「それにしても流石は兄貴。鬼の追い込みは容赦ないわ」
コンは感心したように紫苑を見る。
「現実を突きつけ逃げ場を奪うデリカシーのなさはあっぱれや。俺はただのおかんやから……どうしても甘うなってまう」
ふん、と紫苑は顔を背ける。
「一閃せねば苦しみが長引くだけだろう。いたぶるのは趣味じゃない」
「くううう。慈悲と信じてそうな冷徹ぶり。惚れるわ」
2人は私そっちのけで親睦を深めている。
しかし、疎外感を味わっている場合じゃない。
頭の中が混乱でグルグルしていた。
無自覚と無意識。
邪念とフェロモン。
誕生日がタイムリミット。急がなきゃ。
目を閉じ、思考の海へとダイブする。
深い海を、泳いでいる私。
それを私自身が追いかけている。
「仏ー。詠門市の仏ー」
私を呼ぶ下級妖たち。
その目が赤く光っている。
欲望の赤だ。
そんな中、もう一人の私はただ楽しそうに泳いでいる。
彼らに笑顔で手を振ったりして。
雑魚妖たちのざわつきに気づきもせず。
(駄目だ、この女、何も考えてない)
全くのノープランで「詠門市の仏」をやってきた。
無防備、というキャッチフレーズが、頭の上でぷかぷかしている。
(んもう! 少しは頭を使いなさいよ!)
その文字に向かって、私は思いっきり銛を投げた。
グサリ。
(仕留めたり!)
目的を達し、ぶわっと、海面へあがる私。
たった今コンに渡されたパズルのピースが、今のダイブで嵌まった気がする。
驚きと共に、しみじみとつぶやく。
「知らなかった……私って魔性の女だったのね」
……何だか2人とも露骨に変な顔をした。
あれ、私、どこか間違ってる?
「つまり、これからは自覚して、魔性を押さえこまないと……ん? やっぱり違うみたいね」
「……お前、逸材だな」
「えっ。って事は、合ってるの?」
「……ああ、ボケが多すぎてツッコミが間に合わん。もうええわ!」
コンは紫苑に向き直る。
「兄貴。これでわかったやろ。このアホを助けてくれんか? やないと誕生日までに日和は死ぬ」
「……」
紫苑は無言だ。
「もちろん、ただでとは言わん。俺が、なんでも兄貴の言うことを聞く。やから頼むわ」
「……お前が俺に頼み事をするのは2度目だな。下級あやかしの分際で。クソが」
紫苑はまたそう言うと、
「……ただ、お前の料理はうまかった……毎日食わせるなら考えてやってもいい」
ボソリとそう続ける。
「やった! ありがとやで! 兄貴!」
コンは空中でくるんと回った。
(……だからバディになるって事なんでしょ? 私が先に思いついてたのにな)
多少の不服を覚えつつ、ワクワクしながら私は言った。
「じゃ、じゃあ、今から軽く作戦を立てる?」
鬼と一緒にあやかし教育。
こんなのワクワクするに決まってる。
紫苑は、右手にぽっと炎を出した。
「半日……いや、3時間か」
「?」
「それだけあれば、この街の雑魚どもを一掃できる」
ちらちらと揺れる手のひらの炎。
「はああああ!?」
「安心しろ。滅せられたことにも気づかないほど一瞬で地獄へ送ってやる。俺は慈悲深い男だからな」
何か不穏な事を想像してか、楽しそうにニヤリと笑う紫苑。
「駄目だ、こりゃ!」
私は立ち上がった。
「あなたね、何考えてるの? コン、この人、やっぱり物騒だわ! 下級あやかしより先にまず、この人から教育しなきゃ!」
ところが、コンは微動だにしない。
「日和。これしか方法はないんや」
「待って。コンは最初からわかってたの?」
コンは頷く。
ショックだった。
コンは優しいあやかしなのに。
紫苑の計画に賛同するなんて。
「……コンの言ってることが本当なら、あやかしたちを引き寄せたのは私だよね。だとしたら、全部私のせいじゃない。それなのに対話もせずに消すなんて。酷いわ」
紫苑は私に向き合った。
「対話? そんなものが何の役に立つ。いたずらに苦しみを引き延ばすだけだぞ」
そして、私の目を真っ直ぐに見つめる。
「俺に助けてほしくないのか? お前の命がかかってるのに?」
私は一瞬考え込む。
紫苑は強い。その彼が私を守ってくれたら、どんなに心強いだろう。
「でも……物騒なやり方は絶対に駄目」
「……この街には不遜な奴らがひしめいてるな。あやかしの王を拒絶するとは。言っておくが、俺は自分の好きなようにやる。指図は受けん」
鬼は言った。
「天に届くほどの瘴気をためたあやかし共を一掃するのは面白そうだ。しかし、お前の言う対話などは反吐が出る。指先一本動かさんぞ。撤回するなら、今のうちだ」
私はグッと息を呑む。
街が、人が傷つくなら、私は動かずにはいられない。
でも、それは人間ならではの感性だろう。目覚めたばかりのエネルギーを持て余している世間知らずな鬼に通じる理屈じゃないのはわかる。
「日和。いらん事は言うもんやないで! 命に関わることやからな」
コンが叫ぶ。でも、私は言ってしまった。
「……だったら、助けてくれなくていい」
「日和!」
私は首を左右に振った。
「だってこれは私の管轄よ……どう考えてもそうだもの」
紫苑の目が細められる。
「……管轄か。昨日も散々言ってたな。わかった。好きにしろ」
毒づかれると思ったが、意外にもあっさりと引き下がった。
「兄貴!」
「人はいずれ死ぬ。あやかしも、いつかは消えてなくなる。それが速いか遅いかの違いだけだ」
紫苑は真っ直ぐに私を見た。
「息を吸って吐くためだけに生きるなんて、ただ朽ちるのを待つ死体と同じだ。この女は、どう生きるか決めている。狐。この女が大事なら、その覚悟を認めてやるべきだ」
そして、ふふっと楽しげに笑う。
「しかし、この女は面白いな。さっきは豆で俺を殺そうとしたぞ。俺がお前を食いたいと言っても微動だにしない。生粋のバカか、それとも……」
笑顔を消してこう続ける。
「今際の際でもそうやってヘラヘラ笑っていられるか。見ものだな。せいぜい足掻け。お前の最期は、他の誰でもない、この俺がきっちり見届けて葬ってやるよ」
紫苑の表情に凄みを感じ私はゾクゾクと体を震わせる。
ただの脅し……だよね。本気じゃないはず。
私は震えながらもそう自分に言い聞かせる。
コンや紫苑の言う未来は確かに怖い。
でも、まだ何も起きてない。
まだ何もされていない。
それなのに……誰かが予言したからと言って、それが当たるとは限らないのだ。
「私が未来を変えてみせるわ」
拳を握りながら言う。紫苑はほう、と片眉をあげた。
「ああもう。なんでやねん!」
沈黙を破り、真っ赤になったコンが私を遮る。
「日和は知らんだけや。自分の置かれてる立場を。全然わかっとらん。それに……」
ブルブルと、握りしめた手が震えている。
「ただ呼吸をしているだけでも生きてて欲しいのがおかんの願いや。兄貴のアホ! 俺はもう知らん!」
コンはエプロンの裾で涙を拭うと、そのまま猛スピードで部屋を出ていった。


