神託から半年後、俺は行き倒れていた。
故郷から遠く離れた王国第3位の大都市。錬金都市マルチウェイスター。
明かりの絶えない不夜の空に幾千の工房が浮かぶ異形の街。かつて【勇者】と共に一界の魔王を討ち取った【錬金術師】が興したこの街は、建立千年を経た今もなお王国一の技術都市であった。
空飛ぶ自動人形や魔術力車たちが遥か上空の浮遊街の隙間を縫うように走り回っている。その下で、俺はフラフラ、フラフラと今にも倒れそうになりながら空から落ちてくるゴミを掻き集めていた。
ぽとん、と目の前に落ちてきた謎の肉塊に反射的にかぶりつく。およそ三日ぶりの固形物。濃厚で芳醇な腐った肉汁が染み出して、俺は何とか命がつながるのを感じた。味なんて何も感じないまま、食い散らかして飢えを満たす。
「お前らも食うか?」
まるで見張りをするようにこちらをジッと見ていた鳥たちに向けて肉を差しだすと、彼女らは腐り肉には見向きもせず、逆に俺に興味を失ったようにバサバサと飛び去って行った。
「おい! 貴様! ここが誰の縄張りか分かってるか?!」
急に声をかけられて振り返るとそこには3人の浮浪者たちがいた。彼らはこん棒を片手に威嚇するように歯をむき出して呻っていた。
「なんだ、こいつ。ゴブリンの生尻食って満足した顔してやがる。兄貴どうします?」
「ち、近づかない方がいいですぜ、兄貴! マジでやばい。カルマがどす黒に濁ってますぜ。人殺しの犯罪役職。10人以上殺してる!」
騒ぎ立てる取り巻き達に兄貴と呼ばれた体格のいい浅黒い男はすっと棒をこちらに向けた。
「この辺りの公園の浮浪者どもを仕切ってる【舞踏戦士】だ。貴様、見ない顔だな。名は?」
「名前……俺は【槍聖】、【槍聖】ナイク」
「【槍聖】?!」
彼らは俺の顔と杖代わりにしている槍とを3回以上往復してから不思議そうに首を傾けた。
もちろん嘘。
俺は【死霊術師】であって、【槍聖】ではない。だが【死霊術師】を名乗ろうものなら一瞬で処刑台に直葬だ。嘘をつくしかなかった。
「よくみりゃ、まだ神託したばかりのガキじゃないか。ママはどうしたぁ? え?」
「ママ?……さぁ、もう随分と会ってない。今頃パパと二人、魔物の腹の中でよろしくやってるんじゃないかな」
【舞踏戦士】を名乗った男は俺の返しに少し戸惑って、それから自らの髪をくしゃくしゃとかきむしった。
「あー、了解了解。若いのに苦労してるな。一つ忠告しておいてやる。ゴミ漁りにもルールがある。この辺のゴミの主は気難しい工房の学者どもだ。あんまり派手にやると目をつけられて衛兵を呼ばれるぞ」
【舞踏戦士】は自分たちから絡んできたにもかかわらず、意外にも気前良く微笑んだ。そして上を指さして乾いた声で笑う。つられて上をみると、またぽとりと、何か鱗のようなものが落ちてきた。
「じゃあな、ほどほどにしておけよ」といって立ち去っていく【舞踏戦士】たちの背を見送りながら落ちてきたものに意識を集中する。ガランガランと音を立てて転がるそれは間違いなく魔物の素材。空腹のあまり気が付いていなかったが、周囲にはそこかしこにまだ血の滴る新鮮な魔物素材たちが散らばっていた。
「いいんすか兄貴。あいつ絶対【槍聖】じゃないですぜ」
「俺らの縄張りなのに」
「放っておけ。ああいう手合いに関わるな。こちらから何もしなければ害はない。お前らも命が惜しかったら下手に手を出すなよ」
【舞踏戦士】たちの背中が見えなくなった瞬間から、俺は全速力で駆け回ってゴミというゴミを掻き集めた。この半年間まともに飲み食いすらできなかった俺にとってここは楽園だ。生ゴミがたんまりとある。
俺がこんなに落ちぶれてしまったのには訳がある。この国では何をするにも役職の証明が必要だったのだ。
街間魔導列車にのるにも、冒険者になって狩った魔物の素材を売買をするにしても、宿に泊まることすら自分の役職を提示しなければならなかった。存在するだけで大罪である【死霊術師】の俺にそんなことにできるはずもない。使うだけの路銀はすぐに底をつき、俺は瞬く間にゴミ漁りの浮浪者になってしまった。
財産はボロ切れ一枚に槍と腕輪のみ。村を出るときに持ち出した財産は道中でほとんど売り払った。手元に残ったのは槍一本と腕輪だけ。正確には父の形見の魔法銀製の槍の穂先と、どこにも引き取ってもらえなかった趣味の悪すぎる邪神の腕輪という装備品だけだった。
その穂先をつかって魔物の破片から可食部を剥ぎ取る。この魔物には毒があるのだろう。指先の皮膚が柔らかくなって指紋がなくなるが、気にせず頬張った。じゅわじゅわと頬の肉が溶けたが大した痛みもない、少し口が荒れるくらいのことは飢えと比べればあってないようなものだ。
「飯があるって最高だな」
この半年、国中を歩き回ったが小さな村も、大きな街も全てが役職で支配されていた。
【農家】は皆朝早くから草刈りをしているし、
【戦士】はどんな時でも魔物と戦わないといけない。
【鍛治氏】は毎日鉄を打つ日々だ。
伝説の【勇者】にでもなれば毎日が大冒険の生活を送らなければならないだろう。
どこを探しても【死霊術師】の居場所などなかった。【死霊術師】に待つのは㞔く死。
役職とともに前の【死霊術師】の記憶の一部を与えられたが、彼の人生はまさに死そのものだった。殺戮に次ぐ殺戮を繰り返し、親族も友も皆殺しにして、最期は百万遍の呪いを浴びながら処刑された。
まさに邪悪そのもの。それが【死霊術師】という役職。
【死霊術師】であるという秘密を誰にも打ち明けることができなかった俺は役職を聞かれるたびに逃げて、逃げて、逃げて、そしてたどりついたのがこのゴミの山だった。
「ひとつ ひとつの 影が堕つ
夜の帳に かくれんぼ🎵
呼べば呼ぶほど 遠のいて
6つの闇は死に いざなう🎵」
久しぶりに腹が膨れて少しご機嫌に歌をくちずさむ。
「いつ いつ 影が泣く
朝が来るのを 恐れてる🎵
誰も知らない その姿
そっと そっと 夢のあや🎵
生まれた瞬間 死が定め
決して許せぬ六人闇」
「おい! 貴様! ここがどこか分かってるのか?!」
また【舞踏戦士】たちが戻ってきたのかと呆れて振り返ると、そこにいたのは浮浪者たちではなく衛兵隊だった。4人組。前衛の戦士系が二人に後衛の魔術師が二人。
「通報に合った不審者発見いたしました。役職不詳、槍使い。レベル11」
「なんだ11か。大したことないな」
「油断しないで。秘匿スキル持ちです。これ以上判定できない。他にどんなスキルを隠し持っているかわかりません」
「隠し持つも何もあの恰好なら槍系だろ。槍しか持ってないぞ」
衛兵隊が俺の目の前で和気あいあいと談笑している。
「槍使い! 武器を捨てて投降してください。抵抗すれば射殺します」
魔術師たちがこちらに魔術を向けて威嚇する。構えているのはおそらく〈バレット〉、マナの弾丸を飛ばす優秀な魔術だ。
衛兵など敵に回したくない……が、俺は【死霊術師】だ。ただゴミ拾いをしているだけでも捕まったら最後、役職を調べられて処刑される。
仕方なく槍を握りなおした。
「抵抗する気か? 雑魚はおとなしくしろ」
ひとりの衛兵がいつのまにか背後に移動し、羽交い絞めにするように掴みかかってきた。咄嗟に相手の小指を掴んで動きを封じる。そして関節から逆向きに極めて腕をへし折った。痛みに呻く男の顎を蹴り上げ、鳩尾を踏みつけて肋骨折る。そのまま踏み抜いて肺を潰して意識を飛ばした。
「ひとり」
「う、撃ちます!」
痙攣する衛兵を盾にして、ふたりの魔術師から飛んでくる魔術の弾丸をよける。つかみかかってきたもうひとりの前衛の首に槍の柄をひっかけた。そして喉仏を押さえて呼吸を止め、背後に回って彼の頭を抱えた。
引っかけた槍に力を込めてくるりと回す。こひゅっと息がかすれる音とともに骨が砕けて首が折れた。
「ふたり」
これで足止めは十分だろう。
仲間を死なせたくないなら彼らは俺より仲間の〈ヒール〉を優先しないといけない。
だがそんな俺の考えもむなしく、魔術師のうち片方は仲間を助けるのではなく俺に向かって魔術を乱射してきた。
〈槍投げ〉
持っていた槍を投げて、魔術師の女の腕を射抜く。槍は貫通し、彼女をすぐ後ろの大きなゴミに縫い留めた。
「新兵だな? 厄介な」
恐怖に染まった表情で震えている彼女に即座に近寄る。刺さっている槍を抜き、そのまま今度は彼女の太ももに次々と槍をつきたてた。絶叫を上げる口を押えて声を止め、傷口をグチャグチャとかき混ぜて両足の大腿動脈を切断した。
これでこいつも致命傷。
「さんにん」
こちらを警戒しつつも味方を治療しようとしているもう一人の魔術師の傍に首を折った男を転がして、そのまま気配を殺す。
逃げ切れる、そう思った瞬間、俺を足は何かに掴まれた。鞭のような触手が地面から生えて俺を掴んでいる。触手は巻き付きながら、つぎつぎと分裂し、そのまま足から胴へと俺を雁字搦めに縛り上げていく。
瞬く間に俺はその触手によって吊し上げられた。
「〈葛〉。つかまえた。衛兵隊は安心して治療に集中してください。私、フリカリルトが対象を拘束しました」
さっき飛び去って行ったはずの黒い鳥たちが次々に降りてくる。黒い鳥たちは寄せ集まってひとりの少女になった。
漆黒のドレスを身に纏った金の髪の美しい少女。彼女は髪と同じ金色の美しい瞳でジッと俺を見つめてそのままコテンと首を傾けた。
「えーと、〈槍聖〉さんだっけ? 窃盗、公務執行妨害及び過失致傷の咎であなたを拘束いたしました」
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あとがき設定資料集
【死霊術師】
※HP 5 MP 10 ATK 4 DEF 3 SPD 5 MG 3
~優れた剣士が1人で3人殺す間に、 優れた魔物使いは100人殺し、 死霊術師は城を落とした~
簡易解説:現在までに確認された中で最も高いMPを誇るアルケミスト系統の役職。 直接的な戦闘力は低いが、 遠隔地から死体を操ることが可能で、 スキル構成次第で災害級の事態を引き起こすことができる。教会の定める禁止六役職 (六禁)の一つ。
※役職バフ
【役職】 によって与えられる身体能力の上昇値。 レベルが上がるごとにバフ値が加算されていく。 割り振りは役職によって異なるが、 合計値は全ての役職で等しく30(平均が5)となる。 ステータス値とも呼ばれる。元の身体能力からの加算値であるため肉体トレーニングは数値には表れないが有効である。
