長い冬を越えて、日向に芽吹く




「美味しい!やっぱり私の目に狂いはなかったね」
隣の葵が満足そうにいった。
確かに、ここはカフェなのにメニューがかなり豊富で、ボリューミーなものから軽食、デザート、飲み物も沢山種類があり、迷ってしまうほどだ。

「葵先輩ありがとうございます!」

「いえいえ、またおすすめの飲食店が聞きたかったらいつでも言ってね!私食べるの大好きだから、こういうのは自信あるんだ〜」

ずっと自慢げにしている葵に、他の3人は微笑ましげな笑顔を浮かべた。

『ちょっと、お手洗いに行きたいんだけど』

隣の葵だけに見えるよう、スマホに打つ。

「あ!私たち、ちょっとお手洗い行ってくるね!食べてて」

「了解です!」

元気よく答えた夏くんに比べ、向かいに座っている日向くんはどこか心配そうな顔でこちらを見ていた。
席を立ち、ふたりで店の奥の方へ行く。

洗面台の前で、葵は急に私の肩をぽんぽんとしてきた。

「日向くんといい感じじゃん!」

え、そんなことはないけど。
思いつつも、頬は勝手に赤くなる。

「ふふん。安心して、後でちゃんとふたりきりにして上げるから、頑張りなさい!」

『別にいいから、そういうの!』

けど葵は何も聞こえていないように、鏡で髪をチェックし始めた。

「ちょっと髪直してから行くから、先戻ってていいよー」

わかった。
私は先に席へ歩いていった。
葵のせいでなんだか日向くんと会うのが気まずい。でもこのあとのふたりきりの時間に、わくわくしている自分もいて。
そんな楽しい気分だったから。
聞こえてきた会話に、普段よりショックを受けてしまったのかもしれない。

「なあ、白川先輩って、なんか怒ってるの?」

「え、なんで?」

「なんも喋らないじゃん。俺、なんか悪いことしたかなって思ってさ」

一瞬にして思考が冷めていく。
そうだ。私は普通じゃない。みんなに当たり前にあるものが、私にはないんだ。こんな風に、普通の人たちに交ざっている私が、とても汚いものに思えた。

「ふたりとも、お待たせー」

その時、葵が戻ってきた。

「おかえりなさいっす」

夏くんは、何事もなかったかのように会話を続けている。
まさか聞かれていたとは思っていないのだろう。
私はそれから、一度も顔を上げられなかった。



寄せては返す波の音。午後3時もとっくに過ぎ、照らされ過ぎた砂から熱が引いていく。
この時間になると海風も少し肌寒い。
遠くのほうで葵は裸足で浅い海に入って、夏くんと遊んでいる。その笑顔から目を背けた。

「先輩は、行かなくていいんですか?」

うん。小さく頷く。

「……先輩、どうかしましたか?」

『別に、どうもしないよ。気にしないで』

私個人の感情の問題で、日向くんの気持ちを暗くさせてしまったのかもしれない。うまく切り替えられない自分に辟易する。
日向くんも、遊んできなよ。私、荷物番してるから
そう打とうとする前に。

「さっきの、なつの言ったこと、聞こえてたんですよね」

液晶に滑らせた指が、凍りついた。

「……くるみ先輩。あれは、悪気があったわけじゃないんです。僕から、ちゃんと言っておきますから――」

『いいの』

3文字だけを打って、話を遮る。

『日向くんが、そんなふうに心配する必要はないよ。実際私、話せないし』

自分で言っておきながら、涙が出そうだった。久しぶりだ。こんなに、声を望んだのは。でも、笑わなくちゃ。声が出せないことで散々迷惑をかけているんだから、これ以上かけないように。精一杯の笑顔を作る。

「……それは、違います」

え?返ってきたのは、予想もしない言葉だった。

「くるみ先輩は、ちゃんと話せています。今だって」

でもそれは、ただの文字で。

「僕、《話す》って、口で発音して伝えるって意味じゃないと思うんです」

「話すっているのは、《心を伝える》ってことなんだって、くるみ先輩に出会って、思いました」

心を、伝える?

「だから、先輩はちゃんと話せてますよ。だって僕に、先輩の気持ちが伝わったんですから」

『日向くん、』

画面に、雫が落ちて。
その続きは打てなかったけれど。

「大丈夫だよ、くるみ先輩」

頬に温かい手が触れて、私の涙を拭っていった。

「本当の意味で話せてなかったのは、僕の方だ」