懐かしい背中とは全く違う、その後ろ姿を見つける。
私は意を決して、その肩に触れた。
「あっ、白川さん?」
『話したいことがあるんです』
予め入力しておいた画面を見せると、優菜ちゃんの表情が変わる。
少し血の気の引いた肌。
「……私も、話したい事があるの、胡桃ちゃん」
そこにいたのは、確かに私の親友であった、優菜ちゃんだった。
「ごめんなさい!」
ロビーの椅子に座って開口一番、優菜ちゃんは頭を下げた。
私のことを覚えてくれていたことに驚く。
「私、胡桃ちゃんにあの時、酷いこといったよね。しかも、ついさっきまで忘れてたなんて……最低だよ」
目を伏せて謝る優菜ちゃんは辛そうで、やっぱり今まで忘れてくれていて良かったと思い直す。
こんなに苦しい思いを私が優菜ちゃんにこれまでずっと背負わせていたとしたなら、私は私を許せないだろうから。
『私も、ごめんなさい。今までずっと、優菜ちゃんのこと嫌いになってた。もし立場が逆だったら、私だって同じことを言ったかもしれないのに』
「そんなことない。胡桃ちゃんは、何も悪くないよ」
成長して、お互い違う人と出会って、違う経験をして。
それでも、今こうして会えて、また話せた奇跡を、私は無駄にしたくないから。
『優菜ちゃん。また私と、友達になってくれますか』
「……いいの?こんな私なんかと、また、話してくれるの?」
優菜ちゃんの目から、たった一筋光が零れる。
私はずっと、勝手に怯えていただけだったんだ。自分で自分を苦しめて、生きづらくしていた。ただ苦しみを乗り越え、向き合う強さを持てたなら、現実は思っているよりもずっと、優しくなるのかもしれない。
『もちろん!私こそ、喋れないのに、』
そこまで書いて、不意に体が温かくなる。
「ありがとう……!」
優菜ちゃんの私を抱きしめる手。
それは形こそ違っても、あの頃繋いでくれた温もりは変わらずそこにあった。
――
「よかった、仲直りできて」
あっという間にまた訪れたオレンジ色の中、優菜ちゃんと別れたわたしは日向に庭に誘い出された。
「君が協力してくれたんでしょう?」
さっき優菜ちゃんが教えてくれた。あの子が部屋にいたとき、日向が来て事情を説明してくれたと。それまで名前を聞いて、なんとなく知っている名前だと思っていたのが確信に変わったから、あの子とまた話そうと思えたと。
「ごめんね、勝手なことをして。でも、くるみ先輩なら絶対仲直りしたいって言うと思ったから。やっぱり問題と向き合わないままは良くないと思うんだ」
そうやってまた、自分勝手にあの子のことを語る。
でもわたしは前よりも、それに抵抗をおぼえなくなっていた。あの子が本当は、幸せじゃない。そのことに、一番近くにいたわたしは気が付かなくて、日向は気づいた。それなら、日向の判断はもしかしたら、あの子を救うものになるのかもしれない。
「ね、行こう」
「え?」
どこに?と聞く前に、日向はわたしの手をとり歩き出す。
前を歩く彼の表情は見えないけれど、その声はいつもより少し低く響いた。
「まだ駄目だよ」
「はぁ、わかったからちゃんと手掴んでてよね。転んだら君のせいだから」
「あはは、おっけー」
眼の前は真っ暗だ。それもそのはず、わたしは目を閉じててと言われ、日向に手を引っ張られて移動している。そこまで足元が悪くないからまだいいものの……。
「はい、到着!もういいよ」
目を開ける。すぐ前でまっすぐにわたしを見つめていた日向が悪戯っぽく笑ってわたしの視界から外れるようによけた。
「……わ」
その先は、想像もしなかった景色だった。
ゆったりと木々が立ち並ぶ小さな森。そこに一本だけ大きな広葉樹が根を張り、その影がおちる場所だけがぽっかりと開けている。
薄暗い空間には時折葉を透過して陽の光が舞い降りて来るけれど、それはあの子の苦手なあのオレンジ色ではなく、優しいクリーム色になっていた。
無意識にシャッターを押していた、そのカメラを持ったままで後ろを振り返る。そこには石の小道が続いていて、わたしたちはそちらから来たことがわかった。そしてわたしの後ろには、日向がいる。
「ここなら、夕日もあんまり見えないかなって思って」
ちょっと不安そうに、大丈夫?と聞いてくる。
「向き合えって言うくせに」
「一個ずつって意味だよ。今日はもう十分頑張ったでしょ」
「わたしは何もしてないけどね」
「そんなことない。くるみちゃんは先輩を影からサポートしてくれたよ」
見てもいないのに、そんな事をいう。それからわたしたちは、夕日が沈むまでずっと並んで座って話した。なぜかわたしもいつもより口数が多かった。
「星、見えるかな」
「曇ってるから見えないよ」
「え?」
帰るみちすがら、不意に日向が言って空を見上げた。さっきまで夕日が輝いていた空は、もう雲に覆われている。山の天気は変わりやすいと聞くけど、本当みたいだ。
「あ……。そっか」
一瞬、その顔から表情が失せた気がしたけれど、暗かったからかもしれない。
「っていうか、もうこんな時間だったんだ。早く帰らないと!」
手を取り走り出す日向に、振り回されてばかりいるわたし。
わたしはもうなんとなく、彼の隠していることがなんなのかわかっていた。
でもこれは、あの子が自分で知らなければ入れない事実だから。
ごめんね日向。もう少しだけ、待っていて。


