!恋愛の天才・葵様を信じなさい!」

何故か胸を張る葵。今恋愛の話をしてたわけじゃないんだけど……。
まあ、たしかにこのままなにもしないでいるよりは、いっそはっきり聞いたほうがいいのかもしれない。

『ありがとう葵。私、聞いてみるよ』

「うん、その意気だよくるみちゃん!応援してる」

そういうわけで。

『ちょっと、聞きたいことと言うか、相談したいことが……』

「はい、なんでも聞いてください!」

いつも通り、人懐っこい笑顔を見せる日向くん。部活が終わったあと、私は日向くんと共に人のいない教室にやってきていた。窓に掛かったカーテンが揺れている。それをなんとはなしに眺めて、何から言い出そうかとスマホに目線を移した。

『実は、ちょっと前にお母さんにあのカメラのことを聞いたんだけど』

「はい」

『なんかよくわからないことを言われて』

「わからない?」

日向くんは読み終わったことを相槌で知らせてくれる。

『心の準備ができたら部屋に来て、って言われたんだけど、なんのことだかさっぱりわからなくて困ってるんだよね』

「……」

珍しく黙り混んだ彼に不安になる。

『あっ、こんなこと言われても、日向くんには余計に意味わかんないよね。ごめん、やっぱりな』

なんでもない。
そう言おうとした瞬間、風が吹いて白いカーテンがふわりと捲られる。ぼんやりとしか入ってきていなかった夕日が、くっきりと筋を残して、教室に降り注ぐ。



「じゃあ、僕が撮るよ。カメラ貸して?」

「ありがとう!」

買ってもらったばかりの赤いカメラを彼に手渡す。私よりも小さいその子は受け取って、ぱたぱたと少し走って離れていく。
そしてこちらにレンズを向けた。
彼の向こうには、夜が迫り始めた真っ赤な夕日が見えて――。



ふ、と左耳に温度を感じて、意識が現実に戻る。風で乱れた私の髪を、日向くんがそっと指先で耳にかける。彼はまるで、夕日を隠すように窓を背に立っているから、逆光になって顔が良く見えない。

「先輩は、本当はもうずっと昔に、僕に会った事があるんです」 

え……。
驚くと同時に、妙に腑に落ちる。今まで日向くんに感じていた違和感や、時々思い出す記憶にはやはり意味があったのだ。

『それはどういうこと?いつ、私は君と会ったの?』

「……知りたい、ですか?」

それは彼からは稀に聞く、低い声。
知りたいか。そうわざわざ聞くくらいのことならば、きっと知らないほうがいい可能性がある事実だということだ。その証拠に彼の声は、まるで何かを恐れるようにひっそりとしたものだったから。
それでも、私は……。

『知りたい。たとえ知らないほうがいいことだったとしても』

だって、それは――私が恋した男の子との、大切な記憶に変わりはないのだ。

「そっか」

一転、明るく放たれた一言に拍子抜けする。

「じゃあ、きっと大丈夫です。お母さんの部屋にいってみたらいいと思います」

『えっ、今教えてくれる流れじゃなかったの?』

「僕が教えなくても、先輩なら大丈夫ですよ」

大丈夫とか大丈夫じゃないとか、そういう問題じゃないと思うんだけど。まあでも、日向くんがそう言うなら仕方ない。

『わかった、ありがとう。今日、お母さんに聞いてみる』

「はい」

それじゃあ、帰りましょうか。と日向くんは私を促した。

家に帰ってみるとお母さんから連絡が入っていた。

くるみごめん!
仕事の後輩が休んじゃって代わりに仕事してくるから遅くなる!
先に食べてて!

相変わらず文末に必ず!をつける独特なメッセージだ。それにしても、ちょうどお母さんに用事があるときにこんなことになるなんて。まあ、今までもお客さん相手の仕事だからとつぜん帰りが遅くなることは割とあったし、おかしなことではないのだけれど。さっきまで張り詰めていた糸が切れて、私はリビングのソファに座り込んだ。折角覚悟を決めていたというのに、今更揺らぎ始める。
……あ、文化祭のコンテスト、すっかり忘れてた。