アサリのお味噌汁に、野菜の煮物が沢山。そしてメインの魚を焼いたもの。
コンの料理が大皿の上に盛り付けられる。
「いちいち皿をわけるんは洗い物が面倒やからな。あ、あと一品、サラダもつけとくか」
「コン……!」
抱きつこうとしたら避けられて、私の両手は何もない空間を虚しく掴んだ。
「モフモフ禁止! 言うたやろ!」
コンの目が釣り上がり、しかしすぐ照れくさそうに垂れ下がる。
「ま、まあ、耳くらいなら、触らしたってもええけどな!」
「コン……」
わかりやすいツンデレはいつものコンだ。私は許された耳を撫でながら、彼と再び会えた喜びを噛みしめる。
「昨日はごめんね。大丈夫だった?」
「……いや、むしろ、ええ経験やった。空から地球を見下ろして、自分がどれほどちっぽけか気付けたしな。もう俺は今までの俺やない。解脱者や。日和も俺を見習うとええで」
しゃもじを片手に持ちながら、コンは憑き物が落ちたような爽やかさでこう続けた。
「これから俺は日和のおかんになる。日々野家の食事管理は俺がするわ。栄養が偏らんように、野菜とタンパク質をまんべんなく、や。腕が鳴るでえ」
「な、なんだかやる気満々だね」
昨日の出来事を全く引きずっていない日常感に私は内心タジタジだった。
姫山さんに、メグミにコン。
なんで皆、あっさり通常運転なんだろう。
まあ、メグミはただのボッチほぼ確定というだけだけど、あとの2人は怪異に遭遇した恐怖心が全然見られない。
(怒りと開眼……凄いよね)
私なんか、世界が終わったかな、なんて思うほど落ち込んだのに……。
(もしかしてデリケート過ぎるのかな……タフな皆が羨ましいよ……)
特にコンは新たな才能を開花させた。
美味しそうな料理だ。色とりどりで食欲をそそるし香りも良い。
私より全然上手かも。
「ん?」
魚が三尾ある。
取り皿も3つ。
「あれ? これって……」
コンはふふっと照れくさそうに鼻の下をこする。
「あ、それな。兄貴のや。がたいも大きいし一番大きな魚にしといたんや」
「あ、兄貴?????」
2階の私の部屋から、ぎし、と何かが軋む音がした。
嫌な予感が、足元からジリジリとせり上がってくる。
「……2階に、もしかして誰かいる?」
「ああ、おるで。集中しとるやろうから静かにな」
ま、まさか。
私は階段を駆け上がった。
戸口に耳を寄せて中を窺う。
(うん。微かに物音が)
ごくりと唾を飲み込みながら、引き戸を開けた。
そこには、ベッドの上に肘立ちで俯伏せになっている、昨日の鬼、紫苑がいた。
コンが兄貴と口走った時から、そうじゃないか、とは思っていたけれど……。
心の準備をしていたにも拘わらず、私は大きな衝撃を受けていた。
彼は、美しかったのだ。
開け放たれた窓から桜の花びらが、大量に部屋の中へと降り注ぐ。それは読書に耽る鬼にピンクの紗をかけたような、幻想的な効果を与えていた。
(わあ……なんなの、これっ……!!)
鬼ではなく桜の化身が舞い降りたみたい。
ただの日本家屋が、この男を際立たせるための、甘くて優しい舞台装置にさえ見えてくる。
(なんだろう……ジタバタしたくなるような……なんなんだろう……本当に!)
ここにコンがいたら、一緒に手をとって称え合いたい。そんな気持ち。
そうか。私、美という才能に殴られてるんだ。
モニター越しのスターを覗き見しているような背徳と優越感におぼれてしまう。
一瞬現実を忘れた私。
しかし、我に返るのも一瞬だった。
ベッドの上に秘蔵の少女マンガが散乱しているのに気付いたからだ。
『私のために喧嘩はしないで! 胸キュンハートフル学園ライフ』というタイトルのそれは略してキュンライと言われているもの。
気恥ずかしいタイトル通り、壁ドンに顎クイ、歯の浮くようなセリフが飛び交うコテコテの恋愛ものだ。鬼はその最新刊を、惚れ惚れするほど繊細な指で気だるげにめくっていた。
「きゃあああああ。何やってんの!!!」
私は悲鳴をあげ、彼からキュンラブを取り上げた。
メグミにだって隠してる乙女の秘密を、不法侵入の鬼に見られるなんて。
恥ずかしくて死ぬ。
「なんだ、いいところだったのに。お前こういうのが好きなんだな」
私を見上げ、ニッと笑う彼。
一瞬その白い歯から、キラキラエフェクトが放たれた気がして、私はグッと唇を噛む。
(この顔。本当は私に気づいてたでしょ!)
それなのに、こっちは彼の美貌に内心圧倒されてるなんて。
不公平だ。悔しすぎる。
私はワナワナ震えながら尋ねる。
「いつから……ここに……」
「昼前かな」
「どうやって」
「妖狐に招かれた。あいつ、俺の舎弟になったぞ」
コン。
まさか敵に寝返ってたなんて。
でも……。
コンが、彼を受け入れた。
成層圏まで投げられたのに……。
という事は、この男、そこまで危険じゃなくなった?
単純な私は思わず心のガードを下げそうになる。
しかし。
「あ、そこにある本、全部読んだぞ」
さり気なく言われて、心のガードを再び上げた。あ、そ、とさり気なく流したかったのに、彼はあっさりこう続ける。
「お前って、2つの価値観で出来てるんだな。あやかしと、生殖。人間で言うところの、つまり、恋、だ」
生殖と……恋!!!!?
ぶわあああああと全身の血が、顔へと上っていく。
(この男。最低最凶!)
ガードどころじゃない。乙女心を守るため、私は鉄の鎧を装着した。
(どんなに綺麗でも、この人は敵だ!)
ノンデリの罪で逮捕して欲しい。
コンの料理が大皿の上に盛り付けられる。
「いちいち皿をわけるんは洗い物が面倒やからな。あ、あと一品、サラダもつけとくか」
「コン……!」
抱きつこうとしたら避けられて、私の両手は何もない空間を虚しく掴んだ。
「モフモフ禁止! 言うたやろ!」
コンの目が釣り上がり、しかしすぐ照れくさそうに垂れ下がる。
「ま、まあ、耳くらいなら、触らしたってもええけどな!」
「コン……」
わかりやすいツンデレはいつものコンだ。私は許された耳を撫でながら、彼と再び会えた喜びを噛みしめる。
「昨日はごめんね。大丈夫だった?」
「……いや、むしろ、ええ経験やった。空から地球を見下ろして、自分がどれほどちっぽけか気付けたしな。もう俺は今までの俺やない。解脱者や。日和も俺を見習うとええで」
しゃもじを片手に持ちながら、コンは憑き物が落ちたような爽やかさでこう続けた。
「これから俺は日和のおかんになる。日々野家の食事管理は俺がするわ。栄養が偏らんように、野菜とタンパク質をまんべんなく、や。腕が鳴るでえ」
「な、なんだかやる気満々だね」
昨日の出来事を全く引きずっていない日常感に私は内心タジタジだった。
姫山さんに、メグミにコン。
なんで皆、あっさり通常運転なんだろう。
まあ、メグミはただのボッチほぼ確定というだけだけど、あとの2人は怪異に遭遇した恐怖心が全然見られない。
(怒りと開眼……凄いよね)
私なんか、世界が終わったかな、なんて思うほど落ち込んだのに……。
(もしかしてデリケート過ぎるのかな……タフな皆が羨ましいよ……)
特にコンは新たな才能を開花させた。
美味しそうな料理だ。色とりどりで食欲をそそるし香りも良い。
私より全然上手かも。
「ん?」
魚が三尾ある。
取り皿も3つ。
「あれ? これって……」
コンはふふっと照れくさそうに鼻の下をこする。
「あ、それな。兄貴のや。がたいも大きいし一番大きな魚にしといたんや」
「あ、兄貴?????」
2階の私の部屋から、ぎし、と何かが軋む音がした。
嫌な予感が、足元からジリジリとせり上がってくる。
「……2階に、もしかして誰かいる?」
「ああ、おるで。集中しとるやろうから静かにな」
ま、まさか。
私は階段を駆け上がった。
戸口に耳を寄せて中を窺う。
(うん。微かに物音が)
ごくりと唾を飲み込みながら、引き戸を開けた。
そこには、ベッドの上に肘立ちで俯伏せになっている、昨日の鬼、紫苑がいた。
コンが兄貴と口走った時から、そうじゃないか、とは思っていたけれど……。
心の準備をしていたにも拘わらず、私は大きな衝撃を受けていた。
彼は、美しかったのだ。
開け放たれた窓から桜の花びらが、大量に部屋の中へと降り注ぐ。それは読書に耽る鬼にピンクの紗をかけたような、幻想的な効果を与えていた。
(わあ……なんなの、これっ……!!)
鬼ではなく桜の化身が舞い降りたみたい。
ただの日本家屋が、この男を際立たせるための、甘くて優しい舞台装置にさえ見えてくる。
(なんだろう……ジタバタしたくなるような……なんなんだろう……本当に!)
ここにコンがいたら、一緒に手をとって称え合いたい。そんな気持ち。
そうか。私、美という才能に殴られてるんだ。
モニター越しのスターを覗き見しているような背徳と優越感におぼれてしまう。
一瞬現実を忘れた私。
しかし、我に返るのも一瞬だった。
ベッドの上に秘蔵の少女マンガが散乱しているのに気付いたからだ。
『私のために喧嘩はしないで! 胸キュンハートフル学園ライフ』というタイトルのそれは略してキュンライと言われているもの。
気恥ずかしいタイトル通り、壁ドンに顎クイ、歯の浮くようなセリフが飛び交うコテコテの恋愛ものだ。鬼はその最新刊を、惚れ惚れするほど繊細な指で気だるげにめくっていた。
「きゃあああああ。何やってんの!!!」
私は悲鳴をあげ、彼からキュンラブを取り上げた。
メグミにだって隠してる乙女の秘密を、不法侵入の鬼に見られるなんて。
恥ずかしくて死ぬ。
「なんだ、いいところだったのに。お前こういうのが好きなんだな」
私を見上げ、ニッと笑う彼。
一瞬その白い歯から、キラキラエフェクトが放たれた気がして、私はグッと唇を噛む。
(この顔。本当は私に気づいてたでしょ!)
それなのに、こっちは彼の美貌に内心圧倒されてるなんて。
不公平だ。悔しすぎる。
私はワナワナ震えながら尋ねる。
「いつから……ここに……」
「昼前かな」
「どうやって」
「妖狐に招かれた。あいつ、俺の舎弟になったぞ」
コン。
まさか敵に寝返ってたなんて。
でも……。
コンが、彼を受け入れた。
成層圏まで投げられたのに……。
という事は、この男、そこまで危険じゃなくなった?
単純な私は思わず心のガードを下げそうになる。
しかし。
「あ、そこにある本、全部読んだぞ」
さり気なく言われて、心のガードを再び上げた。あ、そ、とさり気なく流したかったのに、彼はあっさりこう続ける。
「お前って、2つの価値観で出来てるんだな。あやかしと、生殖。人間で言うところの、つまり、恋、だ」
生殖と……恋!!!!?
ぶわあああああと全身の血が、顔へと上っていく。
(この男。最低最凶!)
ガードどころじゃない。乙女心を守るため、私は鉄の鎧を装着した。
(どんなに綺麗でも、この人は敵だ!)
ノンデリの罪で逮捕して欲しい。


