呑まれゆく【死霊術師】は普通になりたい ~役職バレたら即処刑、禁忌役職の隠匿生活~




 気が付くと真っ白な空間にいた。



 あまりの白さに上下左右の感覚がわからない。
 おぼつかない足元は地面なんて存在しないように、おぼろげにふわりと跳ねる。

 立とうと思えばどこにでも立て、落ちようと思えばいくらでも落ちられる。上も下も重力の感覚がなく、右も左もない不思議な空間。

 また隠匿竜の〈隠匿〉かと身構えたが、俺は構えた勢いでくるくるとその場に回転するだけだった。

 一応身構えはしたが、ここが隠匿竜の作り出したものでないことはなんとなく確信がついていた。ここにはダンジョンのような嫌なマナは流れていない。どちらかというと死霊たちを相手にしている時のような、そんな優しいマナが流れている。

 空間全体がなんだか明るくて、どこかふざけた気配に満ち溢れていた。

「だーれだ!」

 突然、後ろから声を掛けられ、目を覆われる。目を覆われているにもかかわらず視界は真っ白だった。

「だ~れだ!!」

 若い女性の声。

 意味も分からず混乱する俺をよそに、声の主としてはお構いなしとばかりに、もう一度そう尋ねてきた。同時に何か温かいもので視界をおおわれている気がした。


「フリカリルト?」

 誰なのか全くわからず最初に頭に思い浮かんだフリカリルトの名を呼ぶ。

「フリカリルトぉ? きゃはははは」

 声の主はその答えを聞いて馬鹿みたいに笑いだした。

「好きすぎでしょ! ナイク、テメェ、青春だね。そういうの嫌いじゃないのぅ」

 声の主は、1フレーズごとにフリカリルト、アンヘル、【水斧】【暗殺者】と声色を変えた。そして老若男女の声をいったりきたりしながらケラケラ、ゲラゲラ、クスクスと爆笑しつづける。

 その様子は人ではない、なにか別の存在。一人というより複数の人格が寄り集まったように思えた。

「もしかして大きい死霊か?」
「あ、ちょっと近づいた! でも、はずれー、時間切れー」

 パチンと指を鳴らすような音がして、真っ白の空間は家になった。

 開拓村の俺の家。ここから遠く離れたガンダルシア地方の辺境にあるはず故郷の我が家。神託の儀の前までの17年間を過ごした父との思い出の家だった。


 見慣れた我が家に、金の髪の美しい少女。
 声の主はフリカリルトの姿をとっていた。

「ちゃんと掃除しろ」

 彼女は机の上に散らばるゴミを払いのけ、そしてそばの椅子にちょこんと座る。俺と父、男しか住んでいなかった我が家の椅子は小柄なフリカリルトには大きすぎて、足が床につかずぶらぶらとさせていた。

 本物ではない。この空間もフリカリルトも偽物。

 本物ではないとわかっているのに自分の家にフリカリルトがいるような気がして何だかドキドキしてしまう。目の前の相手に集中できなかった。

「その姿やめてくれ」
「えー、なんで? フリカリルトちゃん可愛いよ。アンヘルとかパパの姿でもいいけど、ナイク、変な反発しそうだし…………あっ、これはどう?」



 声の主の姿が一瞬で変わる。現れたのはフリカリルトとうってかわって不気味な女だった。まるで死んでいるように血色のない暗い肌と隠匿のように漆黒の髪。

 例えるなら泥から這い上がってきた死そのもの。
 女は死神のように薄く微笑んだ。

 本能的な恐怖を感じる容姿をしているが、彼女からはどことなく危険な美しさが滲んでいて目が離せなかった。

「いや、気づいてよ。自分そっくりだろ。母上だぞー」

 声の主はその女の見た目に全く似合わない調子でキャッピッと踊る。
 直後、声色を変えた。

「それともママからの伝言聞きたかったの? 自分で燃やしたくせに。あの手紙、結構頑張って書いたのに」

 彼女はまるで本物の母親のように俺にふれた。幼子をあやす母のように、冷たく青白い指が俺の頬に触れる。

「ナイク。大きくなったわね。本当にあの人そっくり」

 自らをママと称した女は、そこまでいって石のように固まり、また爆笑した。

「これじゃ、話進まんわ」

 声の主の姿がまた変わる。母の姿はきえ、今度は【榊】の姿をとった。そして苦虫を嚙み潰したように照れくさそうに笑う。そしてくるりと一回転した。

「結構ええな。この子。ごっつ愉快な思考しとるわ。気に入ってもうたかも」

 変幻自在。まるで人々のことは何でも知っているというように、いともたやすく姿を変える声の主。そして、さっきのはまちがいなく本当の母だという確信があった。複数の姿をとることができ、そして死んだ母の死霊をもつ存在。つまり死霊たちが還るところ。

「まさか。あなた……様は」
「気ぃついた? どうも。女神やで」

 声の主、もとい悪戯な女神は【榊】の姿をしたぺこりと頭を下げる。

「初めまして? 一応、2回目か? 前回はおいたした子がおったからちゃんと話せへんかったからな。特別二次面談や」
「おいた?」

 悪戯な女神の姿は、一瞬で頭の禿げた中年男の姿になった。かつて俺が殺した【祭司】。彼はこちらをみて疎ましそうに眉をひそめる。

「そりゃ私ですよ。あなたに殺された【祭司】です。本当にやってくましたね。まさか魔物をつかうとは。おかげで結構食われました」

 そういって禿げた頭を見せてくる。

 自分が殺した相手に渾身のギャグを見せられるという異様な状況に困惑していると、声の主は一瞬怒ったような顔をした。

「もともとやないかーい!!って突っ込まんかい! せっかくボケてくれたのに」

 【榊】の姿にもどった悪戯な女神は不満そうにむくれた。

「まぁ、えっか。そういうわけで今日はうちと二人きりやで」

 女神は【榊】のまま楽しそうに優雅に笑った。

 悪戯な女神。それはかつて魔の時代と呼ばれた時代に、人々に役職の力を与え、魔物と戦う術をくれた神だ。およそ千年前、彼女が【勇者】に力をあたえたことで、魔王の1界が滅ぼされ、はじめて人間が住むことができる土地が生まれた。

 文字通りの人類を救った存在。

 女神のお告げを受ける高レベルの神官でもない限り、女神と出会えるのは神託の儀の時だけ、人生1回限りだ。それ以外に女神様に会えるとしたら…………

「隠匿竜を倒したからまた実績でも解放してくれるのか?」

 そう尋ねると【榊】は一瞬悩んだそぶりをしてから、腕組をして首を横に振った。

「ん~、今回はなしやな! ナイクも頑張っとったと思うけど、実績はアンヘルにあげてもうた」
「それなら、なんで。こんなとこに呼び出しを?」
「え? 理由いる? すべての行動に目的があり、意味があるちゅう思い込みはアルケミスト系統がやりがちな誤謬(ごびゅう)やで」

 女神はそういって、するりとこちらに擦りよる。

 近く、本当に近く。
 唇が触れ合うほど近くまでまできて【榊】の黒い瞳が誘うように俺の眼をのぞき込んだ。

「ナイクに会いたかったから、じゃあかんの?」

 ゾクゾクした気分がして、思わず飛びのいた。

 会いたかった? 女神が?
 敬虔な女神信者なら泣いて喜ぶところなのだが、理解できない。
 神を理解できるなんておこがましいのだろうが、本当に混乱してきた。

 そもそもなぜ【死霊術師】に? 教会の話では【死霊術師】は女神の敵、禁じられた6つの邪悪のはず。

 【榊】は慌てふためく俺を見て大きくため息をついた。

「しゃあないなぁ、用って程の用ちゃうけどさ」

 【榊】は神妙な面持ちで俺の腹を指さした。

「自分らはどうするん? うちなら分離できんで」

 それから女神はうんうんと頷き、まるで誰かと会話しているようにケラケラと笑った。

「そこにいたいん? わっかるー、楽しそうやもんな。いいよ存分に遊んできぃ。還ってきたら話しきかせてや」
「誰と話してるんだ?」

 【榊】は俺の問いかけに困ったように首傾け、それからにっこりと微笑んだ。

「えーと、アルル、ルリ、リスチャ、チャートトニア、アロ、ローベルメ、メルト、トィークロア……アリス!…す、す…スザリル…………ル?」
「死霊たち?」
「ルマン!」

 なぜか名前でしりとりを始めた女神はひとりでン、ン~と悶えて笑い出した。

「いや、終わったぞ」
「まだ2,179人おんのに…………おわってもうたわ」

 【榊】はがっくりうなだれ、気を取り直すように頭をぶんぶんと振った。

「2,000人ってことはやっぱり死霊たち?」
「そう。自分優しいな。さすがうちが選んだ【死霊術師】や。2,189人、マナを使い果たしたのに人格の破片だけは自分の中に取り込みよったな。多分何の役にも立たんけど、全員自分中におるで」

 女神の言葉を聞いて、どっと安心した。
 隠匿竜討伐のために、死霊たちを消してしまったと思っていた。
 生きた証も残させず、輪廻にも還せず、跡形もなく消してしまったと。

「そうか、消えてなかったのか」
「みんな自分と一緒にいたいって。らしくなってきたやん」

 彼女がパチンと指を鳴らすと家は消え、また真っ白な空間に戻った。

 それと同時に【榊】の姿は消えて、誰もいなくなる。

「ごめんごめん。そんなに怒らんといてや。自分らが役に立たないって言ったのは謝るから」

 先ほどの発言を 死霊たちに責められているのかのような言い訳が空間全体にこだまする。全方向から聞こえる声は、こだまというより女神の中にいるような感覚だった。

「ナイクには死霊ちゃんたちからプレゼントがあるらしいで。帰ったら聞いてみてや。がんばって君のこと守ってたんだって」


 その言葉を聞いた途端に急速に意識が遠くなっていく。

 落ちるように、
 浮き上がるように、
 女神の空間から意識が離れていく。


「ではではナイク君。転職活動がんばー。うちは応援してんで。【死霊術師】の成長を」


 まるで夢から転げ落ちるように俺は目を覚ました。


「どこだ。ここ」

 見たことないベージュの天井。
 フカフカのベッドの上で寝返りうつと、嗅いだことない、いい匂いがした。
 目を覚ました場所は、何やらいいところのようだった。

 ベッドなんて久しぶりだ。開拓村を出てからは、いつも固い床の上だったがベッドとはこんなにいいものだったのだな。

 もう一度寝よう。

 そう思い、ちらりと周囲を見ると、上から覗く一人の男性と目が合った。
 角刈りのいかつい頭をした気弱そうな男。

「誰?」
「私ですか? 【土石術師】グンジョウです。A級パーティ青春朱夏出張料理隊のオペレーターをさせていただいております」

 見回してもこの部屋にはその男と俺のほかには誰もいない。

 男はその場で垂直不動に立ち上がり、それからぺこりと角刈りの頭を下げた。
 すっと差し出される名刺と斜め30度で固まる男性。
 その姿に圧を感じ、ベッドから半身を持ち上げて名刺を受け取った。

「あ、えーと俺…………私は【槍聖】ナイクです。頂戴いたします」

 受け取った名刺は、にこにこ笑顔で料理を食べているマスコットのようなロゴと、【土石術師】の連絡先が書いてあった。

『青春朱夏出張料理隊 専属オペレーター
 B級冒険者 【土石術師】 直通ID:ち_君の瞳にご馳走様でした』

「いや、誰だよ」

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あとがき設定資料集

【土石術師】
※HP 8  MP 7 ATK 5 DEF 5 SPD 2  MG 3
〜踏みしめた土は赤く、瘦せこけた草木は錆びた鉄のように脆い。突如降り積もった火山灰はその地の土を変え、その日から人々の生活はまるで違うものとなった。食べるものも、そして文化も〜

簡易解説:アルケミスト系統の役職。土石という高度に多様で千差万別の物質の扱いを得意とする役職。土石の定義には概念的な部分が多く、土石術師の能力を解明することができれば錬金術の時代が一つ進むといわれている。