「誰もアイツには勝てない」
死霊の言っていたアイツってなんだ?
最終階層への穴のほとりに座ってひとり思案を巡らせる。
死霊を認識できるのは〈死霊の囁き〉のおかげだ。俺以外は感知もできないうえに、俺も大して死霊がどういう存在であるかはわかっていない。集合霊というものもはじめてみた。
これ以上は危険だ。
【死霊術師】の記憶を漁ればわかるかもしれないが間違いなく吞まれる。俺はひとりで考えるのはあきらめてフリカリルトのゴーレムを取り出した。
「フリカリルト、二千人死んだダンジョンはどうなる?」
『その分マナを食べて凶悪に成長します。核はレベル100相当かと。OVER』
レベル100相当。
ダンジョンやそこから生まれる魔物にも人と同じようにレベルの概念がある。魔物も人と同じように他の生命を殺すことで経験値を得る。つまり長く生き、より多くのマナつまり人を食べたものが強くなるのだが、魔物には進化とよばれる変態を行う習性があるため人と同じようにレベルを語ることができなかった。
だが仕組みが違うと言っても強さを測る指標がないのは不便のため、魔物の強さは、その魔物のマナの総量から、人であればレベル〇〇相当という形で表現される。つまりLv100相当とはLv100の人と同じくらい強いということだ。
そしてそれは同時に、このダンジョンにいる誰よりも強いということだった。
「それ伝わってるよな。冒険者たちの緊張感が全然ないんだが、高ランクってこういうものなのか?」
俺がそう伝えると、急にフリカリルトからの返事がなくなった。なにやらガサゴソと移動しているような音が聞こえる。
「おーい。フリカリルトさん?」
『運営のテントからでました。ここは〈遮音〉しています』
大罪役職の【死霊術師】がバレないように彼女なりの配慮ということだろうか。
それは助かるが…………ひどく嫌な予感がする。
『緊張感がないってどういうこと?』
「張糸即断なるも緩針馘断に至らず。敵の危険性に気が付いてないみたいだ」
『気が付いてない……それは確かなの?』
フリカリルトも相当混乱しているようだ。いままでしっかりとつけつづけていたオーバーをつけ忘れてる。
『【槍聖】ナイク。一つ教えてください。なぜあなたはそんなに警戒しているのですか?』
「分からない。〈血の香り〉のせいかもな」
『不味いです。ナイク。何があっても彼らから離れないでください。千人以上も人を食ったダンジョンであれば核はレベル100相当を超えます』
「だから何回も言ってるだろ」
最終階層への道を見つめながら大きくため息をついた。
3班のところにもどると先ほどと比べて明らからに慌ただしくしていた。
「【仮聖】? レベル100ってのは本当なの?」
オペレーターを通して話が伝わったのだろう。周囲の探索から帰ってきた【水斧】【榊】と【雷弓】が俺を取り囲んだ。三者三様の美女に話しかけられるのは悪くない気分だが、そんな浮つける状況じゃない。
「わかりません。ただこのダンジョンは〈血の香り〉が濃いので、たくさん、千人以上は亡くなっていると思います」
「千!? 嘘、でもギルドは50人程度だって」
「どういうこと? 私は30人って聞いたわよ?」
「ウチも30人って聞いてたで」
彼女たちはお互いを見つめあって、どういうこと?と首を傾けあっている。
何で同じパーティなのに情報がズレてるのだろうか。仮登録冒険者の俺とならともかく、彼女たちは同じパーティのはずだ。
『30人というのは、先行調査依頼をして行方不明となった冒険者の人数です。【榊】様はそれを全員と勘違いしたのかと思われます』
「勘違い?怪しいもんだな。ギルドの方が間違えたんじゃな……」
その瞬間、スッと背筋に氷のような冷たさが走った。
背筋が瞬く間に凍りつくような緊張感が押し寄せる。
「しれいじゅつし!」
「動かないで?」
「動いちゃダメ!」
「アイツだよ」
どこから湧いたのか死霊たちが耳元で囁いた。
地面から噴き出るように大量の死霊が湧いてくる。死霊達は取り囲むように俺の目を覆い隠し、思わず声を出しそうになった俺の口に潜り込んだ。
「ダメ」「ダメ」「ダメ」「ダメ」「ダメ」
「ダメ」 「ダメ」
「ダメ」 「ダメ」
「息もしちゃダメ」
氷塊のような重圧が背中を撫でる。
滴る汗が、氷の粒のように冷たい。
心臓を押しつぶすような圧迫感が背中をつかむ。
死が後ろにいる。
「振り返っちゃダメ!」
「こっち見ちゃダメ!」
「動かないで!」
「じっとしてて!」
「あと少し」
そして次の瞬間、
死霊達は掻き消えるように全員いなくなった。
目を覆っていた死霊も、口を押さえていた死霊もみんな一瞬で消えた
俺は掴まれていた手を離されたように、その場に崩れ落ちた。
心臓を擦り潰すような重圧ももうない。
「どうしたの【仮聖】? 流石に千は嘘でしょ?」
「……?!」
【雷弓】から差し伸べられた手を取りながら口どもる。まるで何もなかったかのような口振りだった。
「今、それどころじゃ」
「【仮聖】これは結構重要な話題よ。百人くらいというギルドの情報から作戦は立てられてるの。だから感知役の情報は必ず精査が必要」
もしかして気がついてないのか?
【雷弓】の〈敵意感知〉もこのダンジョンでも役に立つ感知スキルの筈だ。何も感じていなかったのか?
「本当に千人分の香り? 百人じゃなくて?」
何もなかったかのように話を続ける【雷弓】たちの姿は、彼女が何も感じていないということを示していた。
確かに死霊が見えるのは俺だけ。
とはいえ明らかにおかしなことが起きていた。気がついていないというだけの話じゃない。
不自然に倒れ込んだ俺のことをおかしいとすら感じてない。
【雷弓】の瞳を真っ直ぐに見返すと、それを彼女は肯定と捉えたらしく、にっこりと笑った。
「ね。ほら、流石に百人くらいでしょ」
「百?」
「それくらいなら有り得るか」
「30人って話と全然違うやん。ギルドしっかり仕事してくれへんと困るわ」
【雷弓】【水斧】【榊】の三人は頷きあってくすくすと笑いあって談笑している。
彼女たちはいずれもA級、B級冒険者だ。レベルも俺より遥か高い。そんな高ランク、高レベルの冒険者たちが今の重圧も恐怖も、何も感じてないって、ありうるのか?
あまりに異様な雰囲気に周りを見回すが、【炎刃】はどこからか取り出した肉に齧り付いてるし、【暗殺者】たちのパーティは黙々とテントに立てることに勤しんでいた。
「フリカリルト。凄まじい〈血の香り〉を感じた。今までにない濃い香りだ。しかも一瞬で消えた。もういない」
『わかりました』
【炎刃】と【暗殺者】が、談笑している【雷弓】に近づいていくのが見えた。彼らは何かを話し、【雷弓】がブンブンと首を横に振った。
「【仮聖】心配しなくていいってよ。ラインの〈敵意感知〉は何も感じなかったから俺たちは狙われてない。危険はないぜ。あんまり気負うな。百人被害のダンジョンなら核でもレベル70くらいだ。このメンバーなら勝てる」
「そうですか」
いつのまにか被害人数も百人ということになっているようだ。釈然としないものを感じながらも、俺はその言葉に頷くしかなかった。
しばらくして【看守】率いる第一班も到着し、帰還の時間がやってきたので、俺たち高ランク冒険者組第三班は帰路についた。
「迷ってもう帰ったのかもしれんの」
第二班もS級がいるのだ。大きな問題はないだろうし、何かあればオペレーターを通してこちらへも事情が伝わる。そう判断しての行動であった。ただ来た道を帰る。しっかりと踏みしめてきたはずの道は既に新たに生えてきた草で覆われていた。
何一つとして魔物に遭遇することすらなく、ダンジョンの入り口に帰り着いた俺たちを待っていたのは、考えうる最悪の事実だった。
【大食姫】を中心にした高ランク冒険者第二班は全滅した。
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あとがき設定資料集
【榊】
※HP 5 MP 7 ATK 3 DEF 4 SPD 4 MG 7
〜榊とは古くから伝わる森の守り人の一族。彼らは木々の言葉を交わし、占いを行うことを生業としている。その祈りの言葉を人にわかるように翻訳すると『教えて、なんでもするから(なんでもするとはいってない)』と唱えているそう〜
簡易解説:魔術系統の役職。人以外のマナに干渉できる特異な役職の一つ。樹木のマナと交信することで、彼らの声を聞く能力を持ち、自身のマナを対価にお願いをすることで、植物をつかった攻撃や捕縛を使うことができる。
