呑まれゆく【死霊術師】は普通になりたい ~役職バレたら即処刑、禁忌役職の隠匿生活~



 空の隙間から覗く鮮血のように艶やかな赤の紋様。


 爬虫類のような巨大な顎と、鉄柱のように太い六本の脚、そして天を覆うほど大きな4枚の翅。巨大な複眼の、数百もあるだろう瞳がぎゅるりと回転し、こちらを向いた。

 空の裏から現れたのは、まるで蝶のように美しい翅をした赤い竜だった。

「竜!? こいつが二班を!?」

 竜は上空から、ボタリ………と紅色に輝く鉛玉のようなものを吐き出した。
 まだらに光る虹色の玉が落ちる。


 『ナイク! 離脱!』

 フリカリルトの声に我に返る。
 俺は近くにいた【水斧】の後ろに飛び込んだ。


 灼熱に熱せられた虹色の巨大な炎弾が、地面に落ちて、あたり一面の下草が一瞬で燃えあがった。


 【水斧】が身の丈もある斧を振るい炎を逸らす。

 かろうじて【水斧】の陰に隠れて炎をしのいだが、それでも周囲の強烈な熱気はを感じる。

 熱風包み込み、巻き上がる上昇気流に火が揺らぐ。急いで周囲の草を切り取り、自分の周りだけは燃えないようにするも、揺らめく火に舐められて、腕が軽く炙られた。


『【幻惑蝶】収斂進化個体、竜です』


 空の裏から赤い竜が翅をはためかせる。

 ただ飛んでいるだけ、なのに風圧に飛ばされそうになるほどのはばたき。燃え広がった火が風で巻き上げられて、また大きな炎になった。

 重低音の羽音のせいで周りの人達が何をいっているのか聞き取ることすらできないが、彼らが戦闘態勢に移ったのだけは理解できた。

『ナイクじゃ勝負になりません! 〈隠匿〉』

 慌てて〈隠匿〉を強化して自分の存在感を消す。

 隠れるところを探して見回していると、【僧侶】【榊】【雨乞い巫女】の魔術師たちが何かを唱えて、マナの弾丸〈バレット〉を撃ちだした。

 外れることなく、10、20もの〈バレット〉が竜に直撃する。

 俺の骨を枝のようにへし折る威力の魔術だが、その竜はダメージを受けるどころか、揺れることすらなかった。

『ナイク。こちらです!』

 フリカリルトの羽虫ゴーレムがぶんぶんと俺の前を飛ぶ。先導されるまま、上を向いている冒険者たちの横をすり抜け、大きな岩の影に身を隠してうずくまった。

『【幻惑蝶】収斂進化個体。識別名:赤蝶の主と命名されました』
「蝶…………」

 空を飛ぶ竜の、鉄柱のような六本の脚、赤い華麗な4枚の翼は確かに蝶のように見えた。

「竜種。久しぶりに見た」

 全ての魔物は竜へ至る。魔物の頂点、最終態。長く生き大量のマナを蓄えた魔物は生まれた時の姿がどうであれ、最終的には同じような姿に成長を遂げる。

 空を舞い、湖に潜り、硬い鱗で全てを阻み、鋭い爪牙は万物を切り裂く。その血は毒を持ち、胃腸はどんな毒をも耐える。まさに他の生命を殺すために理想的な姿。魔物が収斂するは美しき生命。それが竜。

 上空を飛ぶ竜は、元は蝶のような魔物だったのだろうが、今は赤い翅と手足を除けばまさに竜という姿をしていた。


 その竜に3人の魔法使いたちが変わるがわる〈バレット〉を撃ち込みつづけている。あまり効果があるようには見えないが、竜は動くことなくその場に留っていた。


 バチンと痺れるような破裂音がして再び光の矢が天へと昇る。竜は強く羽を震わせ、ひるがえるようにその雷撃を避けた。

 口だけで人の十倍以上はありそうな体躯にも関わらず、虫のように軽やかに宙を飛び回っている。

 そして上空から、またボタリと紅色に輝く炎弾を吐き出した。灼熱に熱せられたような巨大な炎弾は、地面に落ちて、また燃え広がる。さっき燃え尽きたはずの草々はダンジョンによって急速に補給されていて、再び熱風が巻き上がり、炎が揺らぐ。


 慌てて岩の上に登り、炎から逃げる。火は凄まじい勢いで燃え終わり、巻き上がる突風で竜は一気にはるか上空、二階層の高い天井付近へ浮かび上がっていった。



『〈鑑定〉結果報告します。スキル〈虹色油弾〉、高温に熱した油で爆発性物質を包み込み、着弾の衝撃で爆発、瞬間的な燃焼を引き起こします。着弾地点は燃焼により酸欠状態となるので、火炎以上に危険です。気を付けてください』
「酸欠ってここ洞窟だぞ!もつのか?」
『ダンジョンが補給しているようです』

 燻る火の粉を払い、灰になった下草の残骸を払いながら再度岩陰に隠れる。

 竜は相変わらず不規則に空中を飛び回りながら、ボトボトと油の玉を落としづづけていた。燃え広がるための下草をダンジョンが補給し、落下地点には毎回火柱が上がった。

 冒険者達は、二人一組に分かれて、それぞれに火を防ぐ役と魔術や遠距離スキルで攻撃する役のユニットを組んでいる。竜は俊敏に攻撃を避け、冒険者達は堅実に攻撃を逸らし続ける。隙間なく攻撃が飛び交っているにも関わらず、戦いは互いに一つの有効打すらない硬直状態になっていた。


 打ち出される魔法や矢が一つ、二つ、三つ、四つ。
 落ちてくる火の玉は一つ。二つ。


 時たま飛んでくる流れ弾に当たらないように竜を視線で追い続けながら、より強く〈隠匿〉をかけ直す。単純に比較できるものではないだろうが、数だけでいえば冒険者たちの方が有利に見える。戦いが始まった時は、この場から即逃げ出して逃げ帰ることも考えたが勝てる気がする。


 気が付かずに握りしめていた竜の鱗から、チクリと痛みがした。
 【大食姫】たちはあの竜にやられたんだろうか。

 確かに手ごわい相手だが高ランク冒険者達が、1人残らず全滅するとも思えない。もしかしたらあの竜には何か、別の奥の手があるのかもしれない。


 こんな派手に争い続けていればいつか魔物側の応援が来るだろう。ダンジョンは一つの生き物のようなもの。魔物とはダンジョンのために働く細胞だ。ここは真ん中の第二階層だ。挟み撃ちになる危険性もある。

 飛び交い続ける遠距離魔法は、相変わらずどちらにも当たらない。どんどん苛烈になっていく冒険者たちの攻撃と比べて、いつまでも消極的な竜の攻撃はまるで時間稼ぎをしているように見えた。



「全員!! 下!」


 【雷弓】がこちらにも届く大声を張り上げた。


 同時に地面が揺れ、冒険者たちの悲鳴が聞こえる。


 大きな筒状の肉塊が彼らの間を踊っていた。1日目に見た【巨大死肉蠕魔虫】が湧いている。

 

 次々と地中から生えてくる蠕虫。

 冒険者達は陣形を崩して散り散りになっていた。
 とはいえ皆、高レベルの冒険者。蠕虫の群れにも的確に対応して大怪我を負うことは避けている。

 見上げると竜は相変わらず上空をたむろっていた。蠕虫が現れたおかげで冒険者達からの攻撃は減り、先ほどまでより余裕そうに炎の球を落としている。


 巨大蠕虫がどれくらいの数いるかはわからないが、この感じ、今まさにダンジョン中の魔物がこちらに集まっているところだろう。


 「逃げる」
 『わかりました。案内します』


 竜達の意識が冒険者たちの方へ向いている隙をついて、走り出した。
 フリカリルトの羽虫ゴーレムの後ろを走る。



 しっかり刈り取って進んできたおかげで、上層までの道は開けていた。〈隠匿〉をしっかり維持すれば俺1人なら逃げられる…………はずだ。

 後方で、一瞬強い光が煌めき、その光は俺を追いかけるように包み込んだ。

 撤退!

 光から強い思念が流れ込んでくる。ほぼ同時に風が吹いて、俺はいつのまにか冒険者たちの集団に囲まれていた。

 「あら、いい判断じゃない」


 そんな言葉と同時に突然、足が暖かくなり、足から力が湧いてきた。

 自分の足が自分のものではないように跳ね回っている。



 誰かが移動速度上昇のバフをかけてくれたようだ。おかげでレベルが低く足の遅い俺でもギリギリ彼らについていける。

「先に1人で逃げてたのかよ」

 アンヘルが抜かすついでにそう悪態をついた。言い返そうにも走るのに必死で言葉が出てこない。


「探す手間が省けたよ!」

 【炎刃】の仲間たちが前を走りながら、そう庇ってくれるが反応する余裕はなかった。

 彼らも彼らで道中、横から飛び出してくる魔物を撃ち払うので忙しそうにしていた。


 蜂、蟷螂、蠕虫、蚊、娥。
 道の脇から次から次に魔物が飛び出す。



 それが炎の刃で切り払らわれ、雷に貫かれ、槍で刺されて死んでいく。


 後方では殿として竜の攻撃を対処してくれている【暗殺者】の音が聞こえる。
 振り返る余裕はないが、おそらく竜も追って来ているだろう。





 置いて行かれまいと全力で走って、走った。


「クソが! 階段が埋まってやがる」


 上層へつながる階段の周りは足の踏み場もないほどの、夥しい数の虫の魔物に囲まれていた。

 一階層への穴は夥おびただしい数の虫に覆われていた。

 天井からは蜘蛛の巣を何重にも貼り重ねたようにびっしりと糸が垂れ下がり、下草の上には地面そのものが蠢いているように虫に覆われている。

 大きな草葉の裏にも人と同じほど大きなの虫が潜み、地中の底からは巨大な蠕虫がモゾモゾとうごめく音が聞こえた。


 振り向けばすぐ後ろの上空に赤い4枚の翅をもつ竜の姿が見える。


 完璧な連携で、まるで取り囲むように俺たちを包囲する魔物たちの姿に、ダンジョンが一つの生き物であるという事実を実感させられた。





「絶対、逃がさないってか!」





 【炎刃】から火の刃が飛び、蜘蛛の糸と何匹かの魔虫が焼き切れる。【水斧】と【雨乞い巫女】のつくった水が虫を溺れさせるが膨大な数の虫達によってその穴はすぐ塞がり、一拍すれば、まるでなかったかのように再生された。

 再生までの一瞬のスキをついて【雷弓】が飛ぶように疾走して、階段の中を覗くも、彼女は大きく首を横に振った。

「ダメだわ。上までぎっしり」

 【雷弓】の言葉に絶望感がよぎる。





 どうする?





 全員の思考が一瞬停止したその時、フリカリルトのゴーレムから通信が入った。



『三班の皆さん』

 俺の胸元の通信ゴーレムが突然大きな声を出した。俺が勝手にマナを込めたせいで大きいとかではなく、ちゃんと意図して全員に聞こえるようにフリカリルトの方がマナを込めたのであろう。


『上層からも対処にあたっておりますが、数が多すぎます。開通には時間がかかるかと。第三班、聞きなさい。私、フリカリルト・ソラシド・マルチウェイスターがあなた方に討伐クエストを依頼します。討伐対象は竜種:赤蝶の主。討伐で特別報酬です。条件はありません。殺しなさい』

 どうするべきかわからず困惑していた冒険者たちは、フリカリルトの言葉で、覚悟が決まったように武器を掲げた。

「〈加速〉〈DEF上昇〉〈ATK上昇〉〈識別速度上昇〉」
「〈森の恵み〉〈自動回復〉〈DEF上昇〉〈花言葉〉」
「〈MP消費減少〉」

 魔術師たちから一気に全身にバフが流れ込んでくる。
 まるで体が別人になったように力が湧いてきた。


「【槍聖】2人と【雨乞い巫女】の三人で階段を抑えろ。小虫どもの相手だ。あの竜と相性が悪そうな【炎刃】が地中の蠕虫をやる。残りは【暗殺者】の援護、追ってくる竜を狩れ。頼んだぞ」

 【炎刃】の指示で冒険者たちは散開した。

「いくぞ。ナイク!」

 アンヘル達と共に階段へ向かう。大量の小型の虫は先ほどの冒険者たちの連撃でだいぶ数を減らしていたが、無数の虫の死骸の上にはすでにおびただしい数の新しい魔虫が蠢いていた。

『対象:赤蝶の主は〈誘導フェロモン〉で周囲の昆虫を操ります』
「俺は雑魚処理だぞ」
『はい。一番気をつけるべき虫は、【奈落星天道】。自分を殺した相手を数秒間行動不能にします。直接接触のみで発動するので足で潰さないように気をつけてください。槍なら大丈夫です』

 今まさに踏み潰そうとしていた虫から足を外して、槍で潰す。

『階段中の虫ですが、上の方でも対処に当たっています。しかし数が多く脱出経路の確保にはそれなりの時間がかかると思われます。幸い虫は下方向へ向かうような動きはありません。あくまであなた達の足止めということでしょう。焦らず慎重に対処してください』
「下に向かう動きはない? これで?」

 目の前に群がり押し寄せてくる小虫を槍でプチプチと虫を潰していく。
 だがあくまで槍は槍、小さな虫を潰すには効率が悪かった。

 少し離れたところで同じように虫をつぶしているアンヘルのほうを見ると彼は何らかのスキルで槍先に力をまとわせて一気に虫を押しつぶしていた。

「アンヘル! 板持ってないか?」

 そう叫んだ瞬間、アンヘルの方から金属製の団扇が飛んできた。掴んで、そのままの勢いで虫に叩きつける。ぶちっという感触がして飛んでいた蝿が一斉に潰れた。


「覚悟しろよ。クソ虫ども」


 団扇を振り回し、ぶちぶちと虫をつぶしていると背後で何かが動く気配がした。

『左後ろ、【巨大蟷螂】レベル34相当』

 言われた方向に槍を突き出す。軽く弾かれた感覚がして槍が逸れた。

 そこにいたのは昨日も見かけた大型蟷螂カマキリだった。人間大の巨大な魔虫。
 目の前で顔より巨大な鎌が開く。

 風を切るような斬撃を団扇で受けた。

「それは昨日見た」

 ガチャンという金属音がなり、団扇がひしゃげて鎌の内側に巻き込まれていく。
 すぐ団扇を手放し、代わりに蟷螂の頭の触覚を掴んだ。

 触角は虫の鼻。鋭敏な感覚器官だ。

 蟷螂は大暴れして、翅を広げ、飛び回ろうとする。
 必死に踏ん張りながら、触覚と逆の手で槍を引き寄せた。高ランク冒険者たちからもらったバフのおかげで力負けしない。

 螳螂はチチチチチと鳴きながらまた羽を広げるが、虫の急所である触覚を掴んでいるおかげか、危険な鎌は、ピクピク痙攣しているだけで開いていない。



 そのままゆっくりと槍を蟷螂の首の節に捩じ込んで、中でくるりと回した。



 ぶちっ



 という感覚がして首が落ちる。
 蟷螂の体がおもちゃのようにピタリと停止した。


『トドメを! 胸!』

 フリカリルトに言われるがまま蟷螂の胸部を槍で刺し貫くと、経験値が喉を通る感覚がした。


『まだいます。【雨乞い巫女】様の手助けを』


 振り返ると、同じ蟷螂が四匹。

 二匹ずつアンヘルと【雨乞い巫女】が相手をしている。まだ余裕がありそうなアンヘルと違って、【雨乞い巫女】の方は青い髪をはためかせながら必死に魔法を連打しているように見えた。



 手助けといっても下手に近づけば味方の魔法に巻き込まれそうだ。

 〈隠匿〉を強めて、気配を消す。

 狙うは【雨乞い巫女】の近くで鎌を大きく広げている蟷螂。
 助走をつけて大きく槍を振りかぶり、蟷螂に向かって〈槍投げ〉をした。


 大きく突き出た腹部に槍が突き刺さる。槍は貫通し、蟷螂をそのまま地面に縫い止めた。

 動きの止まったその蟷螂を【雨乞い巫女】の魔法が吹き飛ばした。蟷螂は体節ごと吹き飛び、体は頭、胴、腹の三つに千切れて宙を舞う。



「ありがとう! もう大丈夫! アンヘルに!」


 彼女はこちらを視認するなり、それだけ言い放ってもう一方の蟷螂に向き直った。



 吹き飛んだ蟷螂の腹から槍を抜き、さらに〈隠匿〉を深める。
 自らにかけた〈隠匿〉に潜るイメージで、さらに深く、深く〈隠匿〉をかけ重ねた。



 アンヘルの相手している二匹の蟷螂の片方、隙を窺うようにアンヘルの後ろに回ろうとしている一匹の側に近寄る。



 ゆっくりバレないように狙いをつけ、そのまま背後から胸に槍を刺しこんだ。


 ぷす、と感覚がして槍が蟷螂の胸に沈む。そのまま踏み込み、力を込めて表側まで一気に刺し貫いた。



 〈隠匿〉からの奇襲に驚いたように蟷螂が震える。
 蟷螂が翅を開いて暴れる前にひしゃげた団扇で蟷螂の頭を後から殴りつけた。



 槍を突き刺したまま、虫の頭を、外骨格を潰すようにガンガンと叩く。

 頭の横の複眼ごと潰すつもりで
 何度も、何度も、何度も、何度も〈叩きつけ〉た。


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あとがき設定資料集


【雨乞い巫女】
※HP 3  MP 7 ATK 3 DEF 3 SPD 7  MG 7
〜心優しき水神が住まう清廉な泉に、少女は自らの腑はらわたを流した。水を汚れ、怒った神により村を豪雨が襲った。降り注ぐ雨の中、村人たちは涙を流して少女の犠牲に感謝した〜

簡易解説:高いSPDが特徴の魔術系の役職。水や風を操る魔法を得意とし、高レベルになると天候もの操ることができる。