『先ほど【大食姫】率いる高ランク冒険者組第二班全員の死亡が〈観測〉されました』
大規模クエスト3日目も終わり、ダンジョンの入り口に帰った俺たちは、着くや否やその事実を伝えられた。
彼女たちは二階層のどこかで突然消息を絶ったらしい。原因は不明。魔物なのか、毒なのか、それとも別の何かなのか。一部始終を見ていたはずのオペレーターたちすら状況を理解することができないまま彼女たちは消えた。
「すぐに捜索と回収にいくべきじゃないか」という意見もでたが、準備もなしに人をだすのは二の舞になる可能性があるとして大規模クエスト運営から却下された。
S級冒険者にも犠牲者が出たという事実に全員が混乱していた。ただ、なぜか暴動のようなものは起こらず、皆粛々と明日への準備を始めている。
第三班及び第一班のメンバーたちは、それぞれのパーティで集まり、明日について話し合いを始めている。パーティメンバーなどいない俺は大規模クエストの運営職員がいるテントに向かった。
しないといけないことがある。
「もうこの方法しか思いつかないが、いいな」
テントへ入る前にダンジョンの入り口付近でふよふよ飛んでいる死霊を捕まえて考えを伝える。死霊は数体あつまると、少ししょぼくれようにこくりと頷いた。
「………うん。ありがと。死れいじゅつし。がんばってね」
ふるふると震えた死霊から、ふと流れ込んでくる。とある少年の記憶。
《13歳になったばかりの僕は【行商】の母親とともに各地をめぐっていた。夢は母親と同じように【行商】となって世界をめぐること。この旅で生まれて初めて聖都へいくのがとても楽しみだった。夜、道に迷った彼らは常昼の森の明かりをみつけて入り口で野営をすることにした。そしてその夜、食われた。巨大な一匹の魔物。目の前で丸のみにされた母親の後を追うように長い舌で包まれて口の中へ。
口の中でぐちゃぐちゃになった母親の血の匂いに包まれながら僕は死んだ》
「ごめん。もれちゃった」
深呼吸して湧き上がる吐き気と恐怖を抑え込む。
これは俺じゃない。
他人の記憶だ。だが罪もない人を殺すとはこういうことだといわれているようでつらかった。
「俺だってやりたくないよ」
大きな死霊は小さくうなずくと、はらりと崩れて消えた。
一応最後にフリカリルトには中止のお願いをしよう。おそらく受理されないが、そのときは殺す。結局、要人暗殺がこれ以上犠牲をださないために俺ができる唯一の方法のようだ。
テントをくぐると内側は慌ただしかった。人がいったりきたりの大混乱。
「駄目です。時刻、場所ともに検討がつきません。オペレーターも全員記憶が飛んでます」
「本当に申し訳ございません。私にも何がなんだか」
「そういうのいいから思い出して!」
「なんの情報もなく全員消失ってどういうこと?」
「明日も同じ方法で行くって正気じゃない」
「逆だろ、むしろ早くしないと遺体すらロストするぞ」
罵声と嗚咽が聞こえてくる。自分たちのことで手がいっぱいなのか俺がテントの中に入ったことに誰も気がついていないようだった。
「あの!」
気がついてくれないので、少し大きな声をあげると、全員が驚いたようにこちらを向いた。
「【錬金術師】フリカリルトさんはいらっしゃいますか?」
「だれ?」
「【槍聖】仮の方」
「いつ入ったの?」
「あれが【仮聖】?」
口々にそういう中、視線を遮るようにすっと妙齢の女性が俺の前に立ち塞がった。
「フリカリルト様は現在席を外していらっしゃいます。私がご対応いたします。どうぞこちらへ」
促されるまま別のテントへ移ると、そこはこの前フリカリルトと話をしたところ同様〈遮音〉されているのか、とても静かだった。
ちょうどいい。大規模クエストが行えないようにするために、より残虐に、より美しく暗殺する必要がある。ここならいい芸術品をつくれる。
「どういったご用件でしょうか。明日に関しましてならもう少しお待ちいただければ……」
「大規模クエストを辞退しようと思いまして」
「辞退…………ですか。それですと報酬は出ませんが」
「はい。それで問題ないです」
「申し訳ないのですが、辞退なさいますとマルチウェイスターへは、自分でお帰りいただくことになるのですが」
「大丈夫です」
マルチウェイスターに帰る気はない。このままフリカリルトともおさらばだ。
相手の女性は少し困惑したように顔を顰めている。
「理由をお聞かせ願いますか?」
「危険すぎるからです」
「調査不足の件は大変申し訳ございません。ですが【槍聖】様へは十分な護衛をつけさせていただきます。百名近い被害は出ておりますが、このダンジョンならあれだけの護衛をつければ問題ないかと」
このダンジョンなら?
S級冒険者のひとりが死んだのに?
やはり駄目だ。運営がこれではどうしようもない。
彼女に仮登録登録証を押し付けるように手渡した。
「でもフリカリルト様にはなんと」
「相手はこだわってはいません。もうお前でいいか」
女性を切り殺そうと槍をつかんだ瞬間、ふわっと扉が開いて、真っ赤な目のフリカリルトが中に入ってきた。
「ごめんなさい。ここからは私が対応します」
「フリカリルト様!?」
フリカリルトが女性に向かって、もう一度、自分が対応すると告げると彼女は少し怯えたように俺の顔を見た後、理解できないというふうに首を横に振り、俺の登録証をフリカリルトに手渡してそのままテントを出て行った。
「あー、お疲れ様、でいいのか?」
「さっきまで、ご遺族方と話をしてたの。【大食姫】様の息子さんとか…………」
その言葉とともにテントの中に小さな影が飛び込んできた。
「だって、だって、ただのお仕事だって」
影は号泣しながらそのまま俺の足に飛びついて、そのまま涙をぬぐった。
「あ、お、お兄さんだ………ねぇお兄さんはママがどこいったかしってる?」
「どこいった?」
「今日かえってこなかったの………まよってるのかなって。でもみんなひどいんだよ。もうかえってこないとかいうの。そこのお姉さんも」
フリカリルトは真っ赤な目を少し伏せ、うなだれた。〈観測〉の結果、【大食姫】らの死亡は確定。ギルド職員の代表としてフリカリルトが伝えたのだろう。子供すぎて伝わっていないようだが…………
「パパはいないのか?」
「うん! パパはぼくのうまれる前に女神さまのところに還ったんだってママがいってた」
「ママもそこだな。女神さまに還った」
また俺の鎧で鼻をぬぐうクソガキの頭をなでると、小刻みに震えていた。母親が死んだことを認められないだけで本当は分かっているのだろう。
「ちがうよ。ママがぼくをおいていくはずないもん。おいていくはず…………」
俺はまた泣き出したガキの背中をさすりながらフリカリルトをみると、彼女も目に涙を浮かべている。
「もしかしてぼくのこといやになっちゃったの?」
唯一の肉親が死んでどうしていいかわからず泣くガキが自分と少しだけ重なって見えた。俺もかつて父が死んだときどうしていいかわからず、だいぶ苦労した。怒りとも悲しみとも分からず、八つ当たりのように魔物を殺しまくった。大人たちに自分の有用性を示すための意味合いもあったが不安だったのは間違いない。
「置いて行ってはいないよ。今もお前のこと見守ってる。俺も子供の頃に親が還ってしまったから知ってる。ほらそこ」
自分でも、何言ってんだかと思いながら虚空を指さす。そこには【大食姫】の死霊はいないのだが、ガキはポカンとした表情で虚空をみた。フリカリルトまで驚いた顔でそこを見ている。
「なにもいないよ?」
「いるさ。見守っているよ。お兄さんは分かるんだ」
ガキは戸惑いながらフリカリルトを見ると、彼女は黙って優しくうなずいた。
「ぼくも見えるようになるにはどうすればいいの?」
「どうって? 俺に聞かれてもなぁ」
「お兄ちゃんはどうやって見えるようになったの!?」
先ほどまでの泣き顔と打って変わって期待を膨らませた顔でこちらを見上げているガキの姿に少しだけ後悔した。
まずいな。若干ヤバいこと言ってしまった。この子まで殺す必要はないんだが。
「強くなることだな。つらいときは泣いてもいいが、孤児が泣いたって誰にも助けてもらえない…………だからひとりで生きれるように心も体も強くならないとな。明日から頑張って勉強すればいい。多次元変換まで理解できるようになればきっとママにも会えるさ」
なんとかそれっぽいことをいってはぐらかすと、ガキは「わかった」と一言言って嬉しそうにしばらく虚空を見つめた後、泣き疲れたのか眠ってしまった。
「本当にみえているの?」
眠ってしまったのを確認した後、フリカリルトはまだ赤い目をこすりながらそう尋ねた。
「嘘だ」
信じていないのか、彼女は真偽を確かめるようにジッとこちらを見つめてきた。
「ここにはいない。ダンジョン内にはいるかもしれないが」
「そう。信じる。でも今でも信じられないの。あの人が死んだなんて。強い人だったのとても」
フリカリルトは静かに目を閉じた。震える眉は彼女も涙を堪えているように見えた。
【大食姫】とは昨日話しただけだが、悪い人間ではなかった。ぶっとばされはしたが、S級冒険者は本気で殴れば俺の上半身が消し飛ぶくらいのATKがある。ケガもなく活動できている時点で実際は相当優しく殴ってもらったであろうことは分かっていた。
「ローベルメには小さいころからよくお世話になってたし、今回の大規模クエストもお願いしたら二つ返事でいいよと言ってもらえたの。私のこと信用してくれてたからなのに……なのに……」
何か言ってやるべきなのだろうが、言葉は見つからなかった。
フリカリルトは何も言わない俺を見て少しだけ微笑んだ。
フリカリルトはもう一度目をぬぐうと、いつもの表情に戻って、失礼しましたと言って座り直した。
「さて、これはどういうつもり? 説明して」
フリカリルトは先ほどの女性に押し付けられた俺の仮登録登録証をぱんぱんと叩いた。さきほどまで泣いていたのに一転、いつもの無表情どころか少し怒っているようにも見える。
「大規模クエストを中止にしたい」
「中止にしたい? ナイクが降りるとかそういう話じゃなくて?」
「ああ、このダンジョンにこれ以上関わってはいけない」
「中止はしませんし、なりません。受理できません」
フリカリルトは少し戸惑いながら、こちらにむかって登録証を押し返してきた。
「流石におかしいだろ。二千人死んだダンジョンで、一日目に25 人死んで、今日また9人しかもS級冒険者が死んだんだぞ? それも全部、前情報が間違ってたせいだ。やりなおすんだ。一回帰ろう」
フリカリルトは小さく目を閉じ、首を横に振った。
「二千人はあなたしか言ってません。ギルド職員の【測量士】に改めて調査させましたが、この辺りの行方不明者は新たに50名ほど判明した程度です。合計で104人。2班のメンバーを合わせてもどうやっても千人は超えません」
「俺の〈血の香り〉は……」
「ナイク。私はあなたを疑ってるわけじゃない。でもどうやっても二千なんて数字は出てこないの」
フリカリルトはもう一度首を振った。
「わかる? 今ある全ての情報が、本当に全てよ、犠牲者は百人程度という数字を出してる。千という数値を出してるのはあなただけ。これ以上騒げば疑われるのはナイクの方」
フリカリルトはそういいながら俺の手を握った。
ひどく柔らかい手だ。瘡蓋と血と、鍛錬で硬くなった皮膚しか無い俺の手とは全然違う。
上目遣いでこちらを見上げるフリカリルトの涙で潤んだ金の瞳は酷く妖艶で、目が引き寄せられる気がした。
「何かがおかしいの。認識してるのは多分あなたと、あなたのオペレーターをしてる私だけ。私にはこの異常を覆す特別なスキルなんてない。正常の中心はナイク、あなたです」
「だから?」
「お願い。もう少し手伝って」
なんの案も無さそうなフリカリルトを前にして、ため息がでた。
「分かった。もういい」
「もういい?」
フリカリルトにつかまれた手を捻って外す。フリカリルトは慌てて後ろに飛びのいて距離をとるも、彼女の太ももを槍が貫いた。
とっさに発動したであろうフリカリルトのツタのスキルが、槍を抑える。だが不意を突いた槍先はフリカリルトの脚を貫通し、彼女をその場に縫い留めた。
「な!? なんで!?」
「抵抗するな。できるだけ痛みの少ないようにする」
俺は足にしがみついて眠っているガキを彼女のほうに放り投げようとして彼の肩をつかんだ。
「正気?! 【死霊術師】」
【死霊術師】と呼ばれて手に思わず力が入った。
このガキを投げつけて、隙をついて〈隠匿〉を深める。フリカリルトは以前のようにツタのスキルで対抗するだろうが、思いっきりガキを投げつけて隙をつくれば、一気に詰めれば喉元にせまれる。
きっと【錬金術師】の血は美しい赤だろう。以前殺した【錬金術師】のように金と赤染の服を織ろう。この子は美しいから剥製のように飾るのも悪くない。大規模クエストでなければ僕の〈死骸操〉で玩具にしたいところだ。
「そんなのだから【死霊術師】なのよ!」
フリカリルトの叫びに右手が止まる。
大きく深呼吸をして、フリカリルトの方を見た。
揺れる金の瞳を見て、槍を返してくれた時を思い出す。彼女には恩こそあれ、恨みなんてない。
ここで殺せばまた呑まれる。
いや、すでに……
臨戦態勢をといて槍とガキを手放すと、フリカリルトは安心したように大きく息を吐いた。
「俺は……また呑まれて……」
フリカリルトは刺さった槍をぬいて、もっていたスクロールで足を〈ヒール〉した。傷口が音を立てて塞がり、一瞬で元の綺麗な肢にもどった。
「悪い……」
「こっちも追い詰めてごめんなさい。私が脅してるようなものだもんね」
俺が一方的に攻撃したにも関わらず、自分が悪かったとうなだれるフリカリルトを見て、搔き立てられるような罪悪感でいっぱいになった。
「なんでお前が謝るんだよ」
「私もあなたと一緒。できるだけ人々を救いたいの。それが貴族の務め。そして、あなただって守るべき民です」
普通の感覚なら【死霊術師】などいくらでも死地に追いやるだろうに、脅しつけるどころか、申し訳なさそうにうつむくとは。
これはチャンスだ。
神託の儀で【死霊術師】を得て半年、転職活動は何一つ進んでいない。人々に嫌われ、何度も命を危険にして得たものは一つもなかった。情報もない、金もない、仲間もいない、冒険者登録さえできない。このままこの場を逃げ出しても大きく事態は変わらないだろう。
だが彼女なら状況を変えてくれるかもしれない。
「【錬金術師】フリカリルト・マルチウェイスター」
「なに?」
「俺に何ができる?」
うつむいていたフリカリルトはパァっと明るい表情になった。
「もう1日だけ。明日も参加して。あなたにしかできない仕事があります」
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あとがき設定資料集
【行商】
※HP 9 MP 4 ATK 4 DEF 4 SPD 5 MG 4
〜人類をひとりの体に例えるなら、私は血。体中に張り巡らされた血管を泳いで、余すことなくすべての細胞へ栄養を届ける。たとえ一滴には価値はなく、誰よりも脆く、こぼれやすくとも、それでも私は泳ぎ続ける。私は血。人類の命の象徴〜
簡易解説:戦士系統の役職。移動と運搬に関するスキルや〈値切り〉〈声かけ〉などの交渉スキルを多く取得する。もっともありふれた役職の一つだが、彼らは自らに誇りを持ち、そして人々からも尊敬を集める非常に重要な役職。
