呑まれゆく【死霊術師】は普通になりたい ~役職バレたら即処刑、禁忌役職の隠匿生活~



 ダンジョン“常昼(とこひる)の森”

 鬱蒼とした木々に囲まれた洞窟。人類支配領域の南の果て近くに存在するこの小さなダンジョンは街道から大きく外れた辺鄙な場所にあった。よっぽどな変人でもない限り、ここをたまたま訪れるなんてことはないだろう。

 一見普通のダンジョンだが、このダンジョンはひとつ非常に珍しい特性をもっていた。洞窟であるにも関わらず、内部が昼夜問わず常に昼のように明るいのだ。それは同時にダンジョンが疑似太陽を生み出せるほどの強大なマナを蓄えているということの証明でもあった。

 「今回の安全確認第11班を担当する【炎刃】インバルだ。冒険者階級はA級」


 顔に抉られたような魔法痕のある屈強な男性がそう言って俺たち仮登録組を見回した。小汚いボロを身にまとった4人の浮浪者たち。衛兵隊への示しという話だったが俺はあくまでただの仮登録冒険者としてはたらけばいいらしく、他の浮浪者たちと同じ仕事があたえられた。


「えーと、【勇者】が2人、それから【賢者】、あとは【槍聖】か」

 彼はうんざりしたような表情で1人ずつ確認し、俺のところで一瞬止まった。

「お前があの【仮聖】か」

 彼は俺の顔を見るなり納得したようにそう呟いて、そのまま俺たちを陣形に並ばせた。【勇者】を先頭に【炎刃】が全体を確認できるような形だ。


    【勇者】
    【賢者】
【槍聖】    【勇者】

    【炎刃】



「このままルート通り進むぞ。思ったより森が深い。ゆっくりでいい。何か異変があったらすぐに声をあげろ」


 俺たちは【炎刃】の指示通り、邪魔な草木を切り払いながら進んで行った。前が見えないくらい生い茂る藪を切り裂いて進む。飛び出す蟲を蹴り潰し、腐葉土を踏みしめてただひたすらに突き進んだ。

 仮登録である俺にあたえられた仕事は安全確認第11班のメンバーとして草を刈ることだった。草を刈って安全を確かめる。不用意に罠をふみ、魔物に襲われ、他の冒険者の代わりに傷を負うことが俺たち仮登録の役割。


 要は肉壁だ。

 二歩進んで切り払い、二歩進んで切り払い。

 どれだけ刈っても、見渡す限りの草。槍で切ってみたり、刺してみたり、踏みつけたり、根本を掘るよう抉ったり、果ては〈叩きつけ〉たりしてみたが、全く終わりが見えない。来た方を振り返れば、はっきりと道がわかるくらいには刈れてはいるが、それも広大な森の中に細い獣道ができた程度のものであった。

 周囲にブンブンと飛び回っているうっとおしい羽虫を振り払いながらただただ進む。

 もう何時間草を刈っただろうか。

 【炎刃】は探索中、しきりに誰かに報告をしている。彼が連絡をしている間、やることない仮登録組は地面にへたり込んでいた。

「【槍聖】初めての大規模クエストはどうさ?」

 ふたりの【勇者】の片方がこちらにパン切れを投げてきた。

「普通にしんどいです。草刈りって」
「そりゃぁ慣れてないとな」
「【勇者】さん達は手慣れてますね」

 【勇者】に話を振ると彼はケラケラ笑い出した。

「オラはほんとは【根菜農家】だもんで。こういうのは得意さ」
「【根菜農家】かよ。隠す意味ねぇなぁ。こっちは【ゴミ拾い】。こっちの【賢者】は【墓守】」

 【勇者】や【賢者】の正体を聞いてみんなゲラゲラと笑った。

「【根菜勇者】さんはなんで大規模クエストに? 全然食っていけそうな役職なのに」
「いやぁ、普通に口減しですわい。酷いもんさね。去年の魔物大行進(スタンピード)で踏み潰されてうちは畑ないんさ。そんで出稼ぎがてら街に出てますんよさ。これ終われば一回帰るべ」
「みんな似たようなもんだ。うちも、【ゴミ拾い】なんて穀潰しは置いておけない、って追い出された。マルチウェイスター家は六大貴族さね。他んとこと比べて金払いええんよな」

 三人はそう言ってお互いの本当の役職や状況を話し合い、そして頷き合っていた。彼らにとって役職は偽っているとはいえ秘密というほどのものでもないのだろう。彼らが本当のことをしゃべっているという保証もないが、悪意をもって嘘をついているようには見えなかった。

「【槍聖】はまだ神託得たばっかりやろうに。どこからきたんや?」
「ガンダルシアの開拓団です。この街には流れで」

 そう答えると色々と察したのか、彼らは少し苦笑いを浮かべた。

「どおりであの強さ。あの辺はガキの頃から格上と戦う殺人術を仕込まれるってのはホンマなんか」
「ええ、まぁ。その代わり草は刈れませんけどね」
「草刈れんでも人狩れるなら問題ないべ」

 彼らは俺の反応を観察するようにジッとこちらを見つめていた。煽られているのだろうか。

「お見せしましょうか?」

 いまいち真意が分からず彼らを見つめ返すと、彼らは少したじろいだ。

「いらんいらん」
「仮登録やけん。気にせんでいい。それより草刈りのことやけんど」

 彼らは誤魔化すように作り笑いを浮かべて話題を変えた。それから俺たちは雑談がてら一通りの草の刈り方を【根菜農家】から教わり、再び探索もとい草刈りは再開された。

 そしてまた数時間草をかりつづけた。

「何もねぇなぁ」
「いつまで続くんだぉ」

 口々に漏れる愚痴と雑談に、徐々に緊張感が緩んでいくのを感じる。

「おい、真面目にやれ。ここはダンジョンだぞ」

 そう言う【炎刃】すら既にだいぶ投げやりに刀を振り回していた。A級の上位冒険者の一撃が、吹き飛ばすように草を薙ぎ払っていく。おそらくレベルは50ほどだろう。動きのレベルが違う。

 ブンブンと薙ぎ払われている草を横目で見ながら手元の葉っぱを踏みつけて切りとる。

「あ、【しれじゅつし】。そこ危ないよ?」


 〈死霊の囁き〉がした。切り取った草の陰から白い死霊が飛び出してくる。


「全員、気をつけて!」


 俺は叫びながら後ろに飛び退いた。

 何の変哲もない藪。
 だが、死霊がいるということはここで誰か死んだということだ。それも強い未練を残して。


 仮登録組は戸惑いながら、不思議そうな目でこちらをみている。


「【仮聖】! それはお前のスキルか? 何が見えている?」

 死霊に触れ、その死を追体験する。

 《生暖かい圧迫感に徐々に体が押しつぶされていく。どこにも逃げ場がない。閉じ込められたように逃げ場のない。湿った熱の壁が骨を砕き、肉を潰し、すり潰してくる。ついに息ができなくなってきた。
 他のみんなはどこにいったのだろう。たまたま見つけたダンジョンにお宝がないか少しはいってみただけなのに皆とはぐれてしまった。

 大丈夫。すぐ皆が助けてくれる。
 そう思いながら必死に壁を抑えて耐える。こんなところで死んでたまるか。

 ふと背中にあたる感触に恐怖を覚える。
 手探りで拾ったそれは手だった。よく触れた恋人の手。薬指のこの前あげた指輪はぐじゅぐじゅに溶けていた》

「丸のみ、デカい魔物だ」
「よしわかった!」

【炎刃】が即座に返事をする。彼は聞きながらあたりを警戒し、同時に自らの刃にマナを込め始めていた。

「十分! 全員俺の後ろに下がれ、焼き払う」


 慌てて俺たちは【炎刃】の後ろに退散した。彼はそのまま剣を高く上げると、剣は真っ赤に燃え上がり、振りかぶった瞬間に炎の衝撃波が辺りの木々を焼いていった。


 ギィーギューキュギュギュィィ


 まるでガラスと虫を擦り合わせたような、聞いたことない金切り音がして、地面が揺れる。さっき進もうとしていた一歩先から赤黒い巨大な口が姿を現した。


「【巨大死肉蠕魔虫(タイラントデスワーム)】」


 口の直径だけで俺の背丈の2倍はある魔物が高々と聳え立つ。
 環状の口にはびっしりと幾重にもなく棘のような牙が生えた赤黒い肉筒。まるで巨大な腸のような魔物はうねうねと蠕動する。全体の動きと連動するように体表に浮かぶ無数の管が脈動していて見た目もグロテスクというほかない生き物だった。


「全員食われないように立ち回れ! 俺1人でやれる」

【炎刃】が大声で叫び、仮登録組はその言葉に呼応するように身構えた。


 〈隠匿〉

 全力でMP注ぎ込み、自分の気配を消す。

 他の仮登録組には悪いが押し付けさせてもらうぞ。仕事は死霊の声を感知しただけで十分果たした。


【巨大死肉蠕魔虫】はまるで心臓の脈動のように震え、そして、俺たちが固まっている所へ倒れ込むように噛みついて来た。

 狙いは仮登録の3人で一番足の遅い【根菜農家】。SPDの低い彼は、1人逃げ遅れ、【巨大死肉蠕魔虫】は彼を追うように角度を変えた。


「い、嫌」

 恐怖に顔を引き攣らせて、その場に立ち竦む。

「動け!」

 【炎刃】が咄嗟に彼の肩を掴んで、自らと場所を入れ替えた。そのまま噛みついてきた【巨大死肉蠕魔虫】を蹴り上げて攻撃を避ける。

 【巨大死肉蠕魔虫】は、蹴られて一瞬怯んだものの、再び巨大な口を持ち上げて、再び倒れ込んで来た。


 次に一番近くにいた別のメンバーを狙う。彼は避けようとはしていたが、自分が狙われているという恐怖のあまり、膝が震えていた。

「避けろと言ってるだろ!」


【炎刃】が彼の服を引っ張り、【巨大死肉蠕魔虫】の攻撃を避けさせた。

 不味いな。全員足手纏いだ。
 仮登録たちの存在のせいで【炎刃】がまともに機能してない。

【巨大死肉蠕魔虫】の蠢く肉塊が、目の前を脈動して走っていく。次の狙いは再びまた【根菜農家】のようで、逃げ回っている彼を口が追いかけていた。

 次々に追われる彼らが食べられそうになる度に、【炎刃】が【巨大死肉蠕魔虫】の狙いを逸らしていた。

「うしろ、もう一匹いるよ」

 〈死霊の囁き〉が再び聞こえた。

 咄嗟に前に走り込むと、先のほどまでいた場所の下から新しい【巨大死肉蠕虫】が生えて来た。

 二匹目!

 巨大な大腸のような魔物がもう一匹。初めからいた方と合わせてウネウネと絡みあう。



 巨大な口がこちらを向いた。



 口蓋にびっしりと棘歯が並ぶすり鉢のような口。あんな口に呑まれれば人なんて一瞬ですりおろされるだろう。

 〈隠匿〉


 二匹のうち片方はまるで俺を見失ったかのように別の人へと向きを変えたが、残った方はそのまま俺へと倒れ込んできた。



 必死に避けつつ、槍を【巨大死肉蠕魔虫】の口の横を〈叩きつけ〉る。体重差がありすぎて【巨大死肉蠕魔虫】は微動だにしなかったが、叩いた反動で槍を軸に俺の体が横に吹っ飛んだ。

 元いた場所が【巨大死肉蠕虫】の巨体に潰されるのをみながら、あたりを見回すともう一匹は、他の仮登録の三人を変わるがわる追っかけ回しているようだった。

 そして【炎刃】は、先ほど俺を狙っていた【巨大死肉蠕魔虫】の上に乗っていた。彼の持つ剣の刃はまるで炎のように真っ赤に燃えている。それはそのまま脈動する体表に滑り込んだ。


 ギィッギュッギュギュィィィィぃ


 肉が焼ける匂いがあたりに充満する。【巨大死肉蠕魔虫】はガラスと虫を擦り合わせたような不愉快な音をあげて真っ二つに切り裂かれた。

 ビュク、ビュクと暴れ回る半身を【炎刃】が更に細切れに切り砕いていく。

 
 もう一匹の方へ目を向けると、相変わらず三人を追い回している……


「とおりぁ」



 【根菜農家】が草影から飛び出して【巨大死肉蠕魔虫】の巨体に斬りかかった。手にもつ鉈を振り回して何度も何度もきりつけるが、分厚い皮膚に阻まれて、ダメージにはなっていなさそうであった。事実、【巨大死肉蠕魔虫】は気がつきもせずに他の2人を狙い続けていた。


「オラは経験値が、レベルが欲しいんだ!役立つって証明して村にかえるんだ!」


 そう叫んだ【根菜農家】の体からマナが溢れて、鉈に集まっていく。何かしらのスキルを纏いながら振り下ろされた一撃は先ほどまでの攻撃と違い、少しだけだが【巨大死肉蠕魔虫】の体に突き刺さった。


 ギュー?!


 【巨大死肉蠕魔虫】が首をもたげて、【根菜農家】の方を振り返った。同時に切られた部分を取り囲むようにくるりと胴体がトグロを巻く。蠢く肉塊が彼を取り囲んだ。


 あれじゃ逃げれないぞ。
 【根菜農家】もそれを察したのか絶望に満ちた表情で周囲を見回す。 



 助けて
 彼の垂れ下がった目がそう言っているように見えた。

 【炎刃】はまだもう一匹のところにいて、間に合わない。他の2人の仮登録組は狙いが自分から外れたことに安堵して息を切らしている。


「うまく喰われれば丸のみにしてもらえますよ」という意味を込めて頭を守るように身振りで伝える。彼から遠ざかろうと思った時、死霊がくるくるとまわった。
 
「みすてるの?」


 彼が食われれば、食べられている間、【巨大死肉蠕魔虫】に隙ができる。そこを【炎刃】が刈り取ってくれるだろう。

 時間稼ぎにちょうどいい。

 それが【死霊術師】としての俺の意見だった。死霊にいわれなければ本能的に見捨てようとしていた自分に戦慄を覚えつつ俺は槍を握りしめた。

「違う! 見捨てねぇよ!」


 〈槍投げ〉

 俺は心まで【死霊術師】じゃない! 人を愛する男だ!


 そんな心の叫びと共に、ミスリルの槍が勢いよく飛んでいき、【根菜農家】に食らいつこうとしていた【巨大死肉蠕魔虫】の口の内側に突き刺さり、そのまま後ろの木に縫い付けた。



「【槍聖】よくやった!」



【炎刃】の赤い刃が縫い付けられた【巨大死肉蠕魔虫】を二つ、三つ、四つと輪切りにしていく。



 ギュギュィィィィぃイイイイイイイ



【巨大死肉蠕魔虫】は真っ白な蒸気を上げながら生き絶え、【巨大死肉蠕魔虫】だった肉片はボトボトと音を立てて地面に散らばった。


 がっつりと経験値を呑み込む感触がして、レベルがひとつ上昇したのが分かった。


 あまりの威力にポカンとしている仮登録組を尻目に【炎刃】は、満足そうに首を縦に振った。そして落ちていた肉片を一つ掴んで口に頬張る。


「【巨大死肉蠕魔虫】悪くないな。ご馳走様です」


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あとがき設定資料集

【炎刃】
※HP 4 MP 4 ATK 9 DEF 5 SPD 4 MG 4
〜炎刃の超高温の炎の刃は、切り裂いた獲物の断面だけを一瞬で焼ききる。切り口から溢れ出す肉汁は、表層を焼く刹那の瞬間に内側に閉じ込められて、旨み成分とともに肉全体に染み渡っていくという〜

簡易解説:戦士系の役職。〈炎刃〉という炎を纏わせるスキルを持ち、高い攻撃力と合わせて強烈な一撃を放つ。また炎を纏わせるのは刃であれば何でもよく、炎刃には調理が上手なものが多い。炙り料理はまさに絶品。