呑まれゆく【死霊術師】は普通になりたい ~役職バレたら即処刑、禁忌役職の隠匿生活~



 大規模クエスト四日目、第二階層。
 竜種:赤蝶の主討伐が完了した。

 強力な竜種とはいえ、こちらはSランク冒険者率いる高ランク冒険者9人班。結果を見れば、誰一人欠けることなく討伐を行うことができた。
 
 まさに大勝利だ。さっさと帰って■■■■■■から■■■■を■■■。

 早く帰りましょう、と伝えようと冒険者たちの方を向くと、彼らも疲れ果てたように地面にすわりこんでいた。倒した赤蝶の主の死骸を前に、感慨深そうにお互いをたたえあっている。

 そんな冒険者たちの中で、ただ【炎刃】だけが何かウキウキした足取りで竜の亡骸に向かっていた。

 多分、食べるつもりだろう。

 【炎刃】は【暗殺者】を引き連れて、竜の前で分け前の相談を始めた。

「配分どうします?」
「そうじゃな。とりあえず翅は売れそうじゃの」

 【暗殺者】は死骸から、赤い薄翅を切り離した。

「では翅とそれ以外とかどうでしょう?」
「おぬしらがそれでいいならいいが」

 仮登録冒険者の素人目に見ても、あきらかに翅の方が高価にみえたが、【炎刃】は嬉しそうに頷いた。

「ではそれで」
 
 【炎刃】は手慣れた手つきで竜の6本の脚を切り落とした。撫でるように鱗を落とし、脚を焼いていく。
 しばらくすると肉が焼ける匂いがして、【炎刃】パーティの料理支度が始まった。【炎刃】が肉を焼き、【榊】がテーブルを作り、【水斧】が水を用意する。【■弓】はテーブルにつきジッと料理が来るのを待っていた。

 あまりにも自然な流れで始まったので俺がおかしいんじゃないかと思ったが、幸いなことに【暗殺者】のパーティメンバーも変なものを見る目で彼らを見ていた。

 【炎刃】が真っ赤な竜の鱗の隙間から竜の肉を斬りわけ、火の刃によって剥がれた鱗がこちらに飛んできた。


 赤い鱗…………
 ■■■■■■の鱗。


 手元にたまたま持っていた■■■■鱗と、剥がれて地面に飛び散った赤の鱗を見比べる。
 赤蝶の主の鱗は鮮やかな赤、■■■■は■色。

 なんだか違和感を感じるが、同一個体で場所によって色が違うなんてことはよくあることだ。別におかしくない。

 思わず握りしめた鱗の、びっしりと敷き詰められた溝で指が切れ、鱗は出た血を吸い取った。俺の血に染まり赤色に輝くそれは、確かに赤蝶の主の鱗そっくりだった。


「なぁ、仇は討てたか?」


 漂っていた【螟ァ鬟溷ァォ】の■■にそう聞こうとして、違和感に気がついた。
 ■■が誰もいない。

 あたりにいるのは満足した顔で竜の肉を齧っている【炎刃】たち3人組と、神妙そうな顔で傷の手当てをしている【暗殺者】や【■■】、【雨乞い巫女】。
 最後に不思議そうにこちらを眺めてるアンヘルだけ。


「あれ?」

 やはり何か違和感を感じてあたりを見回すが、何もおかしなことは見つからなかった。唯一、不思議なことといえば羽虫のような形の金属が地面に落ちていたことくらいだ。

 白い金属を拾い上げて眺めると不思議そうにこちらを見ていたアンヘルが寄ってきた。

「オリハルコンか?」

 アンヘルが俺の摘まみ上げたゴーレムを指さした。

「さぁ?」

 なんとなく捨ててはいけない気がして懐にしまうと、アンヘルは咎めるように俺の手をつかんだ。

「お前のじゃないだろ。錬金術用合金(オリハルコン)なんて【槍聖】には要らねぇ」
「拾ったものは俺のだろ」

 アンヘルは呆れたように口をあんぐりあけた。

「マジでどういう育ちしてんだ」
「他の誰かのか? それこそないな。三班メンバーにはアルケミスト系はいない。戦士系四人、アサシン系二人、魔術系三人だ。二班のメンバーかもっと昔に何者かが落としたんだろ。貰っても問題ない」
「死人からは貰ってもいいってか…………テメェは相変わらずだな。それに一人多いぞ。ボケたか? アサシン系はジジイひとりだ」

 ■■■■■■■?

 めんどくさくなってアンヘルを振り払い赤蝶の主の所へ向かった。
 濃厚な血の匂いを滴らせながら、モグモグと竜を食べている【炎刃】たちの脇をぬけ、竜の裏へ。
 

 だがそこにも死霊はいなかった。


 みんな、どこに消えた?

 さっき赤蝶の主の真の居場所を教えてくれた死霊たちに礼をいいたかったのだが、影も形もない。ダンジョン核の竜が死んだから女神に還ったのだろうか?

 それにここは第二階層の入り口だ。

 他にも何人か死霊がいたはず。
 俺は死霊を探して、思わず〈死霊の囁き〉を強化するようにマナを注ぎ込んだ。

縺翫→縺励※繧九h(おとしてるよ)

 どこかから声がして、手に■が押し付けられる感覚がした。

 ■?

 疲れすぎて意識が朦朧としているのか頭が回らない。
 もう一度しっかり確認するように自分の手のひらの上の竜の鱗を眺めた。


 (にび)色の■。

 一人の妙に輝きの強い死霊が、■色に光る鱗の上でぴょこぴょこと跳ねていた。

「ああ、そんなとこにいたのか」


 鱗を見ていると、雲をくぐったような息苦しさをかんじた。意識全体が一段階下に落ちたような不思議な感覚。まるで何か、真っ黒な泥に潜ったような粘つく悪意を感じた。

「他の子達はどこにいる?」

 【大食蟋ォ】の死霊に話しかけようとした瞬間、彼女の姿は掠れて消えた。

 まるで〈死霊の囁き〉が何か別の力に塗りつぶされたように何も聞こえない。
 慌てて、もう一度〈死霊の囁き〉にマナを注ぎ込むも、何も見えなかった。

「ナイクどうした?」

 アンヘルが違和感に気がついたのかこちらに駆け寄ってきた。

「おかしい。匂いが消えた」
「におい? 〈血の香り〉か。やっぱりまだだよな。ダンジョンが壊れた感覚がネェ」
「どういうことだ? さっきのが核じゃないのか?」
「ああ。テメェは初めてか。核が壊れれば普通はダンジョン全体のマナが消える。なのに今はあの竜が死んだのに何も変わってねぇ」
「核じゃない? じぁなぜ呑気にBBQしてんだ。早く伝えないと」

 【炎刃】たちの方へ駆け出そうとすると、アンヘルは俺を止め、首を横に振った。

「落ち着け。BBQくらいいいだろ。とりあえず今は、オメェの感知スキルだ。多分知らないだろうから教えてやる。パッシブスキルに力を入れる時は、部位を意識するんだ。スキルを使うところにマナを流せ」

 アンヘルの発言も要領を得ない。
 だが、妙に真剣な面持ちで俺の鼻を指す彼が言いたいことはわかった。

 スキルを使うところは、目と耳。

 目を大きく閉じて、そこにマナを集める。まるで何かに邪魔されているような感触がして体の中でマナが突っかかり、うまく目にいかない。耳も同様。

「ダメだ。うまくいかない」
「いや、できる。それが役目だろ」

 アンヘルはそう言って俺に〈鼓舞〉を流し込んでくる。

「もう一度だ」

 【死霊術師】の体中の有り余るマナを目に押し付けた。突っかかりを押しつぶすように流し込むと、鈍い痛みと共にブチブチしこりが剥がれていく。

 血管が切れたように目尻から熱い血が流れた。
 頭痛が激しくなり、耳が燃えるように痛む。

 あまりの痛さにやめそうになった時、囁きが聞こえた。

「やるじゃん」

 
 【大食姫】の死霊が耳元で囁き、振り返った俺は信じられないものを目の当たりにした。


 あたり一面に夥しいほどの大量の死霊が渦を巻いていた。


「いるよ?」「いる!」「ずっといるよ!」
「おーい、しれいじゅつしぃ!」
「あ!みた。こっちみた」
「気がついた!」「ヤッタァ!」
「見て」「見て」「やっと気がついた」
「ここ」「立って!」「まだ終わってない」
「いるよ!」「みんないる」
「いっぱいいるよ!」「まだだよ」
「アイツがいる」「落ち着いて」
「動いちゃダメ」「ヤッタァ!」

「初めてだ!」
「遂に気がついた」
「急いで!」


「あの子、死んじゃうよ」


 突然現れた大量の死霊達の大合唱がこだまする。

 いや、違う。彼らが突然現れたのではない。

 【死霊術師】の経験と本能が告げている。
 彼らではなく俺が突然聞こえ無くなっていたのだ。死霊たちはずっと、ずっとここにいてそして叫んでたんだろう。気がつかなかったのは俺の方。死霊の声がしていたのに、まるで今まで何かに覆い被されたように彼らの存在を認識できなかったんだ。

 周囲を見回してもまだ違和感は消えなかった。

 場を埋め尽くすほどの大量の死霊が増えただけで現実は何も変わってない。

 満足した顔で竜の肉をほおばる【炎刃】たち3人組と、神妙そうな顔で傷の手当てをしている【暗殺者】や【■■】、【雨乞い巫女】。最後に心配そうにこちらを眺めてるアンヘルだけ。
 

 困った俺の上で【大食姫】死霊が何かを伝えようと必死に跳ねる。


「思い出すんだ! あんたは知ってるはず。そうじゃなきゃ全員死ぬぞ。全員。ここのみんな。【槍聖】も【雷弓】も、もちろんあんたも。あんたが気付かなきゃ全員」

 【大食姫】は何かを伝えたいのだろう。

「あんたの〈■■〉と■■■」

 相変わらず重要な所は塗りつぶされたように聞こえない。
 ……塗りつぶされた?

 ふと、フリカリルトの言葉が頭に浮かんだ

『〈隠匿〉はそこに全く読み取れない穴があくの。何かで塗りつぶしたみたいにぽっかりと。上手い隠し方ってのは穴の存在すら認知させないようにすること。〈隠匿〉は情報を隠すスキル。もし覆い隠しているという概念情報すら覆い隠せる〈隠匿〉使いがいれば、それの存在に気がつくことなんて誰にもできないでしょ?』

 
 急に思い出したフリカリルトの〈隠匿〉の説明。難しすぎて聞き流していたが彼女は確かにそう言っていた。
 
『読み取れない穴があくの。何かで塗りつぶしたみたいにぽっくりと』


 もしかして、これは〈隠■〉?


 何が起こっているのかを理解した瞬間に、靄が晴れるように視界が鮮明になった。
 目と耳に残っていたしこりが消えていく。


 そして
 目の前、正確には赤蝶の主の肉を頬張る【炎刃】たちの横に、
 地面を這いずる等身大の(アイツ)の姿が見えた。


 その竜はモグモグと【雷弓】を頬張っていた。


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