呑まれゆく【死霊術師】は普通になりたい ~役職バレたら即処刑、禁忌役職の隠匿生活~





『隠匿竜、レベル135相当です! 繰り返します! レベル135相当です!』


 怒鳴りつけるようなフリカリルトの声。冷静なフリカリルトが声を荒げている。今がただならない状態にあることをはっきりと示していた。



「フリカリルト! 聞こえてるか!」
『はい』
「増援! 増援を頼む!」
『できません。隠匿竜は一階層を壊滅させてます。一階層の死者多数。もうグチャグチャ』
「なら一班は?」
『三階層で交戦中。識別名:光咲く大樹の木霊 レベル101相当』



 すがるように助けをもとめた俺に非常な現実が突きつけられる。135レベル相当の魔物が相手、かつ増援は望めない

 〈隠匿〉を剝ぐことはできたとはいえ状況は絶望的であった。



 水の刃が飛ぶも隠匿竜の分厚い鉛のような鱗に弾かれた。【水斧】が完璧に攻撃を直撃させたにもかかわらず、隠匿竜には傷一つない。


 レベル135
 人間ならレベル100を超えるだけで超人だ。135など【勇者】と魔王の御伽噺おとぎばなしにでてくるレベルの魔物。


 戦いについていけないのは俺だけじゃない。高ランク冒険者であるはずの【水斧】や【炎刃】すら隠匿竜との戦いについていけていなかった。隠匿竜の速さについていけているのは【暗殺者】だけ。それすらおそらくギリギリだろう。

 ここから俺にできることは本当になにもない。
 巻き込まれないようただただ逃げ回るだけ。

 〈隠匿〉を剝がさなければ分からないことだが、〈隠匿〉を剥いだからこそわかる絶望。

 そもそも勝てない。


 隠匿竜は、何か攻撃にあたったのか大袈裟に鳴いた。耳をふさぎたくなる程の爆音が洞窟中にこだまする。


 俺の足が止まった瞬間、隠匿竜はこちらに唾?を吐きつけた。



 弾丸のように迫りくる黒い影に反応することすらできず、それに当たりそうになったとき、突然現れた誰かにふっ飛ばされて俺は地面に転がった。


 俺を吹っ飛ばした【炎刃】は、黒い唾に胸を貫ぬかれて、その場に崩れ落ちた。


「インバル!」


 【榊】が【炎刃】に走り寄り、〈ヒール〉をかけようとする。いつのまにか彼らの真後ろにいた隠匿竜が、彼女の頭を狙うように、大きな口を開いた。


 「兄ちゃんたちから離れろ!」


 【水斧】が隠匿竜を蹴り飛ばし…………、返り討ちにあって、そのまま蹴り返され吹き飛んだ。その隙に、【暗殺者】とアンヘルが、それぞれ【炎刃】と【榊】をつかんで隠匿竜から離れる。



 俺と隠匿竜だけが残された。


 竜の大きな口から舌が伸びる。
 今度こそ俺を殺そうという強い意志。

 顔面に向かって真っすぐ伸びてくる舌は、当たれば即死だろう。

 舌先を視認するより早く
 俺の右手が、それをはじいた。


 舌に当たった右手の、
 爪が消し飛び、
 肉が削げ、
 骨が粉々に砕け散る。

 ぐちゃぐちゃにへし折れ、むきだしになった指の骨を見ながら、咄嗟に行ったであろう今の行動に感動した。


『弾幕はって!』

 フリカリルトの声が聞こえ、同時に3人の魔術師たちは、隠匿竜に向かって一斉に魔法の連撃を開始する。

 針の隙間もないほどの高密度の魔法の連打が隠匿竜を襲う。俺はこの隙になんとか他の冒険者たちの後方に逃げた。



 魔法の連撃はチクチクと何発も掠るも、そのすべてが隠匿竜の分厚い皮膚にずらされ弾かれていた。魔法を避けようと大袈裟に飛び回る隠匿竜は確かに痛みは感じているように見えるが、まるで丸い小石を踏みつけているかのごとく、ダメージが通っている気がしない。



 魔術師たちが弾幕を張り続けるなか、【僧侶】と【雨乞い巫女】が一瞬攻撃をやめ、交差するようにお互いに呪文を唱えて防護壁による結界を張り、結界内全体に〈ヒール〉をかけた。

 〈ヒール〉によって壊れた右手が元に戻っていく。

「【仮聖】!」
「インバル。自分まだ動いたらあかんて」

 結界の中で、治療を受けていた【炎刃】が俺の腕をつかんだ。


「お前には礼をいわないといけない。お前がいなければ俺たちはラインが死んだことにすら気づけず、そのまま順番に死んだろう。今のはその礼だ」

 【炎刃】が自らの胸をさする。傷自体は〈ヒール〉で癒えてはいたが、鎧にはぽっかりと大きな穴が開いていた。彼は、いまだ治療を受けている【雷弓】の姿をちらりとみてそれから俺に向きなおった。

「【仮聖】絶対死ぬな。俺たちが借りを返すまで死ぬことは許さんぞ」

 彼は結界内に留めようとした【榊】を振り払ってまた隠匿竜との戦いに戻った。


「【仮聖】結界の中におるんやで、自分が狙われてる」
「はい」

 
 そう答えた瞬間、結界は割れた。
 先ほど作ったばかりの防護壁が粉々に砕ける。



 結界に体当たりした隠匿竜がそのままこっちへ向き直った。



「ナイク! 隠れてろ!」


 アンヘルが俺の前に立つ。
 直後、目の前のアンヘルは吹き飛び、黒い影が首を掠り去っていった。

 首元から血が垂れる。
 あと、ほんの少しでもズレていれば首が飛んでいた。


 死を実感する暇すらない。



 振り返って隠匿竜を見ると、交差に合わせるようにアンヘルが突き立てのであろう折れた槍が、奴の腕に軽く突き刺さっていた。だがその槍も隠匿竜がヒョイと片手を振っただけで簡単に外れた。


「〈突き立て〉てもダメージなしか」

 うめき声とともにアンヘルが悔しそうにぼやく。

 あたりを見渡せば、前衛の冒険者たちがうめきながら地面に転がっていた。【炎刃】はまたも胸を貫かれて血を噴き出しているし、【水斧】も腹をうたれたのか膝をついている。唯一立っている【暗殺者】も目を潰されてフラフラだ。


 こんなの勝てる気がしない


 隠匿竜はもう一度、こちらを向いた。
 しかも間違いなく俺は狙われている。


 一瞬で飛び込んでくる隠匿竜の影。


 目の前に現れた隠匿竜の虚ろな眼。
 あまりの速さに何の反応できず、俺は隠匿竜の口に飲み込まれようとしていた。
 パクリと大きく開いた口の中にはほとんど歯はなく、代わりに鉄塊ような唇と、押しつぶすことに特化した巨大な舌が生えていた。


 沼地の底のようにつめたい舌が頬に触れる。


 すり潰される

 自らの未来を悟った瞬間、俺の右手が、隠匿竜を殴り飛ばした。

 

 情けない鳴き声をあげて飛んでいく隠匿竜。
 内側に凝縮されるような痛みと共に再び右腕が壊れるが、俺の命はなぜか助かった。


「〈金色〉?」

 
 そばにいた【雨乞い巫女】が驚いたように目を丸くしてこちらをみる。


 金色…………〈一筋の金色の槍撃〉は命がけギリギリの状況で、身体能力を爆発的に引き上げる逆転スキル。最高倍率は瀕死状態でのATKとSPD3倍。確かに〈一筋の金色の槍撃〉なら隠匿竜を殴り飛ばすことができるだろう。

 だが【槍聖】の〈一筋の金色の槍撃〉は【死霊術師】の〈死霊の囁き〉のようなもの。他の役職がまねできるものではない。


「〈金色〉なのか?」

 その答えは俺の中から聞こえた。

「なにいってるの? 君は【《《死霊》》術師】ナイク!」

 俺の壊れた右手の中から、うにっと死霊が顔を覗かせた。

「死霊術師、死霊を操る術師だよ。そして、ここに死霊がいる。2100人分」

「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「いてこまーす」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺しちゃえ」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「ぶっ殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺すぞい」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「きゃっきゃ」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「殺そう」「きゃっきゃはははは」
「みんなで殺そう」
「アイツを殺そう」

 体の内側から響く怨嗟の大合唱。おびただしい数の死霊たちはまた初めて会った時のような大きな死霊の集合体になっていた。

「僕らがいる」「残り1800人分」「マナの塊。使って殺して」
「使い切っていいよ!」
「S級死霊もいる!」「すごい!」
「でもね」「条件付き、じょうけんつき」
「0.5秒!」「0.5秒しかもたない」
「しれいじゅつしの体ぐちゃー」「自壊!」
「しれいじゅつしが悪いんだよ」
「〈降霊〉も〈死霊契約〉もない」「キライ!」「いけない子!」
「サボり」「ダメダメじゅつし」


「だからこの体、勝手に使うね」


 大きな死霊から一人飛び出した【大食姫】の死霊が俺の頭の周りをまわり、そしてまた体の中にもどっていった。


 砕け散った右腕は誰の〈ヒール〉を受けたわけでもないのにひとりでにぐちゅぐちゅと音を立てて元に戻った。

「残り1750人!」

 大きな死霊は自らの体を消費しながら嬉しそうに笑った。