最強の鬼に見初められました ~桜の夜に捕まって逃げられません~

 食事が終わった後、コンは三角巾をはずし神妙な顔で言った。

「日和。話があるんや」

 ……ギクリ。
 当然お説教だろう。無理もない。

「先に言わせて……。昨日はごめんね。コンの忠告を聞くべきだった。次からは気をつけるから」

 頭を深く下げながら正直かなり怒られるのを覚悟していた。けれど、顔をあげた私が見たのは、どこか悟りきったようなコンの表情だった。

「できん約束はせんでええで。日和は誰かが困っていたら放っておけん性質や。火中の栗を拾う女。それが日和や。やめてもーたら、それはもう別人や」

 あれ? 
 ここでひとしきり突っ込むのがいつものコンの様式美なのに……。
 本当に解脱してしまったのだろうか。

「……それに気をつけてどうこう出来るレベルやもうない。覚悟して聞きや」

 シリアスな顔。私は思わず背筋を正す。
 コンは思い切ったようにこう言った。

「昨日の夜、俺は、雲の上から詠門市にどす黒い雲が渦巻くのを見た。それがもう街全体を覆っとる。俺はその瞬間悟ったんや。そのうち大変なことが起きる、ってな」
「どす黒い雲……」

 私はゴクリ、と唾を飲む。

「呪いとも言える邪悪な雲や。多少はどの街にもあるもんやけど、詠門市のそれは異常事態や」

 私の中のお助け魂が震え始める。

「ど、どうしたらいいの。ただでさえ、髪切り女で頭が痛いのに、街を覆うほどの呪いだなんて」
「大丈夫や。日和はアホやからこそ、ハズレくじと思いきや大当たりを引くことも稀にあるんや。昨日も全部が結果オーライやったしな。最大の収穫は兄貴というあやかしの王に出会えた事や。日和にとっては運命の出会いやで。お前はラッキーガールなんや」

 運命の出会い……。
 今話題に出されたのに、鬼はすまし顔で梅昆布茶を飲んでいる。
 和風の出で立ちに、梅の香りがとてつもなく似合っている。こっそり隠し撮りしたいほどだ。

「やっぱり……実は私もそんな気がしていたの」

 すぐそこにいるから、絶対聞こえているはずだけど、あえてヒソヒソ話に切り替える。

「ほんまかいな。それはますます朗報や。俺一人やと確信が持てんかったんやけど決まりやな」
「ええ。血柱に鬼に呪われた女に浦島太郎……ここまで揃ったら、流石に気づくわよ。私、謎解きは得意なんだから」
「浦島太郎?」

 コンは首をかしげる。

「あ、知らない? えっとね」
「いや、話なら知っとる。なんや、嫌な予感がしてきたんやけど……まあ、ええわ。続けて」
「ええ」

 私は頷く。

「私はおばあちゃんの遺言を勘違いしていたの。善行を積めば白馬の王子が現れるって」
「ああ、それそれ!」

 コンは笑顔になる。

「日和のばーちゃんすげーよな。バッチリ当たっとるわ。預言者ちゃうか」
「それがね……予言は予言なんだけど、解釈違いだったのよ……善行に見返りなんて求めてたら、バチが当たって地獄へ突き落とされるわ。浦島太郎がどうなったか思い出して。ふう、危ないところだった」

 コンはポカン、と口を開け、紫苑と私を交互に見る。
 紫苑は知らんぷりだ。絶対に聞こえてるとは思うんだけど。

「俺が解脱しとる間に、日和も妙な悟りを開いとるな。最後まで聞いてから判断するわ。続けて」
「現れるのは白馬の王子じゃなくて、強いバディだったのよ。つまり、それが……彼ってわけ」

 私は声のボリュームを上げる。ここは何としても、彼の耳に入れておきたいところ。
 さっきは弾みで彼に抱きついてしまったけれど、実はその後すぐに私は反省モードになっていた。
 平謝りで離れた後も、変に気持ち悪がられていたらどうしよう、と悩んでいたのだ。

(鬼とはいえ凄まじいイケメン……よこしまな気持ちはなかったけど、あると思われても仕方ない)

 セクハラで訴えられないためにも、ここは言い訳のビッグチャンスだ。
 コンにどんどん掘り下げてもらいたい。
 目論見どおり、コンは首を傾げながら尋ねてくる。

「んー。おかんにわかるように説明してくれるか? バディと王子、どこに違いがあるんや?」

 待ってました!

「大ありよ! 王子なら恋心、バディとは使命で繋がるわけだから。邪念のあるなしじゃ、全然違うわ」

 あやかしと人間の主人公(ほとんどが男性)が、最初は反発しつつも協力し、敵とのバトルを繰り返すうちに強い絆で結ばれていく。
 おばあちゃんの残してくれたあやかし物のマンガには、そんなストーリーも沢山あった。

(それなのに私ったら……発情してるって言われても仕方ないほど、ときめきにばかり目を向けていた……)

 おばあちゃんはきっと、もっと高尚な使命に目を向けてほしかったろうに。
 駄目な私。
 でも、今からは迷わない。

「これからは鬼と人間……正反対の2人が協力しあって、街を浄化していくのよね? 説得なら任せて。私の対話力でなんとかするから。きっと協力してくれるわよ」

 私はチラチラと紫苑に視線を送る。
 無実のアピールチャンスに飛びついた形だが、それ以外の目的もあった。
 500年の孤独を耐え抜いた彼の、新たな生き甲斐を提示できれば、なんてちょっぴり思ってもいたのだった。
 誰かを助けてありがとうと言われる高揚は、私みたいな、対話程度しかできない人間でさえも、毎回味わっているもので。
 紫苑には鬼の神通力がある。弱いものたちを、ごっそり助けることだって出来るのだ。
 まずは一度それを経験して……。

(病みつきになってくれたらいいんだけどなあ)

 そうしたら、弱いあやかし達も、もう泣かずにすむだろう。
 これぞウィン・ウィン。最高すぎる軌道修正。

「なるほど。ゆくゆくは兄貴と一緒にパトロールをするっちゅうわけやな。拍子木鳴らして」
「あら、それ、いいわね!」
「アホか。お前、あやかしの王に何やらすつもりねん!!!」

 頭突きされて、私は悲鳴をあげる。

「い、いたっ」
「それに、忘れたんか。恩には恩を。返す奴だけ助けろや、言うたやろ。見返りのない善行を拡大しとるやないかい、何考えとんじゃボケえ!!」
「だって! 私はきっとそういう星のもとに生まれたのよ。この先きっと何か隠された能力が開花して……」
「マンガの読み過ぎや! このアホがああああ。くううううう、煩悩が戻ってきたやないかい!」

 コンは声を荒げた。

「残念なお知らせや。黒い雲とは雑魚妖どもの怨念や!」
「怨念……」
「はっきり言うて元凶はお前や。お前があやかしホイホイなせいで、全国の雑魚妖が詠門市へ集まっとる。そして日和の能力は確かにそのうち開花する。17の誕生日が解禁日や。けど、それはより一層、あやかしを惹きつける香りのせいや。日和。お前の香りはあやかしにはたまらんフェロモンがあるんや」

 フェロモン。
 なんだか、自分には一番縁遠い単語が現れた。

「まさか」

 私は笑った。

「私の特技は対話力よ。あやかしと話せるのは私だけ。しかも説得力もあるわけで」
「お前のトークスキルは正直0や。なあ、兄貴。兄貴ならわかるやろ。ビシッと言ったってくれんか」
「俺が? こいつに?」

 いかにも面倒そうに、紫苑は眉をひそめる。
 それでもコンは食い下がる。

「もう、俺にはお手上げなんや!」
「……クソが」

 紫苑は吐き捨てるようにいい、私はビクッと肩をすくめる。
 怒らせた?
 彼は皿の上の食べかけの魚に箸をつけた。無視されるかと思いきや、彼はボソリと言葉を放つ。

「お前は、この魚みたいなもんだ。雑魚妖にとって、とりわけ美味そうな餌……しかも、自ら食べてくれと言わんばかりに体を投げ出している。自己犠牲は奴らにとって、何よりも尊い美食だろうしな」

 そして、紫苑は私をチラリと見る。

「俺もお前を初めて見た時に思った。この女が欲しい、と」

 ……えっ?
 頬が赤くなっていく。
 反省したとはいえ、16年間少女漫画で培われた恋愛脳を舐めないで欲しい。
 そのセリフはヤバい。いや、違う。この人は鬼だった。
 変な意味じゃなくて、その通り?
 捕食されるの?
 ああ、もう、全然わからない。

『欲しい。食いたい。蹂躙したい。恐怖のどん底に突き落としてその涙を味わいたい』

 どこからか、そんな声がして……私はハッとして彼をまじまじと見た。
 いや、違う。まさか……。
 心の声だったかも、なんて、そんなまさか。

 紫苑は箸で魚の身を綺麗にほぐした。
 一瞬、心臓に触れられた気がして、背筋が震える。

「美味いものが無防備に身を投げ出していれば、食ってやるのが礼儀だ。雑魚たちなら余計にそう思うだろうな。万年飢えているだろうから」

 そう言いながら、紫苑はぱくりと魚を口に入れる。まるで自分が食べられた気がしてゾッとする。
 コンは言った。

「飢えたあやかしが日和に涎を垂らしとる。我慢の限界が来年の誕生日っちゅうわけや。その日に贈られるのは花束なんかじゃない。恐ろしい死の接吻や。もうカウントダウンは始まっとる。ボヤボヤしとる場合やないで」

 そんな……!
 がーん、という頭の上に石でも落ちてきたような音が鳴り響く。
 だって、それじゃ、本当に元凶は……私なの?
 恐怖より、罪悪感が強く私の胸を突き刺していた。