「オラたち生きてる」
「助かったべ」
【巨大死肉蠕魔虫】との戦いの後、それ以上魔物が出ることはなく、俺たちは1人の犠牲もなく集合場所のダンジョンの入り口に戻ってきた。
「これが大規模クエスト……」
無事辿りついたという安心で、膝がふにゃふにゃになるのを感じた。緊張と草刈りの疲れのあまり【炎刃】ふくめた全員が野営のテントの前に座り込んでいる。用意された水を飲み、適当に軽食を口にした後、違和感に気がついた。
「人が少ない」
【巨大死肉蠕魔虫】との戦いもあり、相当時間がかかったはずなのに、他の班の姿が見えない。ダンジョンの入り口を切り開いて作った本部テントには、数人のギルド職員がいるだけで他には誰もいなかった。他の安全確認隊どころか本部を守る上級冒険者もいない。
「こりゃどうなってる?」
【炎刃】さんも訝しげに首を傾けているとテントの中から見知った金髪の少女が出てきた。【錬金術師】フリカリルト。
「お疲れ様です。少し危なかったようでしたが、ご無事でなりよりです」
何で知ってるんだろうという疑問を口にする前に【炎刃】さんが声を上げた。
「フリカリルト様。今どうなっている? 何でこんなに本部に誰もいない?」
「皆さま救援に向かわれております。このダンジョンは【炎刃】様方が相手したような強力な魔物や、トラップが多いようでして、冒険者の方々は最低限を残してそれぞれの場所にヘルプに向かわれました」
フリカリルトはそう静かに答えてテントの中を指し示す。中にいるギルド職員と思わしき人たちは、みな仕事に追われるように慌ただしく動き回っていた。
「おいおい、あんなのが何匹もいるのか。初手を取れたから楽に勝てたが、そうじゃなきゃ俺らも結構ヤバかったぞ。なぁ【槍聖】」
そういって【炎刃】が俺の背中を叩いた。仮登録組も次々に俺の背中を叩く。特に死にかけた【根菜農家】なんて少し涙ぐみながら抱きついてきた。
「生き残れたのは君のおかげだべ」
一度は見捨てる気だった相手に感謝されるのはむずがゆい気分だった。
「大変だったのは存じ上げております。本日はもうお休みください」
フリカリルトに案内されるまま俺たちはダンジョンを出て、本格的な休憩場所に座り込んだ。そこにも数人の救護班の冒険者がいるだけで他の人の姿はなかった。今日はもう寝るなり、水浴びするなり好きにしていいということらしいが、座るやいなや入り口にいた死霊たちが俺を取り囲んだ。
「あ、帰ってきた」
「しれいじゅつしおかえりー」
「よかったぶじだー」
「でも」
「「しれいじゅつしが中止にしなかったからいっぱい死んだよー」」
死霊たちが朗らかにケラケラ笑いながら恨み言をいう。
「ちょ、フリカリルト!」
そう声をかけると彼女は一瞬キョトンとして、一瞬だけはにかみ、そのまま事務的な無表情に戻った。
「何?」
「えっと、この後時間あるか?話したいことがあって」
ヒューヒューと後ろで仮登録組が囃し立てている。
口説いてると思っているのだろうか?
確かに彼女は綺麗だがそういうのではないんだ。
もっと致命的な話。知られるリスクは避けたいので、彼らの前で詳しい話をするわけにはいかなかった。
「今、私忙しいんだけど」
彼女はめんどくさそうに顔を顰めた。それからまたジッと見つめる様に俺の顔を見て、そしてため息をついた。
「後でね。運営のテントに〈遮音〉されている場所があります」
その後、俺はゆっくり休みたかったのだが、彼女との関係を聞きたがる仮登録組や【炎刃】さんに邪魔されて、寝れることはなかった。いや、正確には和気あいあいと邪魔されていたのは最初だけで、途中からは目の前に繰り広げられる悲惨な状況に、全員が俺を茶化す余裕もないほど困惑していた。
俺たちに続いて一組、二組と帰ってくる安全確認草刈り隊。五組目をまわったあたりから彼らの中に負傷者が目立つようになった。次々と運び込まれる負傷者たちが〈ヒール〉持ちの上級冒険者たちによって治療されていく。
いつのまにか〈ヒール〉は追いつかなくなり、命に別条のないものは、休憩場所に放置されるようになった。休憩所はすぐにうめき声であふれ、血と傷の匂いがただよいはじめていた。
「もう死んでるわ」
仲間をひきづりながら帰還した班に対して、〈ヒール〉持ちの冒険者が冷たく答える。そんなやりとりが何度かあり、未帰還の班をいくつか残して大規模クエスト一日目が終了した。
「俺死んじゃった」
「大規模クエスト来たらダメだった」
「死んじゃったよー」
今まさに死んだ冒険者や仮登録たちの死霊が辺りを飛び交っている。
「ね、言ったでしょ。みんな死ぬって。君が中止にしないとみんな死んじゃう。だからお願い」
大きな死霊はそれだけ言い残してまたバラバラになって、まぎれて消えた。
数時間後、運営のテントの中で、俺はあからさまに不機嫌なフリカリルトに睨まれていた。彼女が不機嫌な理由は明らかだ。大規模クエストの状況が散々すぎたのだ。
先ほど発表された話では本日の探索で、大規模クエストの参加者302人中25名が死亡、戦線離脱級の負傷者29名、目標未達のグループが半数以上とのこと。
通常この手の大規模クエストでは最後までやり遂げて数人の犠牲者がでるくらいらしいので、現時点で既に5倍近い被害が出ていた。ダンジョンの表層に手を出しただけにも関わらずこの有様は、まさに大敗北といっていい結果だった。
「一旦諦めて、帰って仕切り直すべきではないか」
「このまま続けるなら逃げた方がマシ」
「帰りたい」
特に被害の大きかった仮登録組の中ではそんな言葉が飛び交うほど士気が下がっていた。フリカリルトを含めた大規模クエスト運営のギルド職員たちは、遺品整理から原因究明、班分けの修正、作戦変更など事後処理と明日以降の準備ためにとても慌ただしくしていた。
そんな中で呼び出したのだ睨まれもする。
「何?」
「大規模クエスト止めるにはどうすればいい? 考えたんだけどあまりいい手が思いつかなかった」
「止める? 何を言い出すかと思ったら……」
「フリカリルトを殺せば止まるか? 貴族の娘なんだろ?」
俺がそういうとフリカリルトは不機嫌な顔から一瞬で切り替わり目を見開いた。
地面から生えたツタを槍で切り払って避ける。〈隠匿〉で気配を塗りつぶして一気に近づいた。
彼女の首を掴み、美しい首筋に指を押し当てる。喉を掻き切るようにゆっくりと指で頸動脈をなぞった。
「白花水を浴びずともなお白し、ただ別離以て血に染まむ淦はなお美し」
「はなして!」
振り払われてよろめいた。俺よりレベルが高いのか、思ったよりATKが強い。俺はなすすべもなくそのまま突き飛ばされた。
「痛ったいな。そのツタのスキル強いけど本体が無防備だぞ。というか冗談だ。殺るならわざわざ言わない」
「あなたが言うと冗談に聞こえない。【槍聖】ナイク。どうしてそんなこと言いだしたの? それとも本気で私を始末するつもり? せっかくちょっと見直してたのに。あれも演技ってこと?」
「見直す? 演技?」
「あなた、私の仕事が何かわかってる?」
彼女は綺麗な金髪を揺らしながら絶句したように顔を歪める。眉がぴくぴくと揺れていた。
「いや、さっぱり」
「嘘でしょ。何で知らない……いえ、何で誰も教えてないの?」
彼女は大きなため息をついて、そのままへたり込んだ。
「しなきゃいけないことたくさんあるのに……」
「えーと、よくわからないから教えてもらえると助かる。他に頼れる人いないからさ」
彼女があきらめたようにパンと手をたたく。不満げな表情はいつもの事務的な無表情に戻っていた。
「わかりました。お教えいたします。私は、【槍聖】ナイク様の班、安全確認第11班の担当オペレーターをしてました。ルートの確認から戦況報告まで飛ばしていたゴーレムで得た情報を班長の【炎刃】インバルさんとやりとりしていました」
彼女の手の上の白い金属の塊がふにゃふにゃと変形して、小さな羽虫のようなゴーレムが作られる。
ゴーレムは元気よく飛び上がり、俺の頭の上をブンブンと聞き覚えのある音を立ててながらくるりと回った。確かダンジョン内を草刈りしていた時にいた虫。
「それゴーレムだったのか。虫かと思ってた」
「これは監視用ゴーレムです。術師と直接視覚を繋げることができます。なので私はあなたが【巨大死肉蠕魔虫】を二匹とも見破ったのも知っておりますし、〈槍投げ〉をして【根菜農家】さんを助けたのも見てます」
ブンブン飛び回るゴーレムはそのまま俺の肩に止まった。そのままジッとこちらを見つめている。確かにいつも彼女がやるような仕草だ。
本当に見えているのか確かめるべく、ゴーレムの目のようになっているところを指で抑えるとゴーレムと同時にフリカリルトとがピクッと震えた。
「今回の大規模クエストみたいな、何組もパーティが連携するクエストではオペレーターのゴーレム使いが入るのは常識です。常識」
「へぇ」
全然知らなかった。開拓村にはゴーレム使いはいなかったし、視覚を飛ばせるなんて話は聞いたこともなかった。だがアルケミスト系統の頂点【錬金術師】にとってはこれくらい簡単なことなのだろう。
「本当に【錬金術師】なんだな」
「もしかして私のこと知らない?」
「実は全く」
彼女は不満そうにフルフルと震えた。
「ギルド職員の【錬金術師】フリカリルト・マルチウェイスターです! 普段は冒険者ギルドで受付とか会計やっています。結構、有名人なんだけど、仮登録のあなたは知りませんよね!」
「マルチウェイスター……」
貴族とは思っていたがこの街の領主の家系だったのか。しかもマルチウェイスターといえば六大貴族、この国の事実上支配者の一族のひとつだ。
フリカリルトは余計疲れたとばかりに、そばにあった机にもたれかかった。事務的な表情はまたふっとんでいて、今は疲れたように目を細めている。
羽虫のゴーレムが彼女の手の中に戻って再びただの白い塊になった。
「なぜ大規模クエストを中止にしたいの?」
「このダンジョン死にすぎだ。このままじゃもっとひどいことになる。俺はそれを止めたい。ギルドはどこまで把握してるんだ?」
「どこまでって事前調査で30人ほど、今日で25人だけど」
「二千人だ。二千人死んでる」
フリカリルトと話を整合した結果、やはりギルド側はこのダンジョンの犠牲者についてあまりよくわかっていなかった。ギルドとしては放置されていたダンジョンが見つかった、だから調査、破壊するというだけ。
「ごめんなさい。私でも大規模クエストは中止にはできない。これはうちの政治的な要件も絡んでる」
政治……政治かぁ
それをいわれると何もわからない。
煙に巻かれたようでムカつくな。
「【錬金術師】フリカリルト。俺はこれでも真剣にこのクエストに取り組んでるし、人々の命を助けたいと思っているんだ。政治だの、貴族だのはどうでもいい。お前を殺すことでより多くの人が助かるなら殺す。逃がしてくれた恩があるから実行したくないが、本当に手はないのか?」
「真顔でとんでもないこというね……あなたは私がどういう立場なのか分かってるの?」
自分は貴族、それも六大貴族だぞ、といいたいのだろう。
「分かってないのはフリカリルトの方だ。俺はそもそも法に守られる存在じゃない。自分を守ってくれない法を守る義務もない。秘密を知るものは貴族だろうが奴隷だろうが等しく致命的だ。殺す方が都合がいいんだ。でもフリカリルトは俺を助けてくれた。何かさせたいことがあったんだろ? ただの優しさならわざわざ役職を言い当てる必要はなかった。言えよ。俺に何をさせたい。どうしてここに呼んだ?」
眼を見開いているフリカリルトに微笑みかける。
「当てようか。政治だ。権力闘争とかか? 今、政治的な話といった時に一瞬表情が歪んだ。悩み3割、恐れ2割、期待1割。そして反骨心4割。お前結構重要人物だろ。六大貴族マルチウェイスターにもややこしい事情があるとみた」
「あなた、何者? 本当に18歳? もしかしてすでに前世の記憶にのまれ……まさか本物の落城の【死霊術師】……?」
「一回な。大丈夫。もう取り返した」
「取り返した……そう、合格、期待以上。あなたも本物というわけね。わかった。交渉です。あなたが手伝ってくれるならできることがあります。代わりに何が望み?」
「俺の望みは転職し、普通になることだ。フリカリルトは貴族でギルド受付係だったな、冒険者になりたい。仮登録じゃなくて正式な登録。当然、ただ登録するんじゃない、役職を偽装したままでだ。俺はどこにでもいる普通のE級冒険者になりたい」
「やり方にあてはあるの?」
「いや、全くない。逆に登録さえできれば手段は問わないつもりだ」
「そう…………」
フリカリルトは少しだけ考えた後、驚くほどあっさりと頷いた。
「高くつくから。代わりにあなたにはこの大規模クエストに命をかけてもらいます」
「交渉成立。この契約を守ることを女神様に誓おう」
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あとがき設定資料集
【根菜農家】
※HP 8 MP 6 ATK 4 DEF 8 SPD 1 MG 3
〜うんとこしょ、どっこいしょ。勇者たちが7人がかりでも抜けなかったカブを、根菜農家は1人で引き抜いた。今日も元気に、うんとこしょ、どっこいしょ〜
簡易解説:戦士系統の役職。足腰が非常に頑丈であり、毎日の農作業に耐えることができる頑健な肉体を備える。農作業系スキルも得ることができる。
