白い天井を見上げる時間が、いつからこんなに長くなったのか分からない。
発作の痛み
日に日に息を吸いづらくなる肺
弱々しく脈打つ血管
全て僕がまだ生きていることを証明しているみたいだ。
「だ大丈夫、絶対なんとかなるから」
母が震えた声で僕の冷たい頬を撫でながらそう言った。
励ましたいつもりなんだろうけど、僕は死ぬことよりも無責任極まりない母の励ましが何よりも癪に障った。
僕は人生で初めて人をぶん殴りたくなった。
何が大丈夫だ?
大丈夫じゃないからやたらと豪華な病室に移されたんだろ!
呼吸もまともにできないって前にも言っただろ!
思うことは山ほどあったが半分植物状態のこの体でブチギレる気力も沸かなかった。
母は僕の延命治療に必死だ。
僕がもう長くないのも分かってるくせに、1秒でも長く生かそうと必死なのだ。
それは僕の苦痛の時間を延長しているだけなのに。
金の無駄だ。
何を言っているのかは、ちゃんと分かる。
分かるからこそ、何も返せなかった。
“まだできること”なんて、もう残っていないことを、自分が一番よく知っている。
細く息を吐く。
「……もう、いいよ」
自分でも驚くほど、あっさりした声だった。
一瞬、空気が止まる。
「……なに言ってるの」
母親の声が、少しだけ低くなる。
「よくないよ。まだ、——」
「もう、いい」
遮ったのは、初めてだったかもしれない。
こんなふうに、はっきりと。
「苦しいの、分かるでしょ」
やっと視線を向ける。
そこにいるのは、泣きそうな顔をした母親だった。
「ずっと、苦しいんだよ」
責めるつもりはなかった。
ただの事実だった。
息をするのも、体を動かすのも、眠ることすらも。
全部が、少しずつ削っていく。
「でも……」
母親の手が、震えながらこちらに伸びる。
「それでも、生きててほしいの……」
その言葉は、あまりにもまっすぐで、重かった。
胸の奥に、何かが落ちる。
けれど。
「……なんで?」
ぽつりと、こぼれる。
「こんな状態で、生きててほしいの?」
問いかけるというより、確認に近かった。
母親は言葉を失う。
「俺は、もう……頑張れないよ」
ゆっくり、目を閉じる。
「だから……終わりにしたい」
それは願いというより、静かな結論だった。
沈黙が落ちる。
機械音だけが、一定のリズムで鳴り続ける。
「……っ、そんなの……」
母親の声が、崩れる。
「そんなの、嫌に決まってるでしょ……!」
握られた手に、力がこもる。
必死に、繋ぎ止めるみたいに。
「あなたがいなくなるなんて……」
その言葉の続きを、聞きたくなかった。
優しさが、苦しかった。
「……ごめん」
小さく呟く。
謝る理由なんて、ないのかもしれない。
それでも、そう言うしかなかった。
「でも、俺は……」
言葉が途切れる。
息が、うまく吸えない。
視界が、ゆっくりと暗くなっていく。
音が遠くなる。
誰かが何かを呼んでいる気がする。
でも、それもだんだん分からなくなる。
不思議と、怖くはなかった。
ただ、ひとつだけ。
——やっと、終われる。
その感覚だけが、静かに胸に広がる。
機械音が、少し乱れる。
そして。
ふっと、すべてが切れた。
