長い冬を越えて、日向に芽吹く



「今日で記事の内容をまとめなきゃならないし、急がないとね」

朝の集合時間、初めに説明を受けた広い部屋に生徒全員が集まる中、優菜ちゃんが私に言った。

『そうだね。たしか、最終的に一面にするのは帰ってからなんだよね?』

「うん。ここで内容を軽く纏めておいて、あとは各々の学校で自由に壁新聞を作る予定」

学校によって色々な特色が出るんだろうな。私の学校は特にコンセプト的なものはなく、それぞれ好きなものを題材にして後で持ち寄ろう、というなんとも雑な計画だったんだけど、大丈夫かな。

「あれっ、部長ひなたんと同じ部屋だよね?ひなたん知らない?見当たらないんだけど…」

鈴花先輩の声に、ふと周囲を見渡す。確かにどこにも日向くんの姿がない。朝二人で旅館に戻ってきた時は、一旦部屋に戻ってから集合時間にはここに来るって言ってたけれど。
今は朝の9時。帰ってきてからだいぶ経つけど、その間になにかあったのかな。

「ああ、日向くんなら、体調が優れないと言っていたからまだ部屋で寝てると思うぞ」

「えっ、まじ?大丈夫なの?」

鈴花先輩が身を乗り出して聞く。

「多分。ちゃんと話せたし、熱もなかったから大丈夫だとは思うが」

と、言いながらも心配そうな表情を浮かべる部長。
体調が悪い…?朝会ったときは、全然そんな感じはしなかったけど。

「あのっ、様子を見に行ってもいいですか?」

突然、私の横にいる優菜ちゃんがそう声をかけた。鈴花先輩と部長が一斉にこちらを向く。
優菜ちゃん?顔を見ると、目配せされる。

「行きたいんでしょ?」

優菜ちゃん……。
そうだ。昔、まだよく一緒に遊んでいた頃、優菜ちゃんはいつも私のやりたいことを汲んで、肝心なときに勇気の出ない私を引っ張っていってくれた。
幼い面影が優菜ちゃんに重なる。

『部長、私、行きたいです』




部屋に入る許可を部長から貰い、カードキーを翳す。
ドアが開いた。ゆっくり音を立てないように開ける。内装は私と弥生ちゃんと部屋とそう変わらなかった。ふたつの布団のうち、一方は畳まれている。もう一方はまだ敷いてあって――。

「すぅ……すぅ……」

微かな寝息。胸までかかった布団、少し跳ねた髪。
その顔はどこか苦しげであり、私の中で不安が大きくなる。
ちょっとだけ、ごめんなさい。
声に出せずに呟いて、私は日向くんの額に触れる。
……うん、確かに、熱はないみたいだ。

「……んん」

その時彼の瞼が少し揺れて、私は急いで手を引っ込めた。

「あれ……くるみ、せんぱい……?」

いつもの溌剌としたものとは違い、どこかぼんやりした瞳が私を見つめる。

『ごめん、起こすつもりはなかったの』

「ん……えっと、あれ、なんでここに先輩が?」

徐々に頭が起きてきたのか、彼は体を起こして髪を手でくしゃりとやった。

『部長から、日向くんが具合悪くて部屋で寝てるって聞いたから』

心配で、なんていったら、ちょっと重いかな。どうしよう、なんて言えば……。

「わざわざ来てくれたんですか?ありがとうございます」

彼は特に変に思わなかったようで、笑顔を浮かべて言う。でもその顔も、声も、いつもより元気がない気がする。

「でも大丈夫です。きっと、少し寝れば治りますから」 

弱々しく思えて、つい口を挟む。

『体調悪いって、どんな風に?』

「あっ、えっと……」

珍しく言葉を濁す。

『ごめん。言いたくないなら別に』

「いや、ほんとに、大したことないんです。ちょっと頭痛がするだけ、で」

ふいに、彼は顔をしかめた。

大丈夫?
口が動く。声には出なかったけれど、伝わったみたいで頷いてくれた。

「大丈夫です。心配かけてごめんなさい、先輩」

ううん。首を横にふる。

『というか、私こそ休んでたところを起こしてごめんね。もう行くから。お大事に』

そう言うとすぐに立ち上がって、私はドアへ向かった。

「あっ、待って……」

背中から呼びかける小さな声。
振り返る。日向くんが、どこか泣きだしそうな顔で私を見ていた。

「……先輩、ひとつだけ、聞いてもいいですか?」

『いいけど……なにかあった?』

「えっと」

言いかけて、躊躇うように口を閉じる。
しかしそれは一瞬で、彼はまた微かに口を開いた。

「カメラは、見つかりましたか?」

……え?カメラ?
カメラなら、今部屋にあるけど。

『もしかして、遠足のときに言ったカメラのこと?』

確か小さい頃に亡くしたカメラの話を、遊覧船で日向くんにしたっけ。そんなこと、覚えていてくれたんだ。

『ううん。見つかってないけど……どうかしたの?』

すると日向くんは、安心したような、落胆したような、微妙な笑みを浮かべた。

「いえ、ならいいんです。来てくれてありがとうございました。僕はもう少し休んでから行きますね」

綺麗なつくりものの笑顔を浮かべて、彼はそう言った。

「……」

なんだかよくわからない、焦りのような衝動が溢れて彼の側へと戻る。

「くるみ先輩?どうかしまし、」

彼の言葉が、不自然に途切れる。
途切れさせたのは私だ。急に、彼の両頬を両手で包んだのだから。

……そんな悲しい顔、しないで。

「……先輩?すみません、もう一度言って――」

大丈夫だから。

「……ありがとうございます」

微笑んでそういった彼の瞳は、確かに濡れてきらめいていた。



部屋を出てからも、私は日向くんの言動がどうにも気になって、あまり新聞づくりに集中できなかった。
詮索しないと決めたからには、私の方からなにか聞くつもりはない。でも時折見える日向くんの危うさが、私の胸に不安を燻らせていた。