呑まれゆく【死霊術師】は普通になりたい ~役職バレたら即処刑、禁忌役職の隠匿生活~



「それ、弁償しろよ」

 【巨大蟷螂】を倒したアンヘルは俺の手の中の団扇、というかもはや団扇としては使い物にならなくなった物体を見て眉をひそめた。

「悪い。金がない」
「テメェ、マジかよ」

 アンヘルが声を荒げようとすると、青髪の女の子が俺たちの間に割り込んだ。

「あたしが買ってあげるから! この話終わり!」

 そう言いながら【雨乞い巫女】はアンヘルの手を一瞬だけ取り、そのままこちらへ向きなおった。彼女もすでに蟷螂は倒してきたようで、綺麗な青髪に緑色の蟷螂の体液がべったりついていた。

「助かりました。【槍聖】ナイク。ありがとう。ほら、アンヘルもお礼いって。終わったらまた小虫退治行くよ」

 それだけ言い残して、彼女はまた階段の方へ小虫潰しに戻っていった。

「よかったな。プレゼントだ」
「テメェが買えよ」

 忙しそうにまた小虫退治を始めた彼女の背中を見送りながら、アンヘルは少し戸惑ったように、首を傾げ、そのままため息をついた。

「あー、助かった。その…………〈隠匿〉強いな」

 心から悔しそうに言う彼の姿に少しだけ笑みが漏れる。

「どうも」

 そう答えると、アンヘルはまたムカついたように眉をひそめた。

「調子乗るなよ。テメェだけ一匹だったからな」
「オーバー」
「うっぜぇぇぇぇぇ! やっぱテメェとは仲良くできる気がしねぇ」

 アンヘルはそう吐き捨てつつも、俺の肩を掴んだ。

「まぁいい、ナイク。その〈隠匿〉を俺にもかけられるか?」
「〈隠匿〉? どうするつもりだ?」
「隠匿状態でレビルに打ち上げてもらってあの竜の翅を潰す。ここなら壁をけって走れる」

 アンヘルが壁を指さした。ここはさっきまで戦っていた二階層の真ん中とちがって壁がある。
 だが垂直に切りたつ崖だ。
 走って登れるようなものではなかった。

「無理だろ」
「テメェと一緒にするな。俺はできる。だからテメェの〈隠匿〉を借せ」

 竜と戦う高ランク冒険者たちの様子を見ると、相変わらず魔術を打ち合うだけの硬直状態に陥っているようだった。弾幕のように魔術や矢が飛んではいるがあまりうまく進んでいるようにも見えない。


 逆に階段側の【雨乞い巫女】レビルも、まだ大変そうに虫を潰しているが、今まで3人でずっと潰し続けていたおかげでその数はだいぶ少なくなっていた。
 
『その作戦ですが、〈隠匿〉は本来は自主対象スキルです。他人にかける場合、比較にならないほど大量のマナ消費を伴います。レベル13の【槍聖】のMP量では成功確率は低いかと』
「フリカリルト。MPがその3倍なら?」
『えぇ? それなら一時的なら可能かも』

 役職隠す気あんの? とでも言いたげな返答がフリカリルトから帰ってくる。流石のアンヘルも苦笑いをしていた。

 【槍聖】が嘘だとばらすような行為だが、しょうがない。

 命が一番だ。ここは逃げ場がない。あの竜を倒しきらなくては死だ。俺は二班のメンバーのように■■も残さず死ぬなんてまっぴらだ。

「わかった。やってみよう」
「よし、きた」
「体を縮めろ」

 言われるがままに赤子のように縮こまったアンヘルに〈隠匿〉をかける。まるでアンヘルの上に絵をかくように〈隠匿〉を塗っていく。ごっそりとマナが持っていかれる感触がしたが、確かに〈隠匿〉がアンヘルを覆った。

『ナイク。アンヘルの後にあなたも飛ぶことを提案します。その方が確実。弾は二発。一発目は機敏に動き、二発目はより見えにくい。アンヘル、ナイクの順で飛びなさい』

 フリカリルトのゴーレムがアンヘルにも聞こえる音量でそうしゃべった。

 え、俺も飛ぶの?
 と言い返したくなったが、アンヘルはフリカリルトの言葉にうんうん頷いて、もう一度俺の肩をつかんだ。

「フリカリルト様もこう言ってるし決定だな」
「ああ? 無理」

 アンヘルとまた睨み合うと、今度は俺とアンヘルの間に羽虫ゴーレムが割り込んできた。

『【槍聖】ナイク。流れ弾は心配いりません。タイミングは私が調節します』
「決まりだな。おい! レビル!」

 アンヘルに呼びつけられて【雨乞い巫女】が戻ってくる。

「俺らを〈上昇気流〉で打ち上げてくれ」
「はぁ?! あれはただの風よ! 人を持ち上げる力なんてないし」
「大丈夫、レビルならできる」

 アンヘルは彼女の肩を掴んで、何かのスキルを発動した。力のようなものが【雨乞い巫女】の中に吸い込まれていく。

『〈鼓舞〉です。指定した相手のスキルを強化します。さっきあなたにも使ってましたよ。OVER』
「どうりで一発で〈隠匿〉掛けれたわけだ、オーバー」

 確かに父に聞いた【槍聖】のスキルには〈鼓舞〉があった。こいつはこんな性格だが本物の【槍聖】なのか。

 そんなことを考えながら、何やらモゾモゾとしながら準備している二人を見ていると、突然アンヘルがポンッと上空に打ちあがった。〈隠匿〉で覆われているお陰か、音もなく竜のほうへ飛んでいく。


 ブンブンとこちらへ手招きしている【雨乞い巫女】に近づくと、急激な浮遊感が足元を襲った。

「いってらっしゃい!」

【雨乞い巫女】の言葉と共に足と地面が離れていく。足をばたつかせてももう地上に戻ることはできず、体はどんどんと浮き上がっていった。

 体は次第に加速し、高度が上がる。

 小石のように小さくなっていく【雨乞い巫女】とは逆にどんどんと近づく赤い竜。

 間近でみたその竜はあまりに大きかった。


 四枚の赤い羽根が視界いっぱいに広がる。それぞれの羽根には、瞳のような大きな紋様がついていてまるでこちらを見つめられているように感じたが、竜の視線はこちらではなく、アンヘルと【暗殺者】の方を向いていた。

 二人がダンジョンの壁を走って竜の攻撃を避けているのが見える。無数の火の玉が彼らに向かって襲い掛かっていた。


 爆ぜる岩々と、飛ぶ投げナイフ。だが【暗殺者】の投げたナイフは竜をすり抜け明後日の方向に飛んでいった。

 「目で見るな! 影の上だ!」


 すれ違ったアンヘルはそう言って落ちていった。

 空振ったのだろう、彼は槍で虚空を切ったように変な体勢になっている。


 竜の複眼が落ちていくアンヘルを追いかけて下を向いた。ぼとりとした〈虹色油弾〉が口から垂れていく。追撃のように吐き出そうとしている。

 幸いにも竜はアンヘルに夢中で、こちらには気がついていなかった。どんどんと近づいて来た竜の姿は透明で、どこか後ろが透けているようにも見える。


 そして俺はそのまま竜の羽根を貫通するようにすり抜けた。


「?」


 なんの感触もなく、そのまま通り抜ける。
 意味も分からず混乱したところに一つフリカリルトの言葉が思い浮かんだ。


『【幻惑蝶】収斂進化個体』


 【幻惑(・・)蝶】

 とっさに死霊を探した。


「こっち」
「こっち」
「そっちじゃないよ!」
「ここ!」



 何人かの死霊達が寄り集まって、場所を指し示していた。

 竜からほんの少し上空の一見何もない空間。だがよく見ればそこは水をぶちまけたように空間が歪んでいた。


 〈槍投げ〉


 何もない空間にコツンッ!と情けない音をたてて投げた槍が弾かれた。


 自分はレベル12、そりゃそうだと思ったのと同時に、ゾクッとした寒気に襲われた。

 背後から何かが飛んでくる。

 そう思った次の瞬間、バチチチチと大きな音を立てて雷をまとった矢が俺の脇を通り抜け、槍が弾かれた空間に突き刺さった。


 爆発するように閃光が炸裂し、
 俺はそのまま地面に激突した。

 

 受け身を取り衝撃を逃がすも、いなしきれるものではなく、ゴロゴロと草地の上を転がった。

 かなり高いところから落下したせいで全身が痛い。

「もしかして受け止めてあげる必要あった?」



 【雨乞い巫女】が心配したように俺に声をかけ、そのまま槍を渡してくれた。彼女をにらみながら見上げた上空では、いくつもの魔法と共に【暗殺者】と【槍聖】【雷弓】が空中を走り、先ほどの空間に集中砲火を浴びせている。

 ギチチチチチチ

 火打ち石をひたすら擦り合わせたような奇声がして、再び空がグズグズのスライムのように溶けた。



 今まで見えていた赤い竜の姿がぼやける。

 そして、急に波状の光が一体を覆い、空の幻惑が全てかき消えた。そこに残ったのは赤い竜。しかしさっきまで見えていた幻影より遥かに小さかった。


 その竜にむかって一斉に魔術が、炎の刃が雷が槍が飛びかかる。高ランク冒険者たちの一斉攻撃を浴びた竜の火打ち石のような悲鳴が轟いた。


『〈幻覚〉を〈スキル繝悶Ξ繧、繧ッ〉してかき消したようです。【槍聖】、【雨乞い巫女】、お手柄です。後は彼らに任せましょう』
「はーい。フリカリルト様」

 その後しばらくして雷と共に地響きがなり、竜が地面に落ちるのがみえた。落ちた竜は【榊】の生んだ樹に絡めとられ、【水斧】によって頭蓋を、脳を砕かれて死んだ。

 ほんの少しだが経験値が入る感覚がして戦いは■わった。

 竜の死とともに押し寄せていた虫達は急に立ち止まり、蜘蛛の子を散らすように散り散りに立ち去っていった。


「終わったみてぇだな」

 いつのまにか俺たちの横に降り立っていたアンヘルがその場に座り込んだ。

「アンヘルのせいで疲れた」

 【雨乞い巫女】もその場に跪く。
 他に魔物がいないか確認するが不気味なほどに魔物の一匹もいないかった。
 それどころか■■1人見つからない。


「ぜんっぜん竜の経験値貰えねぇぞ。俺ら虫潰しただけかよ」
「竜の分あるの? ずっる! あたしなんてゼロよ。ゼロ。飛ばしたのあたしなのに」

 横を見ると2人が仲良さそうに、経験値について文句を言っている。
 当たり前だがほとんど竜にダメージを与えていない俺たちには経験値は流れてこなかった。

 正直、生き残ったので大満足で経験値とか気にもならないのだが冒険者の二人は不満そうにブーブー文句をいっている。

「おわった…………」

 安心して、ヒューヒューと息を切らしている俺を見て、アンヘルと【雨乞い巫女】の2人はケラケラと笑ってい■。

 強かった。

 これが、第二班を■■た魔物か。
 ヘナヘナと崩れ■■■俺の■に、【大■■】の残した■が突き刺さった。

 『■■■■■返事■■■■終■■■ない』

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 目の前でぽとりと羽虫のような魔物が落ちた。


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あとがき設定資料集

【雷弓】
※HP 2  MP 4 ATK 6 DEF 1 SPD 9  MG 8
〜雷を纏った一撃は、獲物の体に美しい樹木のような模様をのこす。雷樹花と呼ばれるその紋様は、電流の通過痕もしくはそれが皮膚の上を通った際の衝撃波により、血管が破裂した痕である〜


簡易解説:アサシン系統の役職。〈射雷〉という矢に高電圧の電撃を纏わせるスキルを持ち、その放電現象により獲物を破壊することが可能。漏電に耐えるため本人も非常に強い電撃耐性を持ち、ほとんどの電流を地面に流すことが可能。ただし空中にいるときはこの耐性は機能しないので注意。