呑まれゆく【死霊術師】は普通になりたい ~役職バレたら即処刑、禁忌役職の隠匿生活~



 引きずり降ろされた俺は握りつぶされた手を回復され、その後テントの中に案内された。

 一般冒険者立入禁止と書かれてたテントの中は妙に小綺麗で、心なしかいい香りがする。特殊なスキルで遮光遮音されているのだろう、はいってしばらくは何も見えないし聞こえなかったが、暗闇の中で何か足に当たったような感触がした。


 見えるようになった目に飛び込んできたのは泣きじゃくりながら俺のすねに顔をうずめる男の子の姿。

「誰だよ」
「お兄ちゃんごめんね。ママのこと嫌いにならないで」

 その子供はなぜか号泣しながら俺の足で鼻をぬぐう。

「おう、よく知らないけど多分嫌いにならないぞ。お兄ちゃんは近所のみんなから優しいやつって評判だからな」
「ナイク優しいの?」


 見上げるとフリカリルトが驚いたようにこちらを見ていた。

「アンタならてっきりこの子のこと蹴るかと思ったのにね」

 ゾッとする声が背後からしてふりむくと、さっき自分をぶっとばした【大食姫】が気配もなく立っていた。

「ママ。ダメだよ。謝らないと。お兄ちゃんは優しいから許してくれるって」
「そうね。一緒にごめんなさいしよっか」
「僕何もしてないよ。謝るのはママだけだよ」

「鼻水拭かれました」

「ほら、一緒にごめんなさいしましょ」
「僕何もしてないのに…………」
「はい、「ごめんなさい」」

 先ほど俺をぶっ飛ばした【大食姫】とギルド関係者のフリカリルト。
 なんとなく状況が理解できてきた。

 頭を下げる【大食姫】親子を無視して、フリカリルトのほうを向くと彼女は愉快そうに笑っていた。

「はかったな」
「高くつくっていったでしょ。【槍聖】ナイク、あなたの働きに感謝を」
「お前……一応ちゃんと内容説明してくれ」
「必要?」
「必要だと思うからここに通したんだろ」

 フリカリルトの説明を要約するとこうだ。

 ここ2日の失敗で大規模クエストの運営への不満が冒険者の中に溜まっていた。辞退したいという話が仮登録だけでなく普通の冒険者たちからもでているほどであり、大規模クエストの維持が危ぶまれる状況であった。

 そこで大規模クエスト運営は一芝居打つことにした。S級冒険者と仮登録冒険者をつかって、お互いの言葉を代弁させる。そうすることで俺たちの意見をそれぞれ冒険者全体の意見として統一した。

 もやもやとした不満を抱えていた冒険者たちの明言できない思いは俺の意見つまり大規模クエスト中止に引き寄せられた。

「つまり主張を固めるのが目的で、勝負はどうでもよかったってわけだ」
「半分当たり。勝つことは大前提。上を納得させるためにあなたと【大食姫】をつかって冒険者たちの意見を吸い上げたという形にしたかったの。私だって不必要に犠牲を増やすのは本意じゃない」
「つまり?」
「ナイクの言うとおり低レベルの冒険者は街へ返すつもり」

 フリカリルトが考えた筋書きはこう。
 予想外の被害がでた1日目、そして無意味に終わった2日目。それにより冒険者たちからの不満がたまり乱闘騒ぎが発生した。S級冒険者からの上奏もあり、ギルドはこの失敗を重く見て方針を変更することにした。低レベル冒険者を返し、高レベル冒険者を残して調査を敢行、後日戦略を立て直してダンジョン攻略を再開する。

 政治のことはよくわからないがこれで言い訳は立つらしい。
 乱闘っていっても完全にフリカリルトの仕込みだが、仮登録()たちにとってはこれで大規模クエストは事実上中止だ。

「さすが! 天才! フリカリルト!!」

 俺は喜びのあまり飛び跳ねた。ぶっ飛ばされた甲斐があった。
 フリカリルトもうまくいったというようににこにこと笑っている。

「なんでふたりで笑ってるのぉ? 仲良しさんなの?」
「そうよ。お姉さん達、思い通り行き過ぎてハッピーな気分なの。ダンジョン攻略に前向きに動けるわ」
「そうだぜ。お兄さん達、思い通り行き過ぎてハッピーな気分だ。これで激やばダンジョンともおさらばだ!」

 フリカリルトと歓喜のハイタッチをしようとしたが、彼女はジトっとこっちを見ているだけで乗ってくれなかった。

「【仮聖】は居残りだろ。あんたの有用性はあたしからも推薦しておいてあげるわ」
「帰りたいです。レベル12です」

 【大食姫】は子供をあやしながらこちらをにらんだ。

「〈正直者よ〉本当に帰りたい?」
「帰りたいです。レベル12です。あわよくばこのまま俺の仕事は終了ということで、報酬を受け取ってフリカリルトとの関係は終わりにしたいです」

 口が勝手に答える。
 慌ててフリカリルトのほうを見ると彼女の美しい顔には先ほどの笑みはなく、いつもの無表情でジっとこっちを見ていた。


「へぇ。【槍聖】は私のことどう思ってるわけ?」

 フリカリルトからの意図の分からない質問が飛んでくる。
 俺は必死にフリカリルトのいいところを考えた。

「フリカリルトはまさに貴族のお嬢様って感じで故郷の村では見たことないくらい綺麗だ。金の髪に金の瞳本当に美しい。初めてあったときから見惚れてた。しかもめちゃくちゃ頭がいいし、こんな大きな街のギルド職員をしてるなんてすごいと思ってる。あと………っぱいも」

 口が次をしゃべる前に、槍先を軽く指にさして、痛みで思考をとめた。

「あと?」
「痛みで忘れました。【大食姫】様、こんな陰湿なスキルやめてください」
「じゃ、あたしのことはどう思ってる?」
「あ? 陰湿怪力ババァ以外ねぇよ、死ね………………あの、すみません。このスキルやめてください」

 その後、俺は、くすくす笑うフリカリルトの横で、【大食姫】にしばかれた。俺もレベルの割には強いつもりだったが相手は最高ランクのS級冒険者、レベル94ともなるともはや手も足もでない。なんだかよく分からないスキルに全身を引き延ばされてまるで絨毯のようにぐるぐる巻きに折りたたまれてクソガキのおもちゃにされた。

「殴ったおわびにアンタに少しだけレクチャーしてあげるわ」
「レクチャー?」
「アンタ、〈隠匿〉の使い方が下手なのよ。ね、フリちゃん」
「そうなのか?」
「正直、下手かな。もっとうまく使えばいいのに」

「教えてくれ! 頼む!」

 俺は思わず食い気味でフリカリルトの手をにぎった。

 役職を隠すことができる〈隠匿〉は俺にとって生命線だ。知れることはすべて知りたい。

 【大食姫】がフリカリルトから俺を引き離す。


「まず【仮聖】はそのスキルについてどこまで知ってる?」
「どこまで?」
「〈隠匿〉は情報操術スキルの一つとか。効果範囲の形状が高粘性液体様球状だかとか」

 こうねん??

「聞いたことねぇ。秘匿系のスキルってやつじゃないのか?」
「その分け方は慣習的な区分。今度学園の教科書を貸してあげるわ。スキルについて基本的なことはそこで学んで。この子でも知ってる基礎的な常識だぞ。この田舎もん……」

 それから【大食姫】はハッとした顔をした。

「字は?」
「読める」

 開拓村に教育制度はなかったが、字と算術だけは覚えておけと父が教えてくれた。家に本も沢山あったのである程度のことは知ってるつもりだ。父が読んでいる姿は見なかったのできっと死んだ母の持ち物だったのだろう。

「なんなら算術だって村で一番だったんだぜ」
「どの程度?」
「複素数くらいならわかる」
「マルチウェイスターで算術わかるっていうのは多次元変換くらいは完全にマスターしてからだ。フリちゃんなんて8歳の頃にはそれくらいできた」

 8歳?!

 俺の8歳なんて、うんちーと叫びながら【小鬼(ゴブリン)】の頭蓋骨を眼球をくり抜いた【一つ目鬼(サイクロプス)】の眼窩にはめ込んでキャッキャしてた頃だ。学問のレベルが違うよ。開拓村にいた時は子供心に自分は賢い方だと思っていたが、さっきの説明といい何を言っているのか理解できない。

「分からないことはわかった。〈隠匿〉について簡単に教えてくれ」

「〈隠匿〉は秘匿系スキルの中では結構特殊なスキルなの。隠せる事象の範囲の広さもそうだけど最大の違いは隠し方。ナイクも感知系スキルを持ってるからわかると思うけど感知スキルは知りたいもの全体を広く伸びるように広がって情報を得られる。〈隠匿〉はそこに全く読み取れない穴があくの。何かで覆い隠したみたいにぽっかりと。他の秘匿スキルが薄めるように隠すのは全くの逆ね」
「つまりアンタの〈隠匿〉は情報の穴をつくってて、それがわかっちゃうってこと。隠してることがバレバレなのよ」
「バレバレ……」
「そう。アンタの〈隠匿〉はほんとにくっきり。絵の具で真っ黒に塗りつぶしたみたいに強引に隠してる。どこをどう隠してるかわかるくらいにな。そんなに役職を隠したいのか?」

「まぁそうです」

「【仮聖】も大変だな」

「上手い隠し方ってのは穴の存在すら認知させないようにすることです。要は隠してると気が付かせないように隠す。私は〈隠匿〉の使い方は教えられないけど、私の知ってる〈隠匿〉所持者の人はそうやって〈隠匿〉つかってるわ」

 フリカリルトは大きくうなずきながらそういった。
 〈隠匿〉していることすら気が付かれないほどうまく〈隠匿〉する、ね。
 なるほど、分からん。

「割とよくあるスキルなのか?」

 もしそうなら弟子入りしたいくらいだ。〈隠匿〉は【死霊術師】にとって生命線だ。どれだけ上手くなっても、やりすぎということはない。

 【錬金術師】フリカリルトは俺の言葉に首を大きく横に振った。

「そんなわけない。すっっごく貴重なスキル。私の〈世界知検索〉で調べてもその取得条件すら〈隠匿〉されて隠されているくらい」

 フリカリルトの知る限り、〈隠匿〉持ちの市民はマルチウェイスターの街全体で俺を除いて2人しかいないらしい。マルチウェイスター市民約12万人全体で2人。

 珍しいスキルなのは間違い無いだろう。他2人も俺と同じように自分の役職を知るものを殺し、《神意の隠匿》の実績を解放することで女神からこのスキルをもらったのだろうか。それとも別に〈隠匿〉を取得する方法があるのか。

 少なくともスキル名の隠匿とは犯罪行為を隠すという意味の言葉だ。どのように入手したにせよ。相当な危険な人だろう。見ず知らずの人間に手取り足取り使い方を教えてくれるような人ではない。

 俺なら自分の秘密を探ろうとしてきた人間はそれだけで殺したくなる。多分その2人も同じようなものだろう。


 もう一度〈隠匿〉にMPを注ぎ込んで一時的に強化する。今できる最大のMPをつぎ込む。彼女たちは目を細めるようにこちらをジッと見て、それから首を横に振った。

「穴がわかりにくくなったというより、穴が大きくなった感じよ」
「でも意外と悪くないかも。読む側からいうと境目、読み解ける所と読み解けない所の違いがわからないと判断もつけれないから。穴自体が大きくなれば境目なんて言ってられない。でも、それじぁ。スキルの露光で他が見やすくなっちゃう?……」

 フリカリルトは急にぶつぶつ呟いて、考え始めた。露光だの、概念だの、境界流速だのよくわからない単語が言葉の中に混じっている。

 きっと色々考えてくれているのだろう。

 【大食姫】と目を合わせると彼女もよくわからなさそうに首を傾げた。

「聞いてる?」

 俺がボーと彼女を眺めている間にフリカリルトは何か気がついたらしい。

「一段階深く〈隠匿〉をすれば良いかも。〈隠匿〉を〈隠匿〉する感じなのかな。理論的には可能はなはず。〈隠匿〉は情報を隠すスキル。もし覆い隠しているという概念情報すら覆い隠せる〈隠匿〉使いがいれば、それの存在に気がつくことなんて誰にもできないでしょ?」
「ガイネン情報?」
「そう。それでもまだ気付かれそうなら、さらに何段階も深く〈隠匿〉を積み重ねればいいの。どう? できそう? 積層型〈隠匿〉」

 何を言ってるのかさっぱりわからない。

「ともかく深く隠匿すればいいのか?」

 フリカリルトはコクリと頷いた。


「とりあえず、二人ともありがとう。おかげで明日からやりやすくなった。ナイクのおかげで仮登録冒険者たちの心象がよくなったし、【大食姫】のおかげである程度の苦痛は共に分かち合う土壌もできた。残された人も心象的にも協力しやすい。二人には感謝しております。今後も大規模クエストをよろしくお願いいたします」

 別れを惜しんでしがみついてくるガキを引きはがして【大食姫】に渡すと彼女は少しだけバツが悪そうに笑っていた。

 礼をするフリカリルトをおいてテントを出ようとすると、また真っ暗で無音になった。【大食姫】親子と3人きり。

「あのスキル。フリカリルト様は知っているということでいいのよね」

 暗闇の中、すさまじい殺気が叩きつけられるのを感じた。
 勝負のときよりはっきりした明確な殺意。返答を誤れば本当に殺されかけない。

「あのスキル?」
「勝負の時のマナを崩したやつよ。崩されるまで感知もできなかったわ」
「知ってる。むしろフリカリルトしかしらない俺のとっておきだ」

 そう答えると殺気は嘘のように掻き消えた。

「ならいいわ。せいぜい頑張りなさい。あの方の相手は大変よ」
「今回で十分身に沁みたよ」

「じゃね。お兄ちゃん!!また遊ぼうねー」

 【大食姫】親子はそれだけ言い残して去っていった。


 【大食姫】との大立ち回りから数時間後、再び参加者全員がダンジョンの入り口に集められ、明日からの大規模クエストの説明が始まった。

 
「まず今回の大規模クエスト。こちらの不手際で多数の犠牲者を出してしまい誠に申し訳ございませんでした」

 
 そんな挨拶と共に説明された新たな作戦はさっきフリカリルトがいっていた通りで仮登録組にとっては非常に助かる話だった。

「冒険者の中から有用な感知系スキル持ちの人員を選定。不測の事態にも対処できるように、Bランク以上の高ランク冒険者と感知スキルもちを混ぜて十人ほどの班を三つ作ります。今後はその三班のみで第二、第三階層を探索し、迅速なダンジョン核の捜索と調査を遂行します」


 簡単にいうとダンジョンの再生が早すぎるから、高ランク冒険者の少数精鋭で短期調査を行うというものだった。つまり選ばれた有用な感知スキル持ちとその護衛以外の人はこれ以上ダンジョンの奥に潜らなくていいということだった。

 横で聞いていた【根菜農家】や【塵拾い】など仮登録たちから安堵のため息が漏れる。

「残りの人たちはどうなる?」

 どこかからあがった質問に説明者はいい質問だと大きくうなずいた。

「他の方々は、半分ずつ二手に別れていただきます。これまで通りに草刈りに徹してダンジョン入り口の安全確保を徹底する方々と、街に戻り物資補給及び負傷者やご遺体の運搬をする方々です」

 運営からの返答に、おお、と仮登録組から歓喜の声が上がった。

 物資補給及び負傷者やご遺体の運搬とはいうが、別に仮登録組には手伝えることはほとんどない。帰宅組に入れることは、事実上の大規模クエスト終了を意味していた。もし居残り組になってしまったとしても、今日までに通ったところの維持をするだけである。

「帰れるぜー」
「大規模クエストおわりだべ」

 ケラケラと笑いながら、軽口を叩く仮登録たちの顔は、自分たちの大規模クエストは既に終わったとでもいうような満面の笑みであった。


「では高ランク冒険者の班から発表させていただきます。各班の中核となります感知スキル持ちは……」

 俺も帰れるといいな、一抹の期待をこめて、高ランク組、第一階層維持組、帰還組の班わけを聞いた。


 次の日、俺は心からの絶望とともにダンジョンを歩いていた。周りには高ランク冒険者たち。

「何で、テメェがこっちにいんだよ」

【槍聖】アンヘルが、場違いだろ!と言いたげな表情で俺を睨みつけた。


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あとがき設定資料集

【塵拾い】
※HP 6  MP 6 ATK 2 DEF 7 SPD 7  MG 2
~そこに転がる石はこの世にたったひとつの宝物。他の誰もその価値が分かっていなくても、自分だけは知っている。そう言って塵拾いは幸せそうにゴミにまみれた生活を送った~


簡易解説:アルケミスト系統の役職。〈ゴミ拾い〉という要不要に関する価値観を操るスキルをもつ非常にトリッキーな役職。社会にとって非常に有用な存在になる可能性はあるものの、価値観の違いから受け入れられないこともあるのが難点。