鬼と妖狐と人間の私。
種族の違う3人が、仲良く食卓を囲んでいる。
(しかも、私とコンは、鬼に殺意を向けられた……)
それを思うとシュールな光景だ。
コンが何を考えているのかは正直な所、全然わからない。
しかし、いそいそと鬼におかわりの炊き込みご飯をよそってあげているところなどを見ると、そちらもまるで親子のような甲斐甲斐しさ。
私と一緒に暮らすようになったのも、ある日突然「お、日和。上がらしてもらうで」から始まった。
その日からずっと、今みたいな感じだから、案外懐に入るのはうまいのかも。
「あの……2人はいつの間に仲良くなったの?」
我慢出来ずに尋ねると、コンが呆れたように言った。
「仲良く? アホか。俺は兄貴の舎弟やで。対等な関係やあらへんわ。あやかしの王を舐めたらあかん」
「そ、そうなの?」
鬼は興味なさそうに、焼き魚を食べている。凶暴なくせに所作はとても綺麗だ。
桜のひらひらエフェクトが見える気がするほどの品の良さ。
「じゃ、言いにくいんだけど、子分になった、って感じ?」
「感じどころか、その通りじゃ。俺は、紫苑兄貴のはじめての舎弟や!」
胸をはるコン。
「そう……なの?」
鬼に水を向ける私。
「別に……好きにすればいい」
どうやら成立しているらしい。
「それでいいの? 対等な関係じゃないと窮屈じゃない?」
「そんなのあるかい!」
コンは私の疑問を一蹴する。
「もともと、あやかしっちゅうもんは、ガチガチにヒエラルキーが固まっとるもんや。ボスがおるんは幸せなもんやで」
「そ、そうなんだ」
私にはよくわからない世界観だけど……。
食べてる間の鬼は無口で、何を考えているかはわからないけど……一時の平和にホッとする。
さっきまで退屈しのぎに暴れる計画をたてていた事を考えると大きな変化だ。
このまま、復讐なんて忘れて欲しい。
(……ひと踊りしてみようかな)
私は策略を巡らせる。
千夜一夜物語だっけ。暴君がお話を続ける間は、殺さないでいてやろう、と言ったから、語り部は毎日お話を続けた……なんて。ただ、私の踊りで退屈が紛れるかは未知数だ。
(……マンガを読めたみたいだし、案外新作にハマってくれるんじゃ……)
明日書店に寄ってみよう。
あ、少年マンガにしようかな。バトルものは苦手だけど、鬼は絶対好きだと思う。
とにかく彼の気をそらさなきゃ。
街の平和は私にかかっているんだから。
「今の食事はこんなにうまいのか」
鬼の素直な感想に、コンはとても嬉しそうだ。
「兄貴が暴れまくっとった時代と比べたら、何もかもが極楽やで」
コンはわかりやすく頬を緩める。鬼は納得したように、パクパクといろいろなおかずに箸を伸ばしていた。
(そうか。この人、500年以上前から生きてるんだよね。500年前って、どんな感じなんだっけ。御殿様とかでも、こんなに豪華な食事じゃなかったのかも)
私はまじまじと鬼を見た。
大体いくつなんだろう。500年前に封じられた、ってことは、それ以前は何年生きていたんだろう。
年齢を重ねてるとは思えない、輝くように綺麗な顔だ。
髪の毛も肌も、そして瞳の色もとっても艶やかで、昔の人という印象は、ほとんどない。
せいぜい着ている和服だけが、ちょっとだけ時代を感じさせる。
背中はぴしっと伸びていて……ただかっこいいだけじゃない、特別感は、そこから来ているのかもと惚れ惚れする。
しかも、誰よりも強いと言い張るのだ。
美と力、両方を持っていて、コンみたく、能力を即座に読み取る相手は戦わずとも配下にしてしまう。
それで退屈だなんて贅沢な気がする。
コンの言う絶望が、私には全く読み取れない。
(私もこんなに綺麗だったら、浦島太郎扱いはされないのかな……)
地味で平凡で、あやかしと対話が出来る以外、なんの取り柄もない私。
その唯一無二の取り柄ですら、変な誤解を生むだけの代物だから、人生不公平だなと落ち込んでしまう。
(ん? 浦島太郎……?)
頭の中に、何かがひらめく。
太郎はカメを助けて竜宮城にいき、乙姫様と戯れて帰ったら、家族も友達もみんないなくなって、村も変わってしまってたんだよね。
つまり、タイムスリップしてたってこと?
ぶくぶくと、私は思考の海へと潜り始めた。
私の前を、カメの背に乗った、ちょんまげ姿の男が進んでいる。
海の中なのに、背筋をピンとのばしているそれは……。
「浦島太郎!!」
釣り竿を背負い人の良さそうな笑みを浮かべたその姿を、私は必死に追いかけた。
「待って。太郎。そのカメについていっちゃ駄目!!!」
私のヒョロヒョロ声は届かない。
拍子木も、ああ、今手元になかった。
モリを手に、私は大きく振りかぶる。
そして投げた。
「仕留めたり! ああ、駄目だ」
モリは太郎の右肩をかすめ、虚しく海底へと沈んでいく。
ぷわああと私は海面へと戻る。
眼の前で、鬼が、不思議そうに私を見ていた。
「どうした。日和」
美しい目だ。
何故だろう。
(生きてくれててありがとう)
そんな言葉が、頭の中に浮かび次の瞬間、ぶわっと、大量の涙が溢れ出す。
「は? なんだ、お前」
ぎょっとしたような顔。突然泣き出したらそうなるよね。私は席を立ち、鬼の体を抱きしめた。
「は? 何やってるんだ。お前」
「辛かったよね!」
もがく鬼を、私は離すまじと抱きしめる。
「はあ?」
「500年も一人ぼっちで……目がさめても知ってる人は誰もいなくて……辛いよね。淋しいよね。絶望……したくなるよね! 当然だわ!」
私はバカだった。ほんの少しクラスメイトに罵られただけで、浦島太郎気分に浸っていたなんて。
(本物の太郎は眼の前にいる。どうして気づかなかったんだろう)
コンは、何も見てへんで、という風にずずずとお茶を飲んでいる。
私は強く強く鬼を抱きしめる。こんなことで、彼の孤独が癒えるかもだなんて思えないけど……。
それでも、そうする以外に術はなかった。
「……変な奴」
鬼が諦めたように呟いた。
私はやっと彼の胸から顔をあげ、まっすぐにその瞳を見る。
「紫苑。私、ずっとあなたのそばにいるからね」
それが、絶望を救う何かになるかも、なんて、自惚れてはいないけど。
でも、今の私に差し出せるものはそれだけだから。
500年の孤独と、喪失に耐えたこの人を、一人ぼっちにはしない。
私は固く決意した。
種族の違う3人が、仲良く食卓を囲んでいる。
(しかも、私とコンは、鬼に殺意を向けられた……)
それを思うとシュールな光景だ。
コンが何を考えているのかは正直な所、全然わからない。
しかし、いそいそと鬼におかわりの炊き込みご飯をよそってあげているところなどを見ると、そちらもまるで親子のような甲斐甲斐しさ。
私と一緒に暮らすようになったのも、ある日突然「お、日和。上がらしてもらうで」から始まった。
その日からずっと、今みたいな感じだから、案外懐に入るのはうまいのかも。
「あの……2人はいつの間に仲良くなったの?」
我慢出来ずに尋ねると、コンが呆れたように言った。
「仲良く? アホか。俺は兄貴の舎弟やで。対等な関係やあらへんわ。あやかしの王を舐めたらあかん」
「そ、そうなの?」
鬼は興味なさそうに、焼き魚を食べている。凶暴なくせに所作はとても綺麗だ。
桜のひらひらエフェクトが見える気がするほどの品の良さ。
「じゃ、言いにくいんだけど、子分になった、って感じ?」
「感じどころか、その通りじゃ。俺は、紫苑兄貴のはじめての舎弟や!」
胸をはるコン。
「そう……なの?」
鬼に水を向ける私。
「別に……好きにすればいい」
どうやら成立しているらしい。
「それでいいの? 対等な関係じゃないと窮屈じゃない?」
「そんなのあるかい!」
コンは私の疑問を一蹴する。
「もともと、あやかしっちゅうもんは、ガチガチにヒエラルキーが固まっとるもんや。ボスがおるんは幸せなもんやで」
「そ、そうなんだ」
私にはよくわからない世界観だけど……。
食べてる間の鬼は無口で、何を考えているかはわからないけど……一時の平和にホッとする。
さっきまで退屈しのぎに暴れる計画をたてていた事を考えると大きな変化だ。
このまま、復讐なんて忘れて欲しい。
(……ひと踊りしてみようかな)
私は策略を巡らせる。
千夜一夜物語だっけ。暴君がお話を続ける間は、殺さないでいてやろう、と言ったから、語り部は毎日お話を続けた……なんて。ただ、私の踊りで退屈が紛れるかは未知数だ。
(……マンガを読めたみたいだし、案外新作にハマってくれるんじゃ……)
明日書店に寄ってみよう。
あ、少年マンガにしようかな。バトルものは苦手だけど、鬼は絶対好きだと思う。
とにかく彼の気をそらさなきゃ。
街の平和は私にかかっているんだから。
「今の食事はこんなにうまいのか」
鬼の素直な感想に、コンはとても嬉しそうだ。
「兄貴が暴れまくっとった時代と比べたら、何もかもが極楽やで」
コンはわかりやすく頬を緩める。鬼は納得したように、パクパクといろいろなおかずに箸を伸ばしていた。
(そうか。この人、500年以上前から生きてるんだよね。500年前って、どんな感じなんだっけ。御殿様とかでも、こんなに豪華な食事じゃなかったのかも)
私はまじまじと鬼を見た。
大体いくつなんだろう。500年前に封じられた、ってことは、それ以前は何年生きていたんだろう。
年齢を重ねてるとは思えない、輝くように綺麗な顔だ。
髪の毛も肌も、そして瞳の色もとっても艶やかで、昔の人という印象は、ほとんどない。
せいぜい着ている和服だけが、ちょっとだけ時代を感じさせる。
背中はぴしっと伸びていて……ただかっこいいだけじゃない、特別感は、そこから来ているのかもと惚れ惚れする。
しかも、誰よりも強いと言い張るのだ。
美と力、両方を持っていて、コンみたく、能力を即座に読み取る相手は戦わずとも配下にしてしまう。
それで退屈だなんて贅沢な気がする。
コンの言う絶望が、私には全く読み取れない。
(私もこんなに綺麗だったら、浦島太郎扱いはされないのかな……)
地味で平凡で、あやかしと対話が出来る以外、なんの取り柄もない私。
その唯一無二の取り柄ですら、変な誤解を生むだけの代物だから、人生不公平だなと落ち込んでしまう。
(ん? 浦島太郎……?)
頭の中に、何かがひらめく。
太郎はカメを助けて竜宮城にいき、乙姫様と戯れて帰ったら、家族も友達もみんないなくなって、村も変わってしまってたんだよね。
つまり、タイムスリップしてたってこと?
ぶくぶくと、私は思考の海へと潜り始めた。
私の前を、カメの背に乗った、ちょんまげ姿の男が進んでいる。
海の中なのに、背筋をピンとのばしているそれは……。
「浦島太郎!!」
釣り竿を背負い人の良さそうな笑みを浮かべたその姿を、私は必死に追いかけた。
「待って。太郎。そのカメについていっちゃ駄目!!!」
私のヒョロヒョロ声は届かない。
拍子木も、ああ、今手元になかった。
モリを手に、私は大きく振りかぶる。
そして投げた。
「仕留めたり! ああ、駄目だ」
モリは太郎の右肩をかすめ、虚しく海底へと沈んでいく。
ぷわああと私は海面へと戻る。
眼の前で、鬼が、不思議そうに私を見ていた。
「どうした。日和」
美しい目だ。
何故だろう。
(生きてくれててありがとう)
そんな言葉が、頭の中に浮かび次の瞬間、ぶわっと、大量の涙が溢れ出す。
「は? なんだ、お前」
ぎょっとしたような顔。突然泣き出したらそうなるよね。私は席を立ち、鬼の体を抱きしめた。
「は? 何やってるんだ。お前」
「辛かったよね!」
もがく鬼を、私は離すまじと抱きしめる。
「はあ?」
「500年も一人ぼっちで……目がさめても知ってる人は誰もいなくて……辛いよね。淋しいよね。絶望……したくなるよね! 当然だわ!」
私はバカだった。ほんの少しクラスメイトに罵られただけで、浦島太郎気分に浸っていたなんて。
(本物の太郎は眼の前にいる。どうして気づかなかったんだろう)
コンは、何も見てへんで、という風にずずずとお茶を飲んでいる。
私は強く強く鬼を抱きしめる。こんなことで、彼の孤独が癒えるかもだなんて思えないけど……。
それでも、そうする以外に術はなかった。
「……変な奴」
鬼が諦めたように呟いた。
私はやっと彼の胸から顔をあげ、まっすぐにその瞳を見る。
「紫苑。私、ずっとあなたのそばにいるからね」
それが、絶望を救う何かになるかも、なんて、自惚れてはいないけど。
でも、今の私に差し出せるものはそれだけだから。
500年の孤独と、喪失に耐えたこの人を、一人ぼっちにはしない。
私は固く決意した。


