呑まれゆく【死霊術師】は普通になりたい ~役職バレたら即処刑、禁忌役職の隠匿生活~




『大規模クエスト 新規ダンジョン攻略
 危険度:不明
 依頼元:【錬金術師】リンド・ソラシド・マルチウェイスター

 マルチウェイスター領の南部、魔物の支配領域もほど近い位置にダンジョンが発見されました。現地の冒険者によるダンジョン調査を行なわれましたが、クエストを受けた5組の冒険者パーティ全員が未帰還。危険性を考慮し、マルチウェイスター領ギルドとして大規模クエストを発行いたします。貴公にはギルドにより厳選された冒険者として、該当ダンジョンの調査および破壊の敢行を依頼いたします。よろしくお願します』


 仮登録から数日後、大規模クエストが始まった。

 300人近い冒険者が街から全員でダンジョンへ向かう。歩いて行軍するようなことはなく、俺たち仮登録組は荷物と共に資材運搬用のゴーレムに詰め込まれることになっていた。


 集合場所にたどり着いた俺の前には、馬鹿でかい四本足のゴーレムがずらりと並んでいた。どう見ても人を乗せる構造をしていないそのゴーレムの上には、明らかに俺たちが乗るために備え付けられた座席がついていた。

 乗る前から尻が痛くなってきた。

 うんざりした気分で乗り込むと先に乗り込んでいた人からの視線がこちらに集まった。


「お、【仮聖】じゃん」
「強い方の【仮聖】」
「逃げなかったのか」

 どうやらこの前の決闘まがいで悪目立ちしてしまったようだ。見ず知らずの冒険者たちがジロジロとこちらをみる。俺のことを【槍聖】ならぬ【仮聖】とおちょくる彼らは、誰も彼もが面白い見世物を眺めるような目で俺のことを見ていた。

 嘲笑……というより珍獣扱いだった。

 ひたすらゴーレムに揺られて運ばれる。予想通り四足歩行ゴーレムの乗り心地は最悪だった。数秒毎に自由落下の浮遊感にさいなまされる。下手に口を開けば舌を噛むだろう。衝撃はクッションを貫通していてケツも痛い。

 歩くの速度の何倍もの速さで流れていく景色を眺めながら、気を紛らわせるべくひたすら頭の中で槍を振り続けた。【槍聖】の動きを思い出し、あの戦いを何度もなぞる。

 頭の中で連敗してため息をついた。
 【死霊術師()】と【槍聖()】なら真正面から戦えば間違いなく【死霊術師()】は惨敗だ。

 俺の持つスキルでは完璧な動きをする【槍聖】には勝てない。理由は俺のスキル構成が【槍聖】の劣化互換だから。人は神託の際に役職のスキルツリーの他にもその人の性格や能力に沿ったサブスキルツリーを2つ授かる。そしてレベルが3つあがると自分の持つスキルツリーから1つ選んで新しくスキルを覚えることができる。

 俺に与えられたスキルツリーは死霊術に加えて槍術と歌術であった。とある理由で死霊術にスキルポイントを振れなかった俺は今までのスキルポイントは全て槍術にいれていた。

 現在の所持スキルは5個。
 【死霊術師】の最初のスキル〈死霊の囁き〉。
 役職を隠すために女神から特別に与えられた〈隠匿〉
 槍術のスキルツリーから得た〈槍投げ〉〈叩きつけ〉〈槍装備時ATK上昇:小〉

 だが【死霊術師】は体を使った戦いには向いていない。いくらスキルを手に入れても槍術で戦うにはATK()のステータスが全く足りない。

 そんなことを考えていると、大規模クエスト隊は今晩の宿泊地についた。ゴーレムも夜は休憩のようで、大規模クエスト隊は通りすがりの村の広間を借りて寝泊まりするようだった。

 一日中ゴーレムに押し込まれて、ガチガチに固まった体をほぐす。

 冒険者たちの騒がしい喧騒の中、与えられた配給を受け取り、適当に座る。できるだけ存在を悟られないように〈隠匿〉で気配を殺した。

 甘くないパンを頬張り、綺麗な水を飲み干す。
 冒険者になれたら、苦もなく毎日こんな生活が送れていたかもしれない。

 普通の冒険者生活。最高だ。

「ねぇ。久しぶり?」

 〈隠匿〉で気配を消しているにも関わらず、声をかけられ、俺は飛び跳ねた。


 目の前で綺麗な金髪が揺れる。
 配給を手に、首を傾ける金髪の小柄な少女には、見覚えがあった。

「あの時の!」
「覚えてんだ。全然来ないから忘れたのかと思った」

 忘れるわけがない。

「俺はお前に会いに来たんだ」
「なにそれ。情熱的」

 少女はジッとこちらを見つめクスクスと笑っている。まるで心の中を覗かれているようなくすぐったさが身を襲い、思わず自分にかけている〈隠匿〉を強めた。

 少女は少し疲れたように目を閉じ、そのままちょこんと俺の横に座った。

「ふーん。冒険者になったんだ」
「仮登録だけど」
「知ってる」

 俺が仮登録証を見せると彼女は少し嬉しそうに口をほころばせた。

 この子はいったい何を考えているんだ?
 なぜ俺が【死霊術師】であると知って黙っている。
 ただの善意? それともなにか利用したいのか
 そうだとしたら要求はなんだ?

 少女はこちらの考えを見通したように俺の目をジッと見つめた。。

「前の決闘見たけど、【槍聖】はやっぱり強かったね」
「ああ、流石に勝てなかったな。俺の反則負けだ」

 少女は、何言っているのかわからないというように、ポカンとして、そのままクスクスと笑った。

「あなたよ。【槍聖】ナイク。自分の役職でしょ。忘れちゃったの?」

 ……【槍聖】って俺のことか。
 一瞬、【槍聖】と言われても自分のことだとわからなかった。

「いや、違う。忘れてない。俺は【槍聖】ナイクだ」

 まるで言い訳をする犯罪者のように声が上擦った。

「あなたは【槍聖】ナイク、忘れたらダメ」

 クスクスと笑う彼女の表情は明るい。【死霊術師】とわかっているけど今は見逃してあげる。そういわれた気がした。

「何が目的だ? 俺に何をさせたい?」
「ひみつ。この大規模クエストが終わったら教えるから。私はフリカリルト。【錬金術師】フリカリルト、この大規模クエストであなたを見極めさせてもらいます」

 フリカリルトの金色の瞳に強い光が宿る。すべてを明らかにする、という意志を感じて、思わず後ろにたじろいだ。それをみてフリカリルトは悪戯っぽく微笑んだ。
 
 そこからしばらく彼女ととりとめのない世間話をして、その後、俺は寝床についた。彼女はマルチウェイスターの街で生まれ育ったらしく、マルチウェイスター領をでたことがないらしい。俺が故郷での生活や他の街のことを話すと楽しそうに聞いてくれた。
 しかも驚くべきことにあの見た目で年上らしく冒険者としての心得を語ってくれた。

「冒険者の仕事はちゃんと帰ってくること。ナイク。あなたもちゃんと帰ってきてね」

 上目遣いに見上げるようにそう話す姿に少し背筋がゾワゾワした。羽のように柔らかで吹けば飛びそうな女性だ。男も女も屈強であることがよしとされる開拓団にはいないタイプだった。

 詳しくはまだ教えてもらっていないが【錬金術師】フリカリルトは【死霊術師】に何かをさせようとしているようだ。死人と話がしたいのか、死者を生き返らせたいのかは知らないが貴族というのは都合がいい。利用できる。交換条件次第では転職につながる情報を教えてもらえるかもしれない。

 やっと運が向いてきたかもしれない

 そう思いながら眠りについた夜。

 久しぶりに夢をみた。
 過去の【死霊術師】の記憶。

 僕は鎧を作っていた。人皮で作った革鎧ならぬ皮鎧。丁寧に肉をそいで彼の骨で鎧の骨組みをつくる。愛する兄の大切な亡骸(なきがら)。一片たりとも絶対無駄にできない。

 兄は僕にとって最高の鎧になる。

 血染めの肋骨が皮に定着する間に面鎧を加工する。顔面部分を切り落とした兄の頭蓋を自分の頭にのせる。兄の頭蓋だけあって僕にピッタリサイズ。そこに街の人のなかから厳選した視力の高い眼球をジャラジャラとつけて視神経をつなげる。

 広がる視野と共に映るのは死骸の山。
 傍らには練習台にした数多の無残な遺体たちが転がっていた。

 育ててくれた大切な兄も、仲の良かった幼馴染も。そして10歳の頃からずっと気になっていたあの子、金髪金眼の美しいあの子も。
 全部僕が殺した。

「違う! 違う! 違う!」

 俺は飛び起きた。
 まただ。またこの夢だ!

「しっかりしろ俺。俺には兄はいない。幼馴染も殺してない!」

 侵食してくる【死霊術師】の記憶が俺自身の記憶とごっちゃになっている。金髪金眼なんていない。それはさっきの少女、フリカリルトだ。

 ガンガンと頭を地面にぶつけて痛みで意識を取り戻す。

 神託によって与えられる役職の力には前任者の記憶が付随することがある。本来はスキルの使い方を教えてくれるありがたい存在なのだが、【死霊術師】の記憶はあまりにも強すぎた。

 自分が侵食されるほどの濃密な記憶。いるはずのない兄の骨の肌触りは事細かく鮮明に思い出せるし、殺してるはずもない数百万の人々の血の生温かさで暖を取ることもできる。彼らから抜き取った血液で作った血の池のつんざめくような鉄の香りはまだ鼻腔の奥に残っていた。

 これが俺が死霊術のスキルを獲得できなかった理由。

 最初に与えられた〈死霊の囁き〉を使っただけで俺の記憶は【死霊術師】の記憶と混ざり合い、どこまでが自分でどこまでが過去の【死霊術師】が犯した罪かわからなくなってしまった。もしこれ以上新しいスキルを獲得しようものなら、あまりにも強大すぎる前世の記憶に俺が塗りつぶされてしまうだろう。

「俺はお前の思い通りにはならない! こんな記憶に吞まれるものか! 役職を変えて普通になってやる!」

 俺はその晩これ以上その夢を見ないように、槍を腕に突き刺して眠った。疼き続ける痛みのせいでひどい悪夢を見たが【死霊術師】の記憶よりはよっぽどマシだった。

 翌朝、血だらけで眠っていたせいで少し騒ぎになったが大規模クエストはつつがなく出発した。そしてゴーレムに揺られて3日間。放置ダンジョンにたどり着いた俺たちを待っていたのは想像を絶する光景だった。


 ダンジョンの入り口には夥しい数の白いモヤが浮かんでいる。彼らは死霊。【死霊術師】にしか見えない死んだ人の魂。

「ようこそ! 【死霊術師】!」

 嫌な予感がして振り向くと、そこには巨大な白いモヤの塊が浮かんでいた。俺の知っている死霊は皆、手のひらに乗るほど小さなモヤにすぎなかったのに、この死霊はあまりにも大きい、大人3人分くらいの体積がある。

 できるだけ表情を変えずに無視するも、その大きな死霊は俺の目の前でびたんびたんと巨体をくねらせた。

「やっときた。待ってたんだよ!」

 できるだけ【死霊術師】のスキルは使いたくない。俺は死霊を無視してその場に腰かけた。

「みてみてみんな、【死霊術師】がきたよ!」

「あ、ホントだーしれいじゅつしだ」
「きいて~しれいじゅうしさん」
「きたぁ!」

 無視しているにも関わらず大きな死霊の周りにいっぱいの普通の死霊たちが集まってくる。彼らはクルクルと俺の周りを回りながら怨嗟の声で大合唱しはじめた。

「あの子を助けて」
「殺さないで」
「助けて、助けて」
「あんなの聞いてない」
「痛い痛い痛い、血が止まらない。あ、あ、」
「何で?何で?何で?おかしいよ、助けて、誰か、お願い」
「ど、こ?」
「いやだ! 死にたくない! いやだぁ!」
「誰か! 誰か!」
「私はどうなってもいいからこの子だけは! この子だけは!」

 群がってくる死霊達に記憶を流し込まれて彼らの死に際を追体験させられる。丸太の巨大な蟲に丸のみにされた死、溶解液で溶かされた死、気が付いたら首が取れていた死、毒でどんどん衰弱していく死、穴におちて少しずつ内臓から食べられていく死、死んだことにも気が付かない死…………

 死霊たちのあまたの断末の痛みと絶望が濃縮されて押し寄せてくる。吐き出しそうになるのを堪えて、死霊たちを振り払った。

「やめろ。何の用だ」

 周囲に聞こえないように小声で話しかけると、死霊はうれしそうにポインとはねた。

「女神様がね! しれいじゅつしならきっと助けてくれるって」

 真っ白なモヤのような死霊達がクルクルと俺の周りを回り逃げ場を封じてくる。

「はじめまして、僕たちはこのダンジョンの死霊! ダンジョンで死んだ二千人の死霊の塊だよ。集合意識ってやつ? たぶん」
「二千?」
「うん。だから忠告しにきたの。この大規模クエスト絶対失敗するよ。僕二千三百人になっちゃうよー」


 大きな死霊がぽいんぽいんと地面に腹をこすらせながら弾む。周りの死霊たちもくっついたり離れたりしながら彼に追従するように跳ねた。

 朗らかに笑っているが、なかなかにえげつないことをいっている。この大規模クエスト参加人数は三百人。全部死ぬといっているのだ。


「だからお願いしに来たの。このクエストを止めてって」
「とめろ?」

 周囲を見渡すと、大量な人たちがゴーレムから降りてきて、ダンジョンの入り口を眺めている。冒険者だけでなく、ギルド職員、運搬用のゴーレム使い、素材買いの商人なんかもいる。

「うん。だってほかの人は僕のこと見えないし」

 死霊は、当然でしょ、といわんばかりに頭を傾けた。

「無理だ」

 俺はあくまで参加者だ。いくら中止を騒いでも「嫌なら一人で抜けろ」と言われるだけで「やめましょう」とはならない。この大規模クエストはどうみても俺が中止を叫んで止められる規模じゃない。

「ダメ! ダメだよ! みんな死んじゃう!」

 急に大声を上げた死霊から、ふたたび強烈なイメージが流れ込んでくる。

 先ほどの死の追体験をさらに濃縮した記憶。俺の体は一瞬で張り裂け、潰されて、溶かされて、血を失い、肉を食われ、脳を啜られる……感覚を味わった。

「あ、ごめん。漏れちゃった。でもお願い! 受けてくれなきゃもっと漏れちゃう……かも?」
「脅しかよ」

 【死霊術師】になってもう数百回は死を味わされているが、何回死んでも死の絶望と空虚感は慣れることはなかった。命が終わるという先のない絶望、今までの人生を否定されたような空虚感を感じながら無惨に命を奪われ、弄ばれる。
 ひとりでもきついのに二千人分なんて同時に入れられたら心が壊れてしまう。

「うん。こういえば受けてくれるって女神さまがいってた!」
「悪戯な女神……相変わらずだな。でも全員死ぬなんてあるか? ここにはS級冒険者もいるんだぞ」
「絶対死ぬ。ここは普通じゃない。誰もアイツには勝てない」

 死霊達は確信に満ちた口調でそう言い切った。

「でも女神さまがナイク君なら絶対なんとかしてくれるって言ってたよ! さすが【死霊術師】!」

 それだけいいのこして死霊はポインと飛び跳ねると煙のように砕けた。

「しれいじゅつしが来たらもう安心」
「うわーい。600年ぶりのしれいじゅつしだー」

 飛び交う白いモヤたちが嬉しそうにそう騒いでいた。

 これが俺が獲得してしまった唯一の死霊術スキル〈死霊の囁き〉
 死んだ人間の魂とおしゃべりできる能力だ。

 見てみて聞いて、話すことができる。本当にそれだけ。操ることはできないし、仮にできたとしても彼女らはか弱い存在で現実に干渉することはできない。それどころか大体の死霊は自己紹介とばかりに出合い頭に死の記憶をお披露目してくる少し厄介な存在だった。
 それでも誰も知らない情報を貰えることは強力で、俺は役職を得たばかりの頃、このスキルを使いすぎて、そして闇に呑まれた。濁流のように押し寄せる死霊達の無念と【死霊術師】の殺戮の経験、そして幼いころから鍛えていた戦士としての技術が合わさって、俺は人を殺した。おそらく何人も。

 なんとか自分を取り返した俺はこれ以上記憶に呑まれないためにそれからずっと役職を変える、転職する方法を探し続けている。
 できるだけ侵食を抑えるために【死霊術師】の本能とは逆に動く、つまりできるだけ命を奪うのではなく他人を助けるようにしよう思ってるし、〈死霊の囁き〉もあまり使わないようにしているのだが、こんな風に向こうから話しかけてくるのはどうしようもなかった。

 それにしても見たこともないほど大量の死霊だ。どれほどの極悪人でも10人以上死霊が付いていることはなかったのにここには二千人もいる。

 想像を絶するほど危険なダンジョンなのだろう。

 ダンジョンの入り口で着々と進む拠点づくりを見守りながら、硬い床の上に座り込んで考える。一応中止にする方法を考えるも、結局なにもいい手は思いつかなかった。


「ねーねー、どうやって中止にするの?」
「……」
「どうするのー」

 死霊たちから悪意は感じないが、見張られているような気分だった。

「はっ! もしかして秘密ってこと? わかった。さすが女神さまがみこんだ【死霊術師】。味方をだますならまず敵からだよね」
「敵からー」

 無邪気に笑ってポインと跳ねる死霊達をできるだけ見ないようにしながら、俺はため息をついた。

 しばらくして、ダンジョンの入り口が騒がしくなった。先遣隊として出ていた高ランク冒険者たちが戻ってきたのだ。

「先遣隊が帰ってきたぞ。一階層のめぼしい魔物はおおかた片付けたらしい。被害ゼロだってよ」

 歓声とともに迎えられる冒険者たち。そして俺たち仮登録たちにも召集がかかった。
 
「あれ? はじまちゃったよ」
「はじまちゃったな」


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あとがき設定資料集

【錬金術師】
※HP 6 MP 6 ATK 4 DEF 5 SPD 5 MG 4
〜錬金術師は理想(イデア)を追い求める生き物である。良き知識、良き金属、良き使い魔、良き肉体、良き隣人……なぜか良き常識だけは求めてくれないが〜

簡易解説:アルケミスト系統の基礎役職。アルケミスト系統の特徴である鑑定系、検索系、合成系、ステータス上昇系のスキルを持ち、ゴーレム作成も得意な、まさに万能役職と言われる優秀な役職。
かつて【勇者】と共に魔王を滅ぼした六人の仲間の1人、通称”勇者の知恵”は【錬金術師】であったと記録されている。