呑まれゆく【死霊術師】は普通になりたい ~役職バレたら即処刑、禁忌役職の隠匿生活~



 大規模クエスト7日目、隠匿竜討伐から3日。
 マルチウェイスター浮遊街、大聖院の一室で俺は目覚めた。

 街の上空に位置する浮遊街に建てられた大聖院の窓からは、錬金都市マルチウェイスターの街全体を見下ろすことができる。王国第3位の技術都市、見渡す限りの大地には、幾万もある家屋が立ち並び、かすかに見える郊外には、大規模な耕作地が広がっていた。特に大聖院の下にみえる中央市場は人々で溢れかえっている。

 まさに平和そのもの。隠匿竜との戦いが嘘のようだ。

 ただの浮浪者にすぎない自分が大聖院のしかも入院個室に入れられているという事実が、あれが夢ではないと証明していた。

「この拘束は?」

 【土石術師】は【炎刃】たちのパーティの専属オペレーターをしている人物だった。

「やはり覚えてないんですね。ナイク様、あなたは隠匿竜討伐後、暴走しました」
「暴走!?」
「驚きましたよ。死んだはずの隠匿竜が起き上がり、再び三班を襲いだしたのです」
「し、死骸が?」
「はい。ナイク様が操ったのでしょう。『僕の新しい門出と新しき師にふさわしき名誉を』そういってナイク様は操った隠匿竜から抉り出した心臓を喰らいました」
「皆はどうなったのです? あれ以上戦う余裕はなかった」
「復活した隠匿竜は三班のメンバーを殲滅しましたが命まではとりませんでした。青春朱夏のメンバーはもう全員起きてます。命には別状はありません」
「それはよかった。でもどうやって隠匿竜を、俺を……」
「本当に何もおぼえていないのですか? ご自分で刺したのです。隠匿竜から引き抜いた槍を自分の腹に。あなたは自分の左手を切り落とし、そのまま自らの腹に何回も槍をつきたてました」

 俺の腹には鋭利な刃物で何度も突き刺したような凶悪な傷跡が残っていた。

「【榊】がマナを振り絞ってあなたが死なないように〈ヒール〉したんです。マナを使いすぎていまもマナが戻らずあっちでゲロ吐いてますよ」

 その後、壊滅状態になった第三班は、第三層から帰還した【看守】率いる第一班に回収され、マルチウェイスターの街へ緊急輸送されたようだ。すでに隠匿竜の討伐が確認されてから丸二日以上が経過していた。

 死亡した【僧侶】以外は全員無事。少なくとも命は。

 ただ〈ヒール〉の遅れた【雷弓】の左腕と右足は結局再生できず、今後は義手義足を使ってのリハビリ生活を送るとのことだった。錬金都市マルチウェイスターには腕のいい技師も多く、生活するうえで不自由しない程度には回復するらしいが、冒険者に戻るのは絶望的だった。

「いろいろありましたが隠匿竜と直接対峙し、討伐まで成し遂げてこの被害です。うちはマシなほうですよ」

 彼のいう通り、大規模クエストの全貌は散々たる結果だった。

 参加者全302名中 100名近くが死亡、【雷弓】のように再起不能も多数。

「【僧侶】様も含め、参加したA級の半分が死にました。ですがうちのA級の【炎刃】は無事、【雷弓】も生きてはいます。B級の【榊】【水斧】も今回の功績でA級にあがるでしょう」

 【雷弓】が冒険者として働けなくなっても単純な差し引きだけならプラス。そういった【土石術師】の顔は、その冷徹な言葉の割にひどく悲しそうだった。


「ナイク様には感謝しかありません。あなたが隠匿竜を見つけなければ、我々は死んでいた。ひとり逃げ帰ってもよかったのに、あなたはあの場で隠匿竜に対処してくれた。おかげで【雷弓】は助かりました」

 俺の手を握る彼の手は、思ったよりもボロボロで、傷だらけだった。オペレーターとはいえ冒険者である彼は、貴族のお嬢様のフリカリルトと違い、前線に出ることもあるのだろう。

「あなたは暴走しても完全には呑まれずに自分で帰ってきた。【仮聖】ナイク、いえ【槍聖】ナイク。青春朱夏はあなたの味方です。何があっても味方であり続けるとこの【土石術師】グンジョウの名において〈宣誓〉いたします」

 彼はそういって両手をかかげて、女神に祈りを捧げ、誓約を結んだ。

「実は【炎刃】と【水斧】は貴族なんです。大した領地もない田舎貴族だそうですが、それでも、あなたが望むなら一人くらいならかくまうことはできるそうです」
「かくまう?」
「はい。ですので気が向いたらバックロージャ領にいらしてください。我々はあなたの味方ですナイク様。たとえあなたが何であったとしても」

 病室をでていった【土石術師】の背を見送りながら、俺は何も言えず自分で切り裂いたという腹をさすっていた。


 それからさらに数日して、後始末を終えた大規模クエスト本隊が帰ってきた。


「【槍聖】様は英雄になっちゃったみたい」

 完全回復した俺が、冒険者ギルドでクエストを選んでいると、後ろから声をかけられた。振り返ると金髪がはためく小柄な少女の姿。

 ギルド職員の【錬金術師】フリカリルト・マルチウェイスター。彼女は受付とは名ばかりで実質的なギルド長だった。

 彼女の視線の先には、今回の大規模クエストの功労者順位のランキングがあった。石造りの小綺麗なギルドの壁にでかでかと貼り付けられたランキング表の2位には【槍聖】アンヘルの名がしっかりと刻み込まれている。

「英雄か。そりゃ、アンヘルはあの隠匿竜にトドメを刺したんだからな」
「私としては1位にしたかったのだけど…………ね」

 功労者ランキングを見上げるフリカリルトの目は、一仕事終えたように爽やかで、それでいて少し寂しそうに見えた。

 今回の大規模クエストは大失敗なのだ。

 かろうじて完遂できたものの被害が大きすぎる。Sランク冒険者が死に、高ランクにも被害者多数。多くの冒険者たちがパーティメンバーや友を失った。

 地域規模で〈隠匿〉を発動させていた隠匿竜はあまりにも強すぎたが、そんなことは関係ない。魔物との戦いは勝って当たり前、その上でどれだけ上手く勝てたかで評価される。

 なぜならば、負けるとは死だから。死人をいくら褒めても生き返らないように、敗北は評価のしようがない。こういった大規模クエストで敗北した場合、主導した貴族は仮に本人が生き残っていたとしても貴族社会的には死んでいるらしい。

 残酷なようだが人類支配領域は世界に比べてあまりに狭い。世界のわずか0.2%。人類は何千といる魔王の一界を倒したに過ぎない。

 敗北とはその狭い領域をさらに狭めることに他ならない。領地を守るという貴族の責務を全うできないということなのだろう。

「フリカリルトもギリギリだったわけだ」
「ええ。地盤ぐちゃぐちゃ。勝てたから何とか繋げたけど。しばらく大変」

 フリカリルトは今回の大規模クエストの責任者として毎日のように遺族巡りをしているのだろう。彼女の端正な顔は少しやつれているようにも見える。

「【槍聖】には感謝してる」
「【槍聖】アンヘルな」
「どっちも。MP3倍の【槍聖】さん。あなたも10位でしょ」


 俺の功労ランキングは302人中10位。ギルドの壁に射影つきで大々的に掲示されている9位までと違ってよく読めば書いてあるという目立ち方だ。しかも目立たない中で一番高い順位。

 フリカリルトとの契約や、赤蝶の主討伐による特別手当も含め、報酬もかなり貰えたし、最高の位置につけた。

 というか俺、呑まれかけたのに……
 共に戦った第三班のメンバーは黙っていてくれているようで俺が隠匿竜を操ったという情報はどこにも漏れていなかった。

「ナイクは英雄【槍聖】の噂知ってる?」
「噂?」
「【槍聖】はまだ役職を得て一年もたってないのに、どんな高ランク冒険者にも見つけられなかった隠匿竜を看破したらしいわよ。そして彼の指示のもと高ランク冒険者たちが戦い、最後は自らの手でトドメを刺したんですって」
「色々混ざってんな」

 フリカリルトはと、くすくす笑いながら、そうでしょと、俺の脇をペチペチと叩いていた。

「もう1人の【槍聖】さんも10位なのにね」

 同じ【槍聖】のアンヘルのおかげで、俺は冒険者たちから認知されていないということだろう。

 目立たないのは都合がいい。とても都合がいい。

「可哀想」

 ニマッと笑うフリカリルトの表情はあわれんでいるというより、とても楽しげで、何やら満足そうに見えた。

「いいんだよ、俺は。これ取れたからな」

 先ほど手に入れた自分の冒険者登録証を革の鎧の隙間から取り出した。

 ナイク Lv25 【槍聖】Eランク

 金属でできた2枚組の登録証には確実に【槍聖】と表記されている。【死霊術師】ではなく間違いなく【槍聖】だ。

「うまくいっちゃったか」

 フリカリルトは登録証を確認して、しばらくジッと俺を見つめ、困ったように眉を細めた。

「これ改善しないとダメだ。あと二回は確認することにしよ」

 冒険者ギルドの本登録には役職とレベルの登録が必須である。偽装防止のため、印字される役職は必ず水晶で測定される。これはギルド職員の前で女神の神託を聞き直すということであり、偽装することなど本来不可能。なのだが、俺にはフリカリルトからもらった〈詐称〉のスクロールがあった。

 スクロールとは〈抽出〉された〈スキル〉を一回だけ使うことができる巻物のような装備品である。非常に希少で高価な一回限りの使い捨て品ではあるものの、誰でも簡単に他人のスキルを使うことができる。狙ったスキルのスクロールなどそう簡単に手に入らないが、フリカリルトは契約の報酬として、〈詐称〉が抽出されたスクロールを俺にくれた。

 今、俺は【死霊術師】を【槍聖】に〈詐称〉している。この〈詐称〉によって冒険者登録を通過したのだ。

「でも何で【槍聖】? 本当はアルケミスト系のくせに。さすがにバレない?」

 俺が【槍聖】でないと知っているフリカリルトから当たり前の疑問ではある。確かに【槍聖】と【死霊術師】は全然違う。もっとステータスが近いものを選べば隠しやすいだろう。

 でも俺は【槍聖】がいいのだ。【槍聖】には〈鼓舞〉のように人を守るためのスキルがいくつもある。

「俺は英雄にならなくていい、モテなくていい、しょうもなくていい。でも誰よりも人を愛せる、人を守れる人間になりたいんだ。ほら、どこからどうみても【槍聖】だろ?」

 くるくると槍を回すとフリカリルトは呆れたように大きくため息をついた。

「あのね。【槍聖】は〈隠匿〉も〈血の香り〉も覚えないし、記憶にのまれて〈死骸操〉もしないけど」
「しょうがねぇな。特別に見せてやるよ?」

 俺はフリカリルトに向かって自分のステータスを開示した。

 彼女の手に触れて、頭の中に呼び出した自分のステータスとマナと共に彼女に流す。こうすることで自分の見せたいステータスを相手に見せることができるのだ。

 普通はステータスは偽装することはできないので、開示は絶対に信用できる情報だ。村で大人たちが開示しあうのはよく見たが、まさか【死霊術師】になった自分ができる日が来るとは思わなかった。

 〈詐称〉の効果が切れるまでではあるが、それでも俺にも仲間ができたような気がして嬉しい。

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 ナイク【槍聖】Lv.25

 所持スキルツリー  未割り振り1
 ⭐︎槍聖の真髄    0
 ・槍術 原始槍術   24
 ・歌術 冒涜の災歌 0

 パッシブスキル
 〈一筋の金色の槍撃〉
 〈血の香り〉
 〈槍装備時ATK上昇1.5〉〈残心〉
 〈隠匿〉〈捕食強化〉

 アクティブスキル
 〈槍投げ〉〈叩きつけ〉〈刺突波〉〈棒高跳び〉

 実績
 《■■■■■》
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「ちょっと……ナイク、馬鹿」

 開示したステータスを見たフリカリルトは若干気恥ずかしそうに顔を赤らめている。そういえばスキルポイントの詳細な割り振りまで見せるなんて家族や恋人同士しかやらない行為だ。人生初めてのステータス開示にはしゃいで思わず全部見せてしまったが、丸裸になったようで確かに少し恥ずかしい。

 とはいえ今後できる保証もない。
 できるうちにやっておかなければ。

「ほら、正真正銘【槍聖】だろ」
「本当に行政泣かせのスキル」
「フリカリルトのおかげだぜ」

「最悪」

 フリカリルトは整った顔をギリギリと引き攣らせてこちらを睨んだ。約束だからやってはくれたが、流石にギルド職員でありながらギルドを騙すのは気が進まないようだ。

 とはいえ、取引内容を破るようなことはせずただただ黙って、抗議するようにこちらを睨み続けてくる。

「【錬金術師】フリカリルトさんに〈詐称〉と〈隠匿〉に隠されたものが見破れるのかな?」

 隠匿竜の心臓を喰ったおかげなのか、俺の〈隠匿〉もだいぶ精度が上がった。概念情報の〈隠匿〉までは再現できないが、それでも隠してるのを意識できないくらいには〈隠匿〉できるようになった。

「やっすい挑発。いいわ。その挑発。この私【錬金術師】《勇者の知恵候補》フリカリルト・ソラシド・マルチウェイスターが乗ってあげる」

 彼女はそういって俺の腕を掴んだ。
 思ったより強い力に、止められ俺は動けなくなった。

「どうしたの?【槍聖】のナイクさん?」

 ATKの高い【槍聖】が私より力が弱いなんておかしいわよねとでもいいたいのだろう。ただ、俺としてはそれ以上に先ほどのフリカリルトの発言の方が気になっていた。

「勇者の知恵?」
「あらら? まだ知らなかったの?」

 フリカリルトは少し驚いたように目を丸くした。

「そう。へぇ、知らなかったんだ。私、こう見えても女神様のお墨付きなの」

 彼女はそのまま掴んだ腕を介して、マナを流してきた。先ほど俺がフリカリルトにしたのと同じ、ステータスの開示だ。

 開示に開示で返してくれるなんて、本当に仲間みたいだ、そんな嬉しい気持ちになりながらも、とんでもない情報が流し込まれるような気がした。

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 フリカリルト・ド・レミ・ファ・ソラシド・マルチウェススター
【錬金術師】Lv.39

 所持スキルツリー  未割り振り 0
 ⭐︎錬金術の真理 21
 •継承術 勇者の知恵 ×
 •聖魔術 破魔の大葬 3
 •生成術 自立人形生成術_侵外の書 15

 実績
《勇者の知恵候補》
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「名前なっが。ドレミファソラシドさん」
「そこ?! 変な区切り方はやめて」

 フリカリルト・ドレミファソラシド・マルチウェイスターは不満そうにこちらをジッと見て、それから愉快そうに微笑んだ。

「どうしたの? 自慢の〈隠匿〉がぶれてる」

 ちゃんと俺が驚いているのがわかってご満悦なのかフリカリルトは嬉しそうにクスクス笑っている。


「喧嘩売っている相手の大きさがわかった? 私は6大貴族マルチウェイスター家の当主が姪、フリカリルト・ソラシド。アルケミスト系統の王たる純粋な【錬金術師】にしてマルチウェイスター家の次期当主候補よ。【槍聖】ナイク、今後も、せいぜい必死に隠しなさい」

 それだけ言い残し、彼女は呆然としている俺を置いて、ルンルンとしながらギルドのカウンターの方へ戻っていく。そのまま立ち去るかと思えたフリカリルトはカウンターの直前でくるりとまわった。

「本当に、ありがとね」

 最後に見たことないほど満面の笑みを浮かべて、そのままギルドの奥に歩き去った。

 しばらく呆けていると誰かに肩をつかまれた。

「ナイク、お前、本当にフリカリルト様に気に入られてんのな」

 俺たちの様子を見ていたのか、A級冒険者の【炎刃】さんがニヤリと笑って肩を叩く。後ろからこちらに手を振る【炎刃】パーティメンバーたちは、片手片足を失った【雷弓】のリハビリ中のようで、勢ぞろいで【雷弓】をささえていた。


「あの方が一介の冒険者と開示しあってるのなんて初めて見たぜ。で、どこまで見たんだよ?」

 【炎刃】だけでなく、後ろの美女3人衆もなにやら楽しそうにニマニマと笑っていた。

「どこまでって、スキルポイント振りです」

 答えた瞬間に、【雷弓】が飛び上がった。

「えっ、えっ?!」
「本気やん」
「青春だよ! 生!青!春!」

 キャーキャーと黄色い悲鳴をあげている青春朱夏のパーティメンバーをよそに【炎刃】はすっとこちらに手を差し出した。

「ようこそ。【槍聖】ナイク。今日から君は冒険者だ」
「ありがとうございます!」

 手を握り返すと、【炎刃】は楽しそうに頷き、また俺の肩を叩いてリハビリに戻っていった。

「やっと、やっと冒険者になれた」

 俺はついに手に入れたE級の登録証を握りしめ、喜びのあまり飛び跳ねた。

「俺は普通の冒険者だ!」



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あとがき設定資料集 1章終了時のステータス

 ナイク【死霊術師】Lv.25

 所持スキルツリー  未割り振り1
 ⭐︎死霊術      0
 ・槍術 原始槍術   24
 ・歌術 冒涜の災歌 0

 パッシブスキル
 〈死霊の囁き〉
 〈槍装備時ATK上昇1.5〉〈残心〉
 〈隠匿〉〈捕食強化〉

 アクティブスキル
 〈槍投げ〉〈叩きつけ〉〈刺突波〉〈棒高跳び〉

 実績
 《神意の隠匿》